夜間歩行
「お嬢様、絶対に暴れないでくださいね……?」
時刻は夜の1時。
私はフランにお姫様だっこされて口をぎゅっと結ぶ。
空は半月。
少し明るい。
そして思う。
何が起きるんだろう、と。
こうなった理由はお祭り帰宅後に遡る。
「ふぅ……大満足です……」
一通り猿回しの感想を吐き出してフランはこてんと倒れ込んだ。
1時間に渡る大演説。
フランはやりきったという晴れ晴れとした顔で寝っ転がった。
「私も満足だよ。楽しかったね。」
「わ!つぶさないでくださいー。きゃー。えへへ。」
フランに覆いかぶさるように私も寝転ぶ。
言葉とは裏腹にフランは幸せそうに私の下で笑う。
「おじょうさま。くらえですっ!」
「わ!フラン!ふふっそれはずるいよ!」
フランが浴衣の下に手を入れてお腹をくすぐる。
私が笑うとフランはとても楽しそうにまた笑顔を浮かべた。
そんなじゃれ合いも終わったあと、ふと今日感じた疑問を思い出した。
せっかくだし聞いてみよう。
何か面白いことが分かるかもしれない。
「そういえばフランと会った日のことだけど。
あの日ってどうやって私を運んだの?」
私がそう聞くと、フランはその顔を可愛く歪め、ぐぬぬと複雑そうな顔をした。
「あれは……その……。
まだ地球のこと分からない時でしたから……。」
「……?」
「もしお昼にやったら大惨事。
とってもとっても大変なことになります。
連日ニュースは宇宙人の話題一色です。」
フランはとても真面目な顔でそう言った。
どういうこと?
私が首を傾げると、フランは小さくため息をついた。
「でもお嬢様に知ってもらうにはいい機会ですね……。
あまり隠し事はしたくありませんし……。
お嬢様、また夜更かし付き合ってもらえませんか?」
そこからの展開は以前の夜更かしと同様。
着替えさせてもらってお昼寝して。
そして深夜に目を覚ました。
よく分からないままに連れ出され、そして今はお姫様抱っこされている。
「お嬢様、びっくりしないでくださいね?」
フランが腕輪を外す。
「どこか変じゃありませんか?」
「どこも変じゃないよ?」
フランは恥ずかしそうに照れ笑いをしたが、特に変わったところはなかった。
ちょっとだけ体温上がった?
あ、ていうか。
目の色がサファイアのような青に。
そして長い髪の一部にも煌めく青の線が入っていた。
「いつもの黒い目も可愛いけど青色もいいね。」
「そんなに見られると恥ずかしいです……。」
ぷいっとフランは目を逸らした。
青い目、すごく可愛いのに。
それに髪も。
今度もっとじっくり見せてもらいたいな。
でもそんなぼんやりとした考えもすぐに霧散した。
フランの次の行動。
それがあまりにも現実からかけ離れていて。
「わ、え……?」
フランが私を抱えたままぴょんっと跳ねた。
そしてそれは落ちることなんてなかった。
「今日はこっそりお散歩です。
しっかり掴まってくださいね。」
フランが小さな声で呟く。
そしてそのまま一歩一歩階段を踏みしめるように空に向かって歩いた。
あっという間に空の中。
地面は遠く、アパートは小さくなった。
「すごい……。」
「こわくはないでしょうか?」
首を横に振る。
フランがしっかり抱えてくれてるから怖くはない。
ただ今はこの非日常にワクワクしていた。
「この辺りは人も居ないですからね。
それに夜なので……。
きっとバレないはずです。
このままちょっと歩きましょうか。」
フランがゆっくりと空気の床を踏みしめて歩く。
それはとても頑丈で、地面を歩くのと何の違いもない。
軽やかな足取り。
私はいつもより近い星とフランの顔に見惚れて喋ることすらできない。
たまにフランはそんな私に目を合わせてにこりと微笑んでくれた。
「腕輪、私を不自然じゃなくするって覚えてますか?」
フランが前を見据えたままそう言った。
「覚えてるよ。記憶力は良いんだから。」
「ふふっ。さすがお嬢様です。」
フランが褒めてくれた。
そしてそのまま説明を続けた。
「自然に見せるだけじゃなくて、不自然にさせない。
そんな力があるんです。
だから腕輪は宇宙人の力を抑えたりもしてます。」
「えっとつまり……。
腕輪があると地球人にできないことはできないの?」
「その通りです。あとで撫でて差し上げます。」
フランはそう言って少し走り出した。
軽やかに跳ねて、空中で半回転。
逆さのまま空中でピタリと止まる。
「きっと鈴お姉様も同じことができます。
それだけ私たちって普通じゃないんですよ。」
フランの声が一度止まる。
そして一度深呼吸。
顔を逸らしてるからその表情は見えない。
私からはただ遠くに小さく地面だけが見えた。
息を呑む音が聞こえる。
そして……。
「私たちのこと、こわくはないですか?」
フランはそう言った。
そんなの答えは決まってる。
「こわいわけないでしょ。でも逆さまはこわい……。
お願い、まっすぐ立って……。」
「わ!ごめんなさい!」
フランは慌ててまた半回転。
普通にお姫様抱っこされてる状態に戻った。
「逆さまお姫様抱っこは初めてだよ。」
私がそう言うと、フランはくすくすと笑った。
「失礼いたしました。」
そしてゆっくりと階段を下るように地面に歩いていく。
少しずつ空が遠くなる。
それはちょっとだけ寂しかった。
「お嬢様、地面につきましたよ。」
フランが私を降ろして腕輪をつけ直す。
その目は綺麗な黒色に戻った。
「ありがと。楽しかったよ。
今度もう一回しようね。」
私の言葉を聞いて、フランは小さく口を開けて……。
そして閉じた。
言いたいことは特にない。
きっとそういうことなんだろう。
代わりにただニコニコと笑顔を浮かべて私の手を握った。
フランは可愛い私のパートナー。
たとえ宇宙人だろうと。
たとえ本当は化け物だったとしても。
それが変わることなんて絶対にない。
「……散歩は楽しかった?」
誰も居ないはずの夜。
アパートの前には私たちを待ち受けるように1つの人影があった。
金色の髪。赤い目。それに見上げるほどの高身長。
そんな怪しい人影。
(……空の散歩を見られた!?)
お昼にフランが言っていたことを思い出す。
もしバレたら大騒ぎ。
連日宇宙人のニュースで一色になる。
この人が誰かは分からない。
でも秘密を知られてしまった。
どうすれば黙って貰える……?
ていうかこんなに暗いのに本当に見えたの……?
そんな思考をしていると、その人影はゆっくり近づいてきた。
「……フランちゃん、202(にーまるに)ちゃん、どういうことか教えて?」
「……202ちゃん?」
知らない人影。
でもその呼び方は知っていた。
アパートの私の部屋番号。
その名前で呼ぶのはただ1人。
「山城さん?」
アパート、私の真下の部屋に住む自称限界美人OL。
山城 メアリ。
その人だった。




