緊急事態?
『先輩!大変なことになりました!
すごく!すごく大変です!
お電話じゃ分からないかも!
このあと先輩のお家に行ってもいいですか??
すぐ行きますね!』
このみちゃんが早口で捲し立て、すぐに電話は切れた。
小鳥のお嬢様になったその日の夕方。
もうメイクは落としてだらけるモード。
お風呂にも行ったからあとは寝るだけ。
でも寝る前にちょっと遊ぼう。
そんな時間だった。
大変なこと?
全然見当つかない。
「このみちゃん遊びにくるって。
多分鈴も一緒かも。」
「ご飯食べていきますか?
聞いてもらってもいいですか?」
「はーい」
もう一度このみちゃんに架電。
すぐに電話に出てくれた。
「もしもしこのみちゃん。
今日うちでご飯食べる?」
『あ、いえ!ご飯は大丈夫です!』
『今日は俺が作るからなー。
気にせんでいいよー。』
「分かった。ありがとね。」
電話終了。
「ご飯は要らないって。」
「かしこまりました。
では今日は小鳥お姉様の好物にしましょうか。
私に代わって執事をしてくれたわけですからね。
労ってさしあげなければ。」
小鳥の好物ってことはラーメンかな。
それとも唐揚げとか?
どっちも私の好物でもある。
すごく楽しみ。
「おねえさん、つづき」
まあでも今はみゆちゃんとの将棋中。
余計なことを考えるのはあと。
そんな余裕を持てる対戦相手じゃない。
「ちょっと待ってね……。ここかな?」
そして将棋は再開された。
ハンデは飛車落ち。
頑張ればきっと勝てるはず!
それからしばらくして。
ピンポーン
「空いてるよー」
私がそう応えると、玄関のドアが開き鈴とこのみちゃんが部屋に入ってきた。
「うわ、はしたねえ」
私を見るなり、鈴がそんなことを言った。
「お嬢様はみゆ様に負けて悔しいのです。
そっとしておいてあげてください。」
フランのフォロー。
いや、いい勝負できると思ってたんだよ。
普通にボロ負けだったから悔しい。
私を負かしたみゆちゃんは帰っちゃったし。
1人で悔しがる他ないのだ。
「でもお嬢様。いくらなんでもそれは駄目です。
ほら、ちゃんと座って。」
フランが私の脇を持ち上げて起こす。
小さい身体で力持ち。
あっという間にはしたなくない姿勢。
「それで大変なことってなに?」
このみちゃんから出るってことは執事喫茶関連?
それとも沖縄旅行のこと?
どっちにしろあんなに焦っていたのだ。
聞くのは少し怖い。
このみちゃんがゆっくりと口を開く。
そしてその口をゆっくりと閉じた?
「そんなに言いにくいことなの?」
「えっと……それがですね……。」
すごく迷ってる。
なに、どういうこと?
もはや少し怖いの域じゃないよ。
超こわい。
意を決してもう一度その口を開く。
そして一息に大変なことについて説明した。
「先輩はお嬢様が男装して王子様をやってて、そのうえで身分を隠して執事として働いていると思われてます!」
……なんて?
「ちょっと待って。全然分からなかった。
ごめんね。もう1回言ってもらえる?」
「先輩は王子様してるお嬢様で、今はこっそりと執事として働いてるって思われてます…。」
全然分からない。
「そして小鳥さんと僕は先輩の従者で、フランちゃんは小鳥さんの妹。鈴ちゃんは先輩の妹です。」
混乱してるところに更に情報を叩き込まれた。
何がどうなってるの?
「……なんで?」
よく分からない時は大雑把に聞いてみる。
私の生活の知恵。
「僕も分からないですよ!
更衣室がその話題で持ちきりだったんです!
皆色々と聞いてくるし…。
こわくて何も言えずに逃げちゃいました…。」
このみちゃんは小さく肩をぶるりと震わせた。
よっぽど質問攻めに合ったのだろう。
このみちゃんからこれ以上の情報は引き出せそうにない。
「お嬢様、王子様だったんですね。」
フランが楽しそうに聞いてきた。
ていうか王子様ってことは……。
(これ、私のあだ名からだ)
王子様、お嬢様、兄弟。
見事に全部含まれてる。
「フランありがと!」
ヒントをくれてありがとう。
フランを抱きしめてその功績を労う。
「いえいえ、お役に立てて何よりです。」
嬉しそうに喉を鳴らすフラン。
ここまで分かればもう全部分かったも同然だ。
実は私、頭はけっこう良いのだよ。
「このみちゃん、謎は全て解けたよ。」
「え!?すごい!」
「俺は気づいてたけどなー」
「嘘。鈴に分かるわけない。」
「失礼だなー。」
鈴は私からフランを抱き寄せると楽しそうにその髪を撫でている。
そう、鈴は考えなしなのだ。
そう簡単に分かる理由が…。
「皆からのお前のあだ名だろー?
そんでフランちゃんはお前と距離感近いし。
だったら従者さんの妹かなってそんな感じだろ。」
推理が完全に被った。
さて、どう取り繕おうか。
「鈴にしては上出来だね。でもその推理には穴が
「いいからいいから。
無理やりややこしくしようとすんなよ。」
鈴に窘められるとは…。
屈辱だ。
でも正論だから黙るしかない。
「そんでどうすんのー?
大変そうじゃん?
皆の記憶消してやろうかー?」
鈴がニヤニヤと笑いながらそんなことを言った。
え?なにそれ?そんなことできんの?
確かに映画の宇宙人ってそういうことよくやってるけど。
「はっ。冗談だよ。このみまで引かないでくれよー。」
鈴がフランを抱いたままこてんと後ろに倒れこんだ。
もう会話に参加する気はないらしい。
「でもどうしましょうか…?
全部否定するのも大変そうですし…。」
このみちゃんは頭を抱えている。
まあでもこんな時の対処法は1つだ。
「私は気にしないからスルーでいいよ。
なんか質問されたら、私に投げていいからね。」
そう、スルーが安定。
どうせ噂だしね。
「でも、それだと先輩が大変になりませんか…?
変わった目で見られちゃいそうですし。」
「大丈夫大丈夫。
そういう目には慣れてるから。」
それにそういう役柄だって分かってればいくらでも演じようはある。
私のそういう能力の高さを舐めないでほしいね。
心の中でドヤ顔していると、玄関の開く音が聞こえた。
足音的には小鳥かな?
めぐるちゃんも居るのに1人でこっちの部屋に来るなんてなんか用事かな。
「おいバカ。なんか変な噂になってたぞ。」
あ、さっきまでの話か。
「あぁそのことなら大丈夫。
小鳥も何かあったら私に投げていいよ。」
小鳥にも迷惑はかけたくないしね。
こっちで全部請け負えば問題なしだ。
「は?もうその誤解は解いたから。
明日出勤する時は妙なことすんなよ。
じゃあな。」
それだけ言って小鳥は部屋から出ていった。
……。
「ひゅー」
鈴の茶化すような声。
私は何も言い返せず、顔を隠すようにトイレへと逃げ込んだ。
いやずるいじゃん!
だって!それは!
ねえ!
部屋に戻る。
「ひゅー!」
もう一度鈴がからかってきたから軽く頭を叩いた。
緊急事態、終わり。




