男装執事喫茶の送別会
「お疲れ様!乾杯!」
「「「お疲れ様でした!」」」
店長さんの声に合わせてグラスを軽くぶつける。
執事喫茶のお仕事も終わり、店長さんの奢りでステーキ屋さんに連れてきてもらった。
私の送別会兼小鳥とこのみちゃんの歓迎会。
辞めるのは私だけ。
小鳥とこのみちゃんは引き続きここで働くことになったのだ。
「はぁ……。でも残念だわ。
せっかく貴方目当てのお客さんもいたのに。」
店長さんが少し寂しげにそう言った。
元サッカー選手の店長さん。
仕事中の少し固い雰囲気も和らいで、今はシャツのボタ
ンを一つ外して寛いだ姿。
見惚れそうになったが、私はぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。
フランも私も限界になっちゃって……。」
「ううん。私こそごめんね。
フランちゃん、更衣室でよく見かけたもの。
待ってるの見て、独り占めはできないわ。」
まだここで働きたい気持ちはあるんだけど……。
やっぱりフランと一日会えない日が続くのはちょっと辛かった。
私、本当に将来どこで働けるのかな……。
「まあでもいいわ!
また新しいお店開いた時はよろしくね!
フランちゃんのお眼鏡に叶う服を用意するわ!
ほら食べて食べて!熱いうちに!」
店長さんは一転カラッとした笑顔になった。
それに押されてステーキを食べる。
じゅわってしてる。
すごい。すごく美味しい。
「これ!すごく美味しいですね!」
「はい、めちゃくちゃ美味しいです。
本当に奢っていただいていいんですか?」
店長さんはぐっと親指を立てた。
私たちはもう一度皆でお礼を言って食べ進める。
でも改めて楽しいアルバイトだった。
私のことを一番だと言ってくれる子も何人か居た。
別れを告げるのは悲しかったけど、思いのほかみんなさっぱりと見送ってくれた。
同僚もお客さんも良い子たちばかりで、過ごしやすかったなーって染み染み思う。
「小鳥とこのみちゃんは引き続きだもんね。
私の分まで頑張ってね。」
「はい!先輩の意思は引き継ぎます!」
「死んだみてぇ」
「このみちゃんに殺された……。悲しい……。」
「え!?」
泣き真似をしてみる。
このみちゃんはあわあわと口を開けた。
「こら新入りちゃん、このみちゃんいじめないの。」
柔らかな声で嗜められた。
口元を押さえて笑うその姿は気品に溢れていた。
かっこいい。こんな大人になりたい。
「ごめんね、このみちゃん。」
なので素直に謝る。
「え、え、はい!」
私が頭を下げると、このみちゃんはすぐに許してくれた。
「でも意外だったのは小鳥ちゃんよね。
こんなに人気になるなんて。もう手放せないもの。」
「は、はい。ありがとうございます。」
照れたようにはにかむ小鳥。
ように、ではないな。
実際にすごく照れている。
照れ照れだ。
「本当はうちの正規社員になって欲しいくらいよ。
どう?ちゃんと老後まで面倒見るわよ?」
「え、えっと……考えさせてください。」
「やった。脈ありね。
気が向いたらいつでも声かけてね。」
店長さんが手を差し出す。
小鳥はそれに応えるように、手を握った。
「このみちゃんも……」
店長さんがこのみちゃんに声を掛けようとして、そして口をつぐんだ。
それくらいにこのみちゃんはステーキにうっとりとした顔で舌鼓を打っていた。
「ふふっ。このお店にして良かったわね。」
店長さんはそう言って、お茶を一口飲んだ。
それからちょっとして、私以外の3人はステーキを完食した。
みんな食べるの早い。
急がなきゃ。
そう思っていたら、店長さんがとんでもないことを言った。
「お代わり要る人?」
おかわり?
さすがに小鳥とこのみちゃんも困惑していた。
確かに2人ともよく食べるし、まだ入るとは思う。
だけどステーキだよ?高いんだよ?
そんなお代わりなんて……。
「このみちゃんと小鳥ちゃんはまだ食べたそうね。
新入りちゃんはどう?」
「え、えっと……。
私はもうお腹いっぱいになりそうです。」
「じゃあ3人分追加で頼んじゃうわね。
新入りちゃんには後でケーキ買ってあげる。」
そしてすぐにステーキのおかわりを注文した。
「え、え、本当に大丈夫ですか……?」
このみちゃんが尋ねると、店長さんは小さく胸を張った。
「ふふっ。みんなには助けられたからね。
ちょっとしたお返しよ。」
店長さんはそう優しく微笑んだ。
大人の余裕の笑み。
お金のことなんて全く気にしていない。
ああ、こういう大人に私もなりた
ぐぅ~
思考がお腹の鳴る音で遮られた。
隣に座ってる小鳥ではなさそう。
前を向くと、店長さんは気まずそうに目を逸らした。
「ご、ごめんね!かっこつけたけど……。
本当は私がお代わりしたいだけだったの!
ほら、お肉って美味しいじゃない!
だからお腹空かせてきちゃったの!」
手をわたわたと動かして謝る店長さん。
謝ることじゃない。
だけど……。
「ふふっ」
思わず笑いが溢れてしまった。
「あ、新入りちゃん。笑うなんてひどいわ。」
「ごめんなさい。だって、なんだか意外で。」
店長さんってひたすらに格好いい人かと思ってた。
仕事ができて、運動ができて。
それで私たちみたいな歳下の子にも優しくて。
「おい、失礼だぞ。」
小鳥が肩を小突いてきた。
でもそれは今はスルーしよう。
この格好良くて可愛い女性と仲良くなりたい。
確か店長さんのこと、メイドのいちごうさんたちは……。
「あの!私も店長ちゃんって呼んでもいいですか……?」
あ、まずい。
頭の中で色々考えてるうちに、何段階かすっ飛ばしちゃった?
店長さんは少しぽかーんとしている。
でもそのすぐあと、店長さんはすごく綺麗な笑顔を浮かべた。
「いいの!?ぜひ呼んで!すごく嬉しいわ!」
店長さん……いや店長ちゃんが私の手を握り、ぶんぶんと振る。
まるで幼い子どものように楽しそうに。
そしてすぐにこのみちゃんにも手を伸ばした。
「私、店長ちゃんって呼ばれるの好きなのよ。
だってなんだか親しみを感じるでしょ?
ぜひぜひ呼んでちょうだい?」
このみちゃんとも固い握手。
そして最後は小鳥にも。
小鳥は少し迷ったあと、握手に応じた。
「そうかしこまらないでね。
小鳥ちゃんとも仲良くなりたいわ。」
「は、はい。こちらこそです。」
小鳥はちょっと複雑な表情。
多分、小鳥は元サッカー少女だったっぽい。
今までの反応をみると、店長さんは憧れの選手だったのかも。
すごく嬉しいような、でもやっぱり気恥ずかしいような。
そんな表情を浮かべていた。
「あ!そうだ!連絡先教えるわね!
お仕事でもサッカーのメンバーでも。
いつでも声かけてちょうだいね。」
鼻歌交じりにスマホを取り出して、私たち全員と連絡先を交換してくれた。
それからステーキのお代わりが届いて。
和やかに話していると、時間はあっという間に過ぎていった。
「新入りちゃんはまたいつかね!
このみちゃんと小鳥ちゃんはまた近いうちに!」
店長ちゃんが手を振って私たちを見送る。
改めて感謝を伝えて別れて。
それからこのみちゃんとも別れて。
小鳥と2人で帰り道。
フランに何時に帰れそうかメッセージを送ると、ピコンっと雛乃からメッセージが届いた。
『店長ちゃん、可愛いかったでしょう?』
小鳥と顔を見合わせて、小さく笑い合う。
『かっこよくて可愛いかったよ。』
そう送ると。
『でしょ!』
ただそれだけ返ってきた。
画面の向こうで雛乃はきっとどや顔してる。
それを思うと、なおさら心は暖かくなった。
8月30日。
夏休みも最終盤。
だけど寂しさなんて、欠片も感じなかった。




