執筆喫茶の最終出勤
名残惜しいかな。
今日は執事喫茶の最終出勤日。
フランに執事服を着付けてもらうのも今日で最後。
「ではお嬢様!いってらっしゃいです!」
更衣室から出ていく私にフランが手を振った。
私は振り向いて執事らしくお辞儀をして答える。
フランはきゃーっと黄色い声をあげてくれた。
執事服を着るたびにフランはかっこいいと褒めてくれた。
それも今日で終わり。
(ううん。でも寂しがってる場合じゃないね!
頑張るぞー!)
ぱちん、と頬を一度叩いて気合いを入れた。
アンニュイな気分になってる場合じゃない。
最後なんだから、みんなに楽しく過ごしてもらうぞ!
頑張れ!私!
ということで店内。開店時刻。
「おかえりなさい。お嬢様。」
執事らしく穏やかな笑みでお客様を迎える。
最初の子は常連さんだ。
来る度に私を指名してくれるきりっとした顔のクールな子。
多分高校生くらいかな?
めぐるちゃんと背丈が近い。
「今日もよろしくお願いします。」
女の子はぺこりと頭を下げた。
「ふふっ。お嬢様がそんなに畏まらないで。
変なお嬢様。
今日もいつものでいい?」
女の子に聞くと、首をぶんぶんと縦にふった。
いつも注文してくれるアールグレイを淹れて、女の子が待つ席へ。
「お嬢様。お茶の用意ができました。
さて、今日はなにをしよっか?」
とはいえこの子がなにをしたいかは知っていた。
だってもう六回目の来店。
いつもどおりなら……。
「なにもしないで良いです。
またお喋りに付き合っていただければ。」
「かしこまりました。
お嬢様は本当に物好きですね。
ふふ。僕で良ければ。」
「新入りさんだからいいです。」
落ち着いた物言い。だけど熱を帯びた視線。
そんなに気に入ってもらえるなんて夢みたいだ。
それからは他愛のない会話を1時間ほど。
服を褒めたり、メイクを褒めたり。
それと一番大事なこと。
「今まで僕を選んでくれてありがとうね。
僕は執事修行に行くことになったから。
今日がお嬢様とは最後なんだ。」
「はい。お姉ちゃんから聞いておりました。」
お姉ちゃん?
まあでも私の出勤が今日で終わることを知ってる人は多い。
おおかたここで働いてる人のうちの誰かだろう。
「それで今日はこちらを餞別として用意しました。」
女の子が鞄から封筒を取り出した。
お手紙かな?
わ、すごく嬉しい。
「ありがとね。
あとで大切に読ませてもらうね。」
「?」
懐にしまうと、女の子は首を傾げた。
まあいっか。
お手紙のお礼はちゃんと言わなきゃ。
「お手紙、僕からは用意してなくてごめんね。
だから代わりに言葉で。」
こほんとひとつ咳払い。
「お嬢様にお仕えできて光栄でした。
どこに行ってもお嬢様のことは忘れません。
お手をお借りしても?」
女の子の手を取って、口をつけるフリ。
お手紙のお礼にはならないだろうけど……。
喜んでくれたら嬉しいな。
「あ、あ、あ、ありがとうございます。」
「お嬢様。お顔が真っ赤ですよ?ふふっ。」
もうそろそろ時間だ。
次のお客様が待ってる。
女の子もそれを分かってるようで、名残惜しさを目に浮かべながら席を立った。
そして私に向けて小さく手を振った。
「あ、それと。」
最後に女の子ははっとした顔でなにかを伝えようとしてきた。
なんだろう?
「先ほどの、読んでもつまらないと思います。」
「いいよ。気持ちがこもってるなら嬉しい。」
お手紙に貴賤はない。
そう心が籠もっているならば……。
「いえ、封筒には現金を入れましたから。
では失礼します。」
ぺこりと女の子は頭を下げてお店から出ていく。
現金?
封筒を開けて中を見る。
中には一万円札が何枚も詰まっていた。
……。
「フラン!」
「はい!」
呼ぶとフランがどこからともなく飛び出してきた。
「さっきまで話してた女の子、分かる??」
「もちろんです!」
ぴゅーっとフランが駆けていく。
なんだかんだ無事にお金は返すことができた。
それからも中々大変だった。
他の常連さんともお別れの挨拶をして。
めぐるちゃんが来てたくさんチェキを一緒に撮って。
雛乃が来て、私のお見送りかと思ったら普通に小鳥目当てで。
そして最後は……。
「お嬢様。執事のお仕事お疲れ様でした。
とっても素晴らしい執事でしたね。
たくさん褒めてあげます。」
フランが1時間たっぷり褒めてくれた。
そして私の執事としてのお仕事は終わった。
短い時間だったけどもすごく楽しいお仕事だった。




