2日目の朝
(……いいにおい。それにあったかい。)
夢と現の間。
腕に力を入れてぎゅっと抱き締める。
昨日の夜、ベッドまで歩いた記憶はない。
多分みんなで遊んでるうちに寝ちゃったのかな。
首元に枕がないから、多分ソファか何かだと思う。
(……ねむい。フラン……。)
ちゃんと起きなきゃなのは分かる。
でもこうしてフランを抱くの気持ちよくて。
まだもうちょっとこうしてたいって気持ちに負けてしまう。
だってフラン、私の身体にぴったりと……。
(あれ?)
ぴったりじゃない。
なんかちょっとサイズ感が違う。
フランより大きくてめぐるちゃんより小さい。
すごい違和感……。
その違和感の正体はすぐに分かった。
「鈴ちゃん……大好きだよ……。」
私の腕の中。
そこでよだれを垂らして寝ていたのはこのみちゃんだった。
「っ!??」
驚いて目を開ける。
そこには目前でニヤニヤと私たちを眺めるフランと鈴が居た。
「しー、です。お嬢様、おはようございます。」
口元に人差し指を当ててフランが挨拶をした。
私はよく分からないまま頭を頭をペコリと下げる。
これはいったいどういう状況?
「鈴ちゃん……好きだよ……。
いつもありがとね……。」
このみちゃんはまだ私に抱きついて鈴への愛の言葉を囁いている。
鈴は楽しそうにその動画を撮っている。
「なんか面白くてさー。
兄弟も寝言でフランのこと囁いてたぞ。ひひっ。」
鈴はあとでしばくとして。
この状況はどうしようか。
このみちゃんは浮気に厳しい。
いくら勘違いとはいえ、私に抱きついて寝ていたのはこのみちゃん的にはアウトなはず。
できれば起こさないようにこの状況から離れたい。
(でも無理かも……。)
このみちゃん、私を鈴だと思ってるせいか拘束がきつい。
私の力で抜け出せる気はしない。
「フラン、ヘルプ」
「んー。でもたまにはお二人の仲良しも見たいです。」
フランはニコニコとそう言った。
人間同士で仲良くしてるのを見るのもフランの趣味の1つ。
こうなったらフランに助けは求められない。
とりあえず色々試してみよう。
確かめぐるちゃんが寝ぼけて私を拘束したとき、褒め続けたら緩んだっけ。
鈴のフリをして褒めてみよう。
「このみー。お前は本当に可愛いなー。
俺も大好きだぜ……っ!?」
力が強くなった。
それに足まで身体に回された。
完全にホールドされてしまった。
「このみは褒めると強くなるからなー。
やらかしたな。どんまい。」
「それは先に言って……」
褒めるのは失敗。
次は逆に貶してみる?
「やーい、鈴の彼女ー。っ!」
「なんでまた褒めんだよ。ドMかー?」
さらに力が強くなった。
貶しても駄目なの!?
「フラン、たすけてー。」
「ふふっ。満足したのでいいですよ。
鈴お姉様どうしたらいいですか?」
「しょうがないなー。」
鈴がコソコソとフランに耳打ちをした。
するとフランはとてとてとどこかへ行ってしまった。
え、なんで?
「ふふっ。さぁどうする、兄弟。
早く脱出しないとこのみが起きるぞー。」
「さては謀ったな。許さぬ。」
フランの動きを追いたいけど、身体を拘束されてるせいで首しか動かせない。
そして視界の範囲には鈴のニタニタ笑いだけ。
もうどうしようもない。
「3人で何してるのよ……。おはよ……。」
「雛乃!良かった!助けて!」
「?」
視界の範囲内には居ないけど雛乃の声。
雛乃ならこの状況をどうにかしてくれるはず。
「このみちゃんが私を鈴だと勘違いしてるんだ。
起こさないように抜け出したいの。」
「ふーん。朝から大変ね。」
ゆっくりと視界に雛乃の指が降りてくる。
それはツンツンとこのみちゃんのほっぺたをつついた。
「せっかくだし新入りのほっぺも。」
「雛乃。やめてぇ。」
細い指が私の頬を押し込む。
駄目だ。
雛乃は助けてくれる気がなさそう。
「このみちゃん、本当に幸せそうね……ひゃっ」
雛乃が小さな声で悲鳴をあげた。
何があったの?
「手、握られちゃった……。どうしよう……。」
駄目だ。
雛乃まで囚われてしまった。
「お、起こしちゃ駄目なのよね。どうしよ。」
「雛乃、なにやってんの……?」
「だ、だって手が綺麗だったから。」
「二人ともおバカだなー。」
もう打つ手なしだ。
しょうがない。
「私は寝るね。起きたら全部鈴のせいにするから。」
私は何も知らない。
そういう風にする。
「じゃ、じゃあ私は……?」
雛乃が狼狽えた声を出した。
固く結ばれた手。
しかも雛乃は寝たふりなんてできない姿勢。
「諦めて。おやすみ。」
「ひ、ひどい。ね、寝ないで!お願い!」
空いてる方の手で私のほっぺたを突きまくる。
寝たふりできない……。
「あむ」
「ひゃっ」
首を動かし、雛乃の指を咥える。
これで睡眠の邪魔はできまい。
「は、離して。それはずるいわ。」
「あむあむ。おいひい。おやふみ。」
改めて目を瞑る。
これで私の勝ちは確実。
鈴が爆笑してるけど、もう気にしない。
あとでこのみちゃんに怒られてしまえ。
そのとき、ふと鼻を甘い匂いが貫いた。
卵と牛乳の焼ける甘い匂い……。
「フレンチトースト!!!」
このみちゃんの嬉しそうな声が響く。
不意に身体中が自由になった。
そしてドタドタと音を立ててこのみちゃんは駆けていった。
私を抱き締めていたことも、雛乃と手を繋いでいたことも気づかずに。
「た、たすかった……」
「たすかったわね……。」
雛乃と顔を見合わせる。
鈴はどやぁとそんな私たちを見守っていた。
「このみは食いしん坊だからな。
困ったら食べ物で釣るといいぜ!」
そしてそんなことを言った。
このみちゃんはキッチンでフランと談笑している。
フランへの耳打ちはこの為だったのか。
確かに鈴は私を修羅場から助けてくれたのだ。
でもそれはそれとして。
「ひゃ、兄弟……?
助けてやったじゃん!水に流せよ!」
「流さぬ。」
「じゃあ私も許さないわ。」
鈴を抑えつけて雛乃とくすぐる。
そんな朝から、私たちの二日目は始まった。




