2日目の夜
ふへぇ〜
ご飯もお風呂も済んだあと。
気の抜けた声がリビングに響いた。
そんな情けない声を出したのは誰だろう?
「お嬢様。はしたないです。」
私の声だったらしい。
気づかなかった。
「お疲れ様でした。楽しかったですね。」
フランが私にブランケットを掛けながら語りかける。
大きいソファの上。
油断すると寝ちゃいそう。
「うん……。でもはしゃぎすぎたよ。」
私はぼーっと気の抜けた声で返事した。
久しぶりの旅行。
けっこう疲れた。
「ははっ。これくらいで疲れるとは情けねぇな。」
椅子に座った小鳥が馬鹿にするように話しかけてきた。
「小鳥みたいなゴリラとは違うから……。
人間はね。疲れるの。」
「あ!?」
めっちゃこわい声。
無視してそっぽを向く。
すると背中の上に座られてしまった。
重い……。
「疲れたー。もう動けねー。」
棒読みの小鳥。
絶対そんなこと思ってない。
「重いー。どいて―。」
「人のことゴリラなんていうからだ。
フランも乗っちゃえよ。」
「うーん。ではお言葉に甘えます。」
フランもそっと私の上に座りこんだ。
でもフランはすごくすごく軽い。
乗られてる感覚がない。
まぁ別に小鳥も重くはないけどね。
座られてるのがちょっと屈辱的なだけで。
「なにしてるの?たのしそう。」
みゆちゃんの声がした。
うつ伏せの上に座られてるから顔は見えない。
「雛乃とめぐるは?一緒に遊んでたろ?」
「ねかしつけてきた。」
みゆちゃんはさらっとそう言った。
二人は確かに体力無いほうだけど……。
みゆちゃんを置いて寝ちゃうとは。
まあでもみゆちゃんがすごいのか。
マッサージどんどん上手になってるし。
疲れた身体にマッサージされたら私でも危ない。
「おねぇさん、わたしもすわっていい?」
「みゆちゃんならいいよー……。」
「ありがと」
とすん、と背中に重くはないが軽くもない感触。
これで3人目。
私の背中の上はぎちぎちだ。
「おもたくない?」
「重たくないよ……。」
でもまずいな。
小鳥だけなら暴れて跳ね飛ばすのに。
フランとみゆちゃんが乗っちゃった以上暴れられない。
椅子に甘んじるしかない。
誰か助けてー。
天に向かって祈りを飛ばしてみる。
ドタドタと下の階から駆け上がってくる足音。
願いは届いたらしい。
さて誰が来るか。
「みんな!みゆちゃん見なかった!?
わ、わたし寝ちゃって……。」
大慌ての雛乃だった。
雛乃かー……。
期待はできそうにないな……。
「わたし、ここにいるよ。」
「あぁ、良かった……。
居なくなっちゃってびっくりしたのよ……。」
「ごめんね。」
背中の上でみゆちゃんと雛乃が喋る。
ほっとした声の雛乃。
良かった良かった。
「あれ?新入りはいないの?」
「ん、ここに居るぞ。」
一瞬の沈黙。
「ひゃっ!な、なんで!?」
雛乃の叫ぶ声。
なんでと言われても。
私だって好きでこうしてるわけじゃない。
「し、新入り。
へ、へんな趣味にみんなを巻き込まないで……。」
「ち、違うよ!私の趣味じゃないから!」
あらぬ誤解すぎる。
私にそんな趣味は断じてない。
「これは小鳥の趣ぐぇ。」
小鳥の趣味だと言おうとしたら脇腹をぐりぐりと押された。
地味に痛い……。
「こいつがあたしのことゴリラって言ったんだよ。」
小鳥の弁明。
「それは新入りが悪いわ」
一瞬で雛乃が敵になった。
ひどい話だ。
「私も座っていいかしら?」
雛乃が言った。
「あんまり体重かけないでね。」
私がそういうと、フランとみゆちゃんが少し端に詰めた。
そっと雛乃が腰を下ろす。
(……かるっ!)
雛乃、めちゃくちゃ軽い。
いや、そりゃみゆちゃんとかと比べたら重いけど。
うわぁ、すごい。
もはや感動する。
これがちゃんとした女の子か……。
「お、重くない?大丈夫?」
「大丈夫。すごく軽いよ。」
頭上からほっと息を吐く音。
それにしても変な空間。
なんでみんな私の上に座ってるんだろう。
「雛乃、暑くないか?」
「え、えぇ!暑くない……です。」
「ちょっとつめて」
「ひゃっ。わ……わ……。」
みゆちゃんがちょっと押したことで、雛乃と小鳥の距離が近くなったらしい。
良いことだ。
でも私の上でやらないで欲しい。
またドタドタと下の階から上がってくる音。
音からして2人分。
つまり……。
「みんな!鈴ちゃん縛るの手伝ってください!」
「みんな!このみ縛るの手伝って!」
分かっていたけど鈴とこのみちゃんだった。
それにしても物騒な。
深堀りしたくないから私は静かに椅子のフリ。
「あー……。みゆの前だからやめろ。」
妥当な判断。
さすが小鳥だ。
「ち、違います!変なことじゃないんです……。
だって鈴ちゃんが……。」
ゴニョゴニョと弁明するこのみちゃん。
みゆちゃんが居る手前、伝えにくいのだろう。
小鳥はそれを察してため息をついた。
「もういいよ。とりあえず鈴は正座。」
「な、なんでさ!?」
「じゃあお前はなんでこのみ縛ろうとしてんだ?」
たったと歩く音。
次いで小さな声で小鳥に耳打ちする音。
最後にゴツンっと音が鳴った。
「痛いっ!なんでげんこつすんだよ!」
「お前が悪い。」
小鳥の審判を受けて、鈴はぶつぶつと文句を言いながら音を立てて近くの椅子に座った。
「ちぇー。あ、そうだ。兄弟はー?」
「ねてる」
みゆちゃんが即答した。
寝っ転がってはいるけどね。
微妙に真実からは遠い。
「ふーん。そうだ!このみ、俺のうえ座って!
このみの重みを感じたい!」
「その言い方はやだよ。変態みたいじゃん……。」
急に刺された。
その言葉は現在進行形で椅子になってる人の前で使うべきじゃないと思うな。
「いーじゃん。減るもんじゃないし!
俺のこと椅子にしてよ!」
「僕がそれを喜ぶと思う……?そんな趣味ないよ?」
冷たい声のこのみちゃん。
いたたまれなくなったのか、小鳥はクッションで私の頭を隠した。
多分今ごろ雛乃も大慌てだろうな。
フランとみゆちゃんは気にしてなさそうだけど。
「ていうかなんでそんなぎちぎちに座ってんの?」
あ、まずい。
「あ、いえ、これは、その……。」
「なんか怪しい……。」
狼狽える雛乃を見て、鈴が動いた。
のしのしと近づく足音。
そのまま鈴は私の後頭部に置かれたクッションをむしり取った。
「うわっ!!」
そして悲鳴をあげた。
「へ、変態じゃん!なにやってんの!?」
鈴が私の後頭部をペチペチと叩く。
あとで絶対にしばく。
それはそれとして、ここは小鳥のせいにしよう。
「小鳥が椅子になれって……。力ずくで……。」
「小鳥っち……お前……」
「ち、ちげぇよ!」
背中の上で小鳥が鈴に責められている。
ちょっと楽しい。
「わ、私はどうすれば……。」
「私たちはそろそろ退きましょうか。」
「のきましょう」
フランとみゆちゃんが立ち上がる。
それに合わせて雛乃も立ち上がった。
あとは小鳥だけ。
「あ、もーらいっ!」
「ぐへっ」
と思いきや今度は鈴が座ってきた。
超軽い。
けど超むかつく。
「いー座り心地じゃん!」
鈴がばんばんと背中を叩く。
背中から1つため息が聞こえた。
そしてそのため息の主が背中から退いた。
残すは鈴ひとり。
「今日から俺専属の椅子になひゃあっ!!」
「なるかバカ!」
鈴を振り落とすように立ち上がる。
鈴は軽々と地面に落下した。
そんな様子を見て、小鳥は呆れて。
フランとみゆちゃんは楽しそうに笑って。
雛乃とこのみちゃんは困惑した顔で。
そうやって二日目の夜も過ぎていった。
なおめぐるちゃんは次の日の朝までぐっすりだった。
すごく疲れてたからしょうがない。
ていうかめぐるちゃんが居たら絶対に椅子にはならない。
めぐるちゃんにはかっこいい姿を見せていたいのだ。




