幕間 僕と鈴ちゃんのなにげない1日
「このみー好きだぜー」
朝の8時。
僕はそんな声で目を覚ました。
ふと横を見る。
そこには鈴ちゃんが同衾していた。
「おはよ……鈴ちゃん……。
僕も好きだよ……。」
「やった!キスしてもいい?」
「それはだめ……。」
唇を近づけてこようとする鈴ちゃんを手で制す。
そういうのはもっと大人になってから。
せめて20歳。
というかそういうの知っちゃったら、なんだか夢中になっちゃいそうでこわいし……。
「じゃあ起きろよー。遊ぼうぜー。」
鈴ちゃんが僕の身体をわさわさと揺らす。
昨日は鈴ちゃんに付き合って夜更かししたのに。
楽しかったけど、もうちょっと寝たい。
「おーきーろー」
「やだぁ……」
僕は枕に顔を埋めて眠気をアピールする。
でもそんなことお構いなしに鈴ちゃんはベッドの上を転がり始めた。
ころころころころ。
ベッドの右から左へ、左から右へ。
僕の上を横断しながら鈴ちゃんは転がる。
重くはないけど……。
「うっとーしぃ」
「えへへ。じゃあ起きろ!」
「わ!」
鈴ちゃんが今度は抱きついてきた。
しかもその手は……。
「せ、セクハラ!だめって言ったよね!?」
僕は思わず飛び起きてしまった。
鈴ちゃんは悪戯がうまくいったというように自慢げな顔。
「だって起きないんだもん。」
「でも!だめ!」
お風呂には一緒に入る仲だけどさ……。
やっぱり急には駄目だと思う。
今日こそはちゃんと怒らないと。
そう思ったのに、鈴ちゃんはすごくずるいことを言った。
「お詫びに今朝はホットケーキなー。
ちょっと待ってて!」
「え」
え、だってそれは……。
カリッとふわっと美味しい鈴ちゃん特製ホットケーキ。
しかも今はお手製のマンゴージャムもある。
僕の大々大好物
そんなの絶対に止められないじゃん……!
「鈴ちゃんずるい……。」
僕がそう言うと、鈴ちゃんはぺろりと舌を出しておどけてみせた。
台所へと駆けていく鈴ちゃんについていく。
鼻歌交じりに準備を始めていく鈴ちゃん。
いつもながらとっても手際がいい。
洗練された動きでどんどんとパンケーキの準備ができていく。
(あれ?)
そんな鈴ちゃんを見てふと思った。
「ご飯の準備できてから起こしてくれても……。」
「このみはこれ作ったら何でも許してくれるからな!
触らせてくれてありがと!」
……。
「あとでお仕置きね。」
「エッチなやつ?」
なんでそんな発想になるんだろう。
僕がため息をつくと、鈴ちゃんはちょっと怯えた顔になった。
「もしかしてすごくすごくエッチなお仕置き……?
やめて!そんなの耐えられない!いだっ!」
軽く叩くと鈴ちゃんは口を尖らせた。
それでも手は忙しなく動き続ける。
「僕がエッチなお仕置きしたことあった?」
僕が聞くと鈴ちゃんは少し首を傾げた。
「いっぱいあったけど?」
そしてそうきょとんとした顔で言った。
え。
いっぱいあったの?
いつ?どこで?
こわい……。
「じょ、冗談だよね……?」
「よし!じゃあ焼いてくぞ!」
僕の質問を遮って鈴ちゃんがホットケーキを焼いていく。
火を使ってる時は邪魔しちゃ駄目。
お母さんの教え。
鈴ちゃんの言葉がすごく気になるけど、今は我慢……。
静かな部屋にホットケーキの焼けるじゅわーっという音。
それに鈴ちゃんの鼻歌。
僕が好きなバンドの曲。
心地よい空間にさっきの疑問も忘れそうになる。
だけど頭の中で繰り返して忘れないようにする。
エッチなお仕置きなんてしてないもん。
きっと鈴ちゃんの勘違いだ。
「でっきあがりー!」
焼けたホットケーキをお皿へ。
そこに特製のマンゴージャムをたっぷりと。
お皿を持って、鈴ちゃんは居間へと駆け出す。
そしてガチャリと音を立ててお皿を置いた。
「お熱いうちに召し上がれ!」
「うん!ありがと鈴ちゃん!いただきます!」
もうさっきまで考えていた事は後回し。
今は温かいホットケーキが最優先。
一息にかじりつく。
ホットケーキの甘みとジャムの酸味。
マンゴーのほっとするような甘さが脳を潤す。
眠気も全部飛んでいく美味しさ。
あっという間に1枚食べ終わった。
「はい!おかわり!」
鈴ちゃんがお皿にもう1枚載せる。
遠慮なくそれにも貪りつく。
今度はバターにメープルシロップ。
甘くて美味しい……!
その後3枚食べたところで、今日はおしまいになった。
健康を考えるとこれ以上は駄目らしい。
もっと食べたいけどそれならしょうがない。
「鈴ちゃん大好き……。」
「現金だなー、もう。」
お皿も洗って自由な時間。
鈴ちゃんに寄り添うと頭を撫でてくれた。
だってそれだけ美味しかったから……。
「ほれほれ、じゃあゲームしようぜ。遊ぼうぜ。」
鈴ちゃんがのそのそと動いてテレビの電源をつける。
そして僕にコントローラーを渡した。
「うん。今日も昨日の続き?」
聞くと鈴ちゃんはもう一つのテレビの電源もつけた。
オンラインゲーム用。
家にはプレステとテレビが2個ずつある。
「ああ、悪い宇宙人をやっつけようぜ!」
そして鈴ちゃんもコントローラーを握った。
地球防衛軍ってゲーム。
地球にやってくる悪い宇宙人をやっつけるゲーム。
宇宙人倒すのって大丈夫?
最初はそう思ったんだけど……。
「死ね!宇宙人め!地球を舐めるな!!
このみ!ついてきてー!おりゃっ!」
まあ気にしてないしいいのかな。
完全に地球人代表。
ビーム兵器でバッタバッタと宇宙人を倒していた。
それから3時間くらい。
お昼の時間になって思い出した。
そうだ、鈴ちゃん問い詰めないと。
「そういえば鈴ちゃん、エッチなお仕置きって……
「えへへ。ご飯作ってくる!」
笑ってはぐらかして台所へと逃げた。
ぐぅ~っと鳴る僕のお腹。
うん、でも今は問い詰めるタイミングじゃないね。
大事なお話中にお腹鳴ったら笑われちゃう。
それからちょっとして。
「こ、こ、このみのお昼ごはん♪
り、り、鈴ちゃん特製よー♪」
楽しそうに歌いながら、鈴ちゃんがご飯をよそってくれた。
いただきます。
今日のお昼ご飯は本格麻婆豆腐。
これまた僕の大好物だ……!
「いただきます!」
「めしあがれ!!」
それからまたちょっとして。
「鈴ちゃん大好き……。」
「ふふん。でしょー?」
鈴ちゃんが僕をゆっくりと撫でてくれる。
だ、だって鈴ちゃんのご飯美味しすぎるんだもん……。
幸せすぎる……。
そんな時、鈴ちゃんはちょっと小さくため息をついた。
そして僕の手のひらを指の先で優しくくすぐり始めた。
「なー、エッチなお仕置きのこと忘れちった?」
そう言って僕の顔を覗きこんできた。
忘れたわけじゃないよ。
ただちょっと幸せすぎたから。
「聞いて聞いて。」
鈴ちゃんが問い詰めるように急かす。
鈴ちゃんは怒られるのが好きらしい。
だから幸せな気分は一回忘れる。
「エッチなお仕置きってなんのこと?
僕、そんなことしてないよ。」
「よくぞ聞いてくれました!」
嬉しそうに鈴ちゃんは僕の手を両手で握り込んだ。
そしてじっと僕の目を見つめた。
「な、なに!?どうしたの!?」
「えへへ。」
僕が聞いても笑うばかり。
答えてはくれない。
そんな時間が少し流れた時、鈴ちゃんはようやく口を開いた。
「このみ怒る時、俺の手をこうやって握るじゃん。」
「うん、それがどうしたの?」
手を握って真っすぐ見据える。
そうすればちゃんと気持ちも伝わるじゃん。
だからよく怒る時はそうしてる。
そんなことを考えた時、鈴ちゃんはあまりにも衝撃的なことを行った。
「これ、俺の星では子作りなんだぜ。」
……。
…………。
「ぁぅ」
え、え、え、え、。
それってつまり、僕、なんてことを。
どっちの、どっちが妊娠。
そう焦った時、鈴ちゃんは照れたように笑った。
自分のお腹をさすりながら……。
「これからよろしくね、お父さん。」
そこで僕の意識は一度途切れた。
「わ!嘘!嘘!冗談!んなわけないじゃん!」
そんな声が聞こえた気がした。
それから目を覚まして、鈴ちゃんは『ドッキリ大成功』
の文字を見せてきた。
もうめちゃくちゃ怒った。
鈴ちゃんは好きだし、ずっと一緒に居たいけど!
心の準備ができてない!
それが僕と鈴ちゃんのある日の出来ごと。




