小さな花火大会
「おねえさん!めぐるちゃん!おかえり!」
アパートの前に着くと、みゆちゃんが飛びついてきた。
ものすごいハイテンション。
何やら私たちが帰ってくるのをずっと待っていたらしい。
「おじいちゃんにはなびかってもらったの。」
みゆちゃんが両手に花火を持って笑う。
早く遊びたくてしょうがないと言った様子だ。
時刻は19時。
花火をするにもちょうど良い時間。
小鳥とフランがバケツを持ってやってきた。
大家さんが年季の入ったライターで蝋燭に火をつけた。
アパートの前の駐車場。
そこが小さな花火大会の会場になった。
「ことりおねえさん、これあげる」
「みゆ、ありがとな」
「おねえさんにもあげる」
「うん、ありがとね」
みゆちゃんがみんなに花火を配る。
大家さんが大量に買ってくれた花火。
みんなに渡ってもそれはまだ山のようにあった。
「最初はみゆちゃんだね。気をつけてね。」
「うん……!」
みゆちゃんがそわそわしながら手持ち花火を蝋燭に近づける。
それはすぐにぶわっと火を噴いた。
「わ!わ!えへへっ!」
金色の光を出して吹き上がる花火。
それにみゆちゃんが照らされる。
きらりと光るみゆちゃん。
それはとてもとても眩しく見えた。
「おじいちゃん!」
みゆちゃんが少し遠くに座った大家さんに向かって振り向く。
大家さんは微笑みを浮かべてみゆちゃんに手を振った。
よく見るとその手にはお酒を持っている。
みゆちゃんの笑顔は良い肴だろう。
すごく幸せそうだ。
「おねえさん、ひ、わけてあげる」
「うん、ありがとね」
みゆちゃんの横に立って、その花火から火を貰う。
私の花火もすぐに火を噴いた。
「めぐるちゃんにもあげるね。」
「は、はい!ありがとうございます!」
恐る恐ると花火を近づけるめぐるちゃん。
めぐるちゃんの火がついたら、それはフランへと。
そしてフランから小鳥へと火が継がれていく。
「はなびいっぱいだね!」
みゆちゃんがホクホクとした笑顔で辺りを見回す。
私たちもその様子を見て自然と笑顔をこぼした。
「きえちゃった。つぎ、つぎ。」
消えた花火をバケツに入れて次の花火。
まだまだ数も種類もたくさんある。
大家さんはよっぽどみゆちゃんに喜んで欲しかったんだろう。
手持ちだけじゃなく吹き出し花火に小さな打ち上げ花火まであった。
みゆちゃんがぐぬぬと迷ってまた1つ手に取る。
今度は大きくパチパチと弾けるように火を吹く手持ち花火。
楽しかったのか、私にも同じものを1本くれた。
「パチパチしててたのしいよ。
ひ、きをつけてね?」
「うん、気をつけるね。」
「びっくりしないようにね。」
「うん、大丈夫だよ。」
渡された花火に火が点く。
パチパチと金色に弾ける火花。
それを見てみゆちゃんが笑う。
私も釣られて笑った。
「みゆ様、こちらへどうぞ」
手持ち花火をたくさん使った頃、フランがみゆちゃんの手を引いた。
大家さんの隣。
みゆちゃんにとっての特等席。
私とめぐるちゃんも近くに座る。
「じゃあ行くぞ……」
みんなが離れたことを確認して小鳥が吹き出し花火に火をつけた。
小鳥が急いで離れる。
その数瞬のあと。
「わ!綺麗だね!」
「ですね!すごく綺麗です!」
色とりどりに大きく吹き出す火花。
みゆちゃんは何も言わない。
でも花火を写すその瞳の輝き。
それだけで楽しんでいることが分かった。
ぷすん、と吹き上げが終わる。
フランが拾って小鳥が新しいものを設置する。
その間にみゆちゃんに声をかけてみた。
「綺麗だった?」
その質問にみゆちゃんは返事はしなかった。
ただぶんぶんと首を縦に振って喜びを表現した。
大家さんがみゆちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でる。
みゆちゃんは嬉しそうに足をパタパタさせた。
「行くぞ!」
また吹き上がる花火。
みゆちゃんはまたさっきと同じようにその目を輝かせた。
「皆様、こちらをどうぞ!」
さっきまで花火の準備をしていたフランが何かを持ってやってきた。
「わ、チョコバナナ。」
串に刺さったチョコバナナ。
花火のお供に用意してくれていたらしい。
「フラン、いっぱい楽しませてくれてありがとね。」
「いえいえ!感謝はお爺さまにです!
私はお手伝いしてるだけですから!」
フランに言われるがまま、大家さんに頭を下げる。
今日のMVPは花火を用意してくれた大家さんだ。
何回頭を下げたって感謝してもしきれない。
チョコバナナを食べながら吹き出し花火を眺める。
小鳥にもたくさん働かせちゃって悪いな。
一瞬そう思ったけど、すごくニコニコと花火の準備をする小鳥を見てそんな気は失せた。
小鳥もすごく楽しんでる。
それなら謝るのも変だろう。
チョコバナナも食べ終わった頃。
小鳥が私たちに手招きをした。
「じゃーん、ぬいぐるみ花火だってよ」
小鳥が手に持っていた花火。
なんと打ち上げると中からぬいぐるみが出てくるらしい。
しかもイルカやアザラシなどの水生動物からランダム。
お魚好きのみゆちゃんからしたら……。
「わ、わ、」
言葉を失うくらいに楽しみそうだ。
「でも夜だしちょっと危なくない?」
もうだいぶ暗い。
みゆちゃんだし大丈夫だと思うけど、この大興奮っぷり。
転んだりしないかちょっと心配。
「大丈夫。ちゃんと考えてるから。
みゆ、ちょっとごめんな。」
「わ」
小鳥がみゆちゃんを肩車。
ぬいぐるみの着地予想地点までの誘導は小鳥がするらしい。
たしかにこれなら安心だ。
いや、普通は危ないかもだけど小鳥だし。
小鳥はなんかこう……転ぶって概念ないから。
みゆちゃんを担いだまま、小鳥が花火から少し離れる。
そして準備ができたのを確認して、フランが火をつけた。
「いくぞ、みゆ。」
「うん……!」
ぽすんっと音がしてぬいぐるみが打ち上がる。
パラシュートもない自由落下。
それでも小鳥は小走りで落下予想地点まで走る。
位置はばっちり。
あとはみゆちゃんがキャッチできるか……。
「えい」
みゆちゃんがその小さな手を伸ばす。
そしてその手のひらを開くと……。
「あざらし!」
小さなぬいぐるみがその中から現れた。
みゆちゃんは無事にぬいぐるみをキャッチしたのだ!
さすが!
「みゆちゃん!すごいね!」
めぐるちゃんが肩車されてるみゆちゃんに近づく。
「みてみてめぐるちゃん!すっごくかわいい!」
そしてみゆちゃんは満足そうにその小さなぬいぐるみを見せつけた。
「うん、すっごくかわいいね!
キャッチかっこよかったよ。」
「たからものにするの。えへへ。」
あざらしのぬいぐるみ。
それをぎゅっと胸に抱きしめてみゆちゃんは笑った。
たくさんあった花火。
それもどんどん無くなっていく。
ずっと続くと思えた楽しい時間。
それもあっという間にもう終わり。
最後は線香花火。
誰が最後まで残せるか。
そんな競争。
「おじいちゃんもしよ?」
みゆちゃんが大家さんを引っ張り輪に加える。
6人一斉に火をつけた。
ぱち、ぱち
静かにそれでも激しく。
花火が手元を照らす。
誰も喋らない。
ただ静かに線香花火を見つめる。
最初に落ちたのはみゆちゃんだった。
次に小鳥。
私。
めぐるちゃん。
最後はフランと大家さんの一騎打ち。
「ふたりともがんばれ」
小さくみゆちゃんが呟く。
その声で落ちないように。
小さな小さな声。
ぽとりと1つが落ちた。
先に落ちたのはフランの線香花火。
優勝したのは大家さん。
今日のMVPだった。
「おじいちゃん!すごい!」
みゆちゃんが大家さんに抱きつく。
大家さんは微笑んでまたみゆちゃんの頭を撫でた。
「楽しかった?」
「たのしかった?」
私とみゆちゃんの声が重なった。
一瞬、ちょっと黙って。
「ふふ」
「えへへ」
そして2人で笑った。
聞くまでもなかった。
こんなに楽しかったんだもん。
みゆちゃんも楽しかったに決まってる。
最高の花火大会だった。




