早朝のカブトムシ捕り
早朝。
「準備はいいかー?」
鈴の間延びした掛け声。
「はい!」
「おー」
「うん」
それにフラン、私、それにみゆちゃんが応えて車に乗り込む。
今日は朝から虫取り大会。
カブトムシを捕獲しに遠征をすることになった。
「餌はもう昨日のうちに仕掛けてあるからさ。
あとはもう捕まえるだけよ。」
鈴が運転しながら私たちに声をかけた。
「ありがと鈴。そういえばこのみちゃんは?」
「誘ったけど駄目だったー。
虫は苦手なんだって!」
「カブトムシ格好いいんですけどね。
このみお姉様と遊ぶのはまた別の機会ですね!」
このみちゃんと遊べないのは残念だけど仕方ない。
虫が嫌いなら山に入るのとか超こわいだろうしね。
「みゅーも楽しみか、おっとごめんな。」
鈴が声のトーンを落とした。
みゆちゃんはちょっと微睡み中。
朝早かったからね。
「どれくらいで着くんだっけ?」
「1時間くらいかな。友達の私有地ー。」
鈴の顔の広さには助かる。
これも長く地球で暮らしてきた強みなのかも。
「お嬢様も寝ていていいですよ!」
「そうそう!着いたら起こすからさ!」
「じゃあお言葉に甘えるね。ありがと。」
実を言うと私もすごく眠たい。
という訳で一旦目を閉じることにした。
まあみゆちゃんも居るし、前みたいに急に海に連れて行かれることはないだろう。
ちょっとだけおやすみなさい。
「お嬢様、みゆ様、着きましたよ。」
優しい声で目が覚める。
開いた車のドアの向こうには木々が茂っている。
「さぁさぁ起きた起きた!こっからがお楽しみだぜ!」
鈴が手を伸ばす。
その手はみゆちゃんの腕を掴み、外へと引っ張り出した。
私も続いて車から降りる。
一度息を大きく吸うと、森の爽やかな匂いがした。
「みゅー、フラン、はいよ!ほら、兄弟も!」
鈴がトランクから折りたたみ式の虫取り網を4本取り出した。
1人1本ずつ持って、冒険は始まった。
とはいえ今日は山の中。
いつもみたいにバトルは無し。
のんびりと鈴の仕掛けた餌の地点まで歩き、カブトムシが居たらみゆちゃんに捕まえてもらう。
居なかったらまたのんびりと歩いて帰る。
そんな日程だ。
危ないことはしない。
「あ、百足」
足元を大きな百足が横切った。
ちょっとゾワッとしたけど、そういう場所だもんね。
お邪魔してる私たちに何かを言う資格はない。
「むかで、ちょっとしかみえなかった。」
みゆちゃんが残念そうにそう言った。
「じっとしてくれたら良いんですけどね。
次はきっとじっくり見えますよ。」
フランの言葉に頷いて、また少し先へ歩みを進める。
「みんな、むしはどのこがすき?」
みゆちゃんが弾む足取りで私たちに問いかける。
好きな虫かー…。
「俺はやっぱりヘラクレスだなー!
格好いいし!強いし!」
「私はいもむしさんが好きですね。
歩く姿がとても可愛らしいです」
2人はすぐに答えを用意した。
私の好きな虫ってなんだろう?
「おねえさんはすきなむし、いない?」
みゆちゃんが首を傾げる。
「うーん、ちょっと考え中かな。」
小さい頃には居た気がする……。
でもぱっと思い出せない……。
「ふふっ。あとでおしえてね。」
みゆちゃんはそう言うとまた楽しそうに歩き出した。
「むっかっでー♪かっぶとむしーっ♪」
みゆちゃんの楽しそうな声が木々に静かに響く。
鈴の仕掛けた罠の場所はそう遠くないらしい。
鈴は体力が少ないから、鈴基準の遠くないならもうすぐに着くだろう。
5分ほど歩いて、目的地に着いた。
「わ!」
みゆちゃんが驚きながら指をさすその先。
吊るされたストッキングで作られた罠。
そこには確かにカブトムシがくっついていた。
「よっしゃ、ビンゴ!」
鈴が嬉しそうにガッツポーズをする。
「あれがカブトムシ……!」
フランもキラキラと目を輝かせていた。
でも私はさっきの質問の回答が思い出せなくて。
中々カブトムシに気が回らずにいた。
そんな私のことはさておき、今日の主役はみゆちゃん。
みゆちゃんは一度目を瞑り、深呼吸をする。
そしてゆっくりと罠に近づいていった。
カブトムシのすぐ近く。
網を振りかぶれば捕まえられる距離。
まだカブトムシも気付いていない。
だけどみゆちゃんは網を振らなかった。
ただじーっとカブトムシを見つめていた。
5分ほど経って、みゆちゃんは私たちの所に戻ってきた。
「みゆちゃん、捕まえなくていいの?」
私が聞くと、みゆちゃんは首を縦に振った。
「やっぱりかわいそうだから。」
みゆちゃんはただ一言そう答えた。
ただその顔は綻んでいて、満足したことは明白だった。
「みゅー、罠だけ回収していいー?」
「うん、りんちゃんじゅんびありがとね。」
「どいたまー」
鈴が罠に近づく。
カブトムシは鈴には気付いたようで、どこかに飛んでいった。
罠は速やかに回収された。
「では帰りましょうか。みゆ様、手を繋ぎませんか?」
「うん。」
フランとみゆちゃんが手を繋ぎ、私と鈴がその後ろを歩く。
車までは5分。
そう遠くない。
「結局、好きな虫は分かったかー?」
鈴に尋ねられて、またそのことを思い出した。
そうだ、まだ解答を用意できてない。
小さい時にすごく可愛いと思った虫が居たんだよ。
ちっこくて芋虫みたいで、でも芋虫じゃなくて。
「ちっこくて芋虫みたいで芋虫じゃない子……。」
もうそれを答えにすることにした。
「けむし?」
毛虫…ではないかな。
毛虫はちょっと苦手。触ると痒くなっちゃうし。
「わたしはね、けむしがいちばんすき。もさもさ。」
前言撤回。毛虫大好き。
ちょっと皆で考え込む。
そしてフランが口を開いた。
「もしかしてシャクトリムシではないですか?」
「あ!そう!その子!」
そう!シャクトリムシだ!
名前を聞いてぼやけていた輪郭が一気に鮮明になった。
「動き方がすごく可愛くて好きだったんだ。
なんで忘れてたのかな。
あー、スッキリした。」
記憶の蓋が開いた感じがする。
なんだかとても爽やかな気分だ。
「シャクトリムシ、かわいいよね。」
「私は図鑑でしか見たことないんですよね。
いつか一緒に見たいです!」
シャクトリムシの季節は…。
幼虫な訳だし春頃かな。
「じゃあ来年の春は一緒に探しに来よっか。」
「うん!」
「賛成です!」
みゆちゃんとフランから賛同を貰えた。
半年以上先だけど、すごく楽しみだ。
さあもう車まであと少し。
虫取りはしなかったけど、大満足だ。
みゆちゃんの笑顔も見れたしね!
「あ、兄弟。ちょっと網貸して。
あとスマホもちょっと貸して。
あと落とすと嫌なもの持ってない?」
「ん、スマホとか財布はフランに預けてるよ。」
言われるがままに網を渡す。
「今日さ。実はもう一個罠張っててさ。」
「あ、それも回収しなきゃなんだね。
この近くなの?」
辺りを見回す。
さっきのストッキング製の罠は見当たらない。
「ちょっと左に……もうちょっと動いて。」
「うん、いいよ……っぁあっ!?」
足に紐?が触れて急に視界がひっくり返った。
何!?何が起きてるの!?
ひっくり返る視界の中、すべてが目まぐるしく動く。
急に地面から大きな網が現れて、私の足に引っかかって持ち上げた。
そして次の一瞬でフランが私を助けてくれて。
鈴が全速力で逃げて。
みゆちゃんが即座に鈴を捕まえた。
「りんちゃん。」
「鈴お姉様。」
2人がすごく怖い顔をしている。
私はまだ混乱したまま、フランにお姫様抱っこをされていた。
「ご、ごめん、ちょっと驚かせたかっただけで!」
「りんちゃん、あのね、なかよしでもね。」
「みゆ様のお説教の後は私のお説教ですからね?」
みゆちゃんのガチ説教。
まさかそんなレアなものが聞けるなんて。
やっぱりちょっと楽しくて、大満足であることに変わりはなかった。




