唯華ちゃんの居る朝
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。
起きてください。
朝ですよ?お姉ちゃん。」
「ふふっ。私に任せてください。
私は慣れていますから。」
身体をつんつんと突く指。
それに心地よい2人の声。
私の意識がゆっくりと覚醒していく。
「えいっ。」
「!?」
「……わ、え、ひゃっ」
そしてフランのおはようのちゅーで一気に目覚めた。
起きて早々になんという幸せ。
そ、そういえば昨日、おやすみのちゅーしなかったもんね。
フランはさすがだね!
「ふ、フランさん。
お姉ちゃん、がくがくしてますよ……?」
「む、刺激が強すぎたかもです。」
ただあまりの多幸感に目は覚めたけど起き上がれなかった。
身体全体から力が抜けてる……。
「お嬢様、失礼しますね。」
フランはそうひとこと断りを入れて、私の服を着替えさせはじめた。
今日はいつも通りにランニングがある。
ここでゆったりしてる訳にはいかないのだ。
「ひゃっ。し、失礼します。」
そしてそんな私たちを見て、唯華ちゃんは逃げていった。
どこに逃げる要素が?
まあそれはともかく。
着替え終わる頃には力も戻った。
さあランニング。
アパートの前には、みんなもう集合していた。
「唯華、お泊まり楽しかった?」
「すごかったです。」
「分かる、分かるよ。」
お外では唯華ちゃんがめぐるちゃんに撫でられている。
仲の良い姉妹だ。
とっても素敵な姉妹愛。
ただお泊まりの感想がすごかったとは?
まあフランはいつだってすごいけどね!
「お前はなんでニヤついてんだよ。」
アキレス腱を伸ばしていると、小鳥が声を掛けてきた。
「いや、唯華ちゃんがフラン褒めてくれたからね。
フランの凄さはみんな知るべきなのです。」
私が答えると、小鳥はまあそうだな、と頷いた。
小鳥はフランのことをすごく認めてるからね。
納得してくれるのも早い。
「んで、昨日はどうだった?
さすがにめぐるの妹には手ぇ出してないよな?」
小鳥がじとーっとした目で私を見てきた。
心外。
その言い方だと、私が手当たり次第に手を出してるみたいじゃん。
「手なんか出してないよ。
ただフランと2人で挟んで寝ただけ。
すごくかわいかっっいたっ!」
なぜか叩かれた。
「唯華が帰ったら説教な。」
「え、な、なんでさ!?」
釈然としない。
私、ただ唯華ちゃん抱きしめて寝ただけなのに。
「おねえさん、もうはしるよ。」
さっきまで唯華ちゃんに抱きついていたみゆちゃんが駆け寄ってきた。
今日はみんな学校あるもんね。
確かにこんな風にぼんやりしてる余裕はないや。
「お姉ちゃん、一緒に走りませんか?」
みゆちゃんに続いて、唯華ちゃんも私のところに寄ってきた。
ふふふ。
懐いてもらえてるようで嬉しいな。
ああでも。
(私、もう相当に体力ついてきたからなー。
ついてこられるかなー。)
ランニングを始めてもう随分経つ。
運動をしていない子には私のペースは厳しいんじゃないかな。
まあ、私はお姉ちゃんだし!
ペースを合わせてあげよう!
お姉ちゃんだからね!
「いいよ、でもひとつ約束。
無理はしないでね。」
「はい、勿論です。
よろしくお願いしますね。」
唯華ちゃんはペコリと頭を下げた。
さて、えへへ。
今日はちょっと張り切っちゃお。
かっこいいところ見せるぞー!
ということでスタートライン。
私の両隣にはフランと唯華ちゃん。
小鳥とみゆちゃんは、いつも通りに先を早く走る。
めぐるちゃんはアパートの前で大家さんとお留守番だ。
「いってらっしゃ〜い。」
大家さんの声で一斉にスタート。
小鳥とみゆちゃんは勢いよく駆けていった。
それに唯華ちゃんも。
「あれ?」
え、そっちは高難易度だよ。
本当にそのペースで大丈夫?
困惑していると、唯華ちゃんは私たちを置いていったことにすぐ気づいた。
そしてキョロキョロと辺りを見渡して、ゆっくりと戻ってきた。
「あれ、えっと。その。
みんなで一緒に走るのではないのですか?」
「えっと、向こうは上級者コースだから。
私たちにはきっと速いよ?」
いや、どうなんだろ。
唯華ちゃん、すごく綺麗なフォームで走ってた。
もしかして走れる?
「え、えっと。
今日はお姉ちゃんとのんびり走りたいかもです。
なのでよろしくお願いしますね。」
のんびりとな。
私、今けっこう頑張ってるペースよ。
(うー。
めぐるちゃんの妹だからと甘く見ていた……。)
それから何分か走って分かった。
唯華ちゃんもすごく運動ができるタイプだ。
私がちょっとペースをあげても、息を切らさずについてくる。
「お姉ちゃん、ファイトです。
ふれー。ふれー。」
「お嬢様、無理はせずにですよ!
そのペースだと多分大変なことになっちゃいます。」
普段よりペース上げたから、私の体力は限界に近い。
だけど2人は余裕の表情で私を応援し、心配している。
こんなはずでは……。
お姉ちゃんとしての威厳を見せるはずだったのに。
「あ、えっと、私疲れちゃいました。
おやすみしたいな、お姉ちゃん。」
最終的には、そんな風に気を遣われてしまった。
でもその頃には体力が限界を迎えていたので、もうその言葉に乗るしかなかった。
ベンチに腰掛けて、ひと休み。
ああでも唯華ちゃんは今日学校あるのに。
こんなところで私の介抱させてちゃ駄目なのに。
「……ふ、ふらん。私……のことはいいから。
ゆい、ゆいかちゃん、つれ、つれてって……。」
どうにか絞り出した言葉。
フランは一瞬迷って、唯華ちゃんを連れて先行した。
これで唯華ちゃんが遅刻なんかしたら大変だもんね。
もう遊びに来れなくなっちゃうかもだししょうがない。
ベンチにごろんと寝転んで身体を休める。
いくらなんでも頑張りすぎた。
あー、気を抜いたら吐きそう……。
ごろりと寝転がってフランの帰りを待つ。
ちょっとすると、たったったと足音が聞こえた。
「あー……小鳥か……。おんぶして……。」
「甘えんな。自分で歩け。」
そう言って、小鳥は肩を貸してくれた。
まさか小鳥にまで情けない姿を見せることになるとは。
「唯華から伝言。
すごく楽しかったです、だってよ。」
それなら良かった。
ああでも、最後がこれはなー。
次のときは情けないところ見せないように頑張らなきゃ。
その時、小鳥はにやりと笑った。
「ひとつ約束。無理はしないでね。」
「……からかってる?」
出発前に私が言った言葉。
こやつめ。
私を辱めようというのか。
「うっさい。
うー……体力ついたと思ってたのに……。」
ただまあ返す言葉なんてなかった。
調子に乗りすぎていたのは確かだ。
言葉の代わりに頭突きで応える。
ごつんと背中にぶつけると、小鳥は小さく笑った。
それからのんびりとアパートまで戻って。
そうして今日ものんびりとした一日が始まるのだった。




