お忍びメイドさんの執事審査
「……雛乃、どうしたのその格好?」
「な、なんで分かったの!?」
小さな声で話しかけたのに、雛乃は心底驚いたようにそう声をあげた。
慌てて口を抑えて小鳥の方を見る。
小鳥は入り口から遠い席で接客中だったから、気づかなかった。
「……ちょっと小鳥さんには気づかれたくなくて。」
小鳥目当てで来たってバレたくはないらしい。
「素直に言った方が小鳥、喜ぶと思うよ。」
「でもやっぱりちょっと気恥ずかしいのよ……。
お願い、内緒にして。」
雛乃が上目遣いで私を見る。
サングラスとマスクを着けてるから、あんまり可愛げはない。
「まあでも承知したよ。
とりあえず小鳥はすぐ来れないから。
ひとまず私が接客するね。」
あんまりお店の入り口でコソコソ話をするのも良くない。
ここからは執事モード。
切り替えていこう。
「おかえり、お嬢様。
夜会で疲れたでしょ。
ほら、お茶淹れてあげる。」
「新入りに執事が務まるかしら?」
私が切り替えたのに合わせて、雛乃も少しキリッとした雰囲気になった。
雛乃はメイドカフェの一番人気。
いわばメイド長だ。
執事としての能力を試されている。
迂闊なことはできない。
手を取り、空いてる席へ。
雛乃は値踏みをするように、ふむふむと頷いた。
「良いエスコートだわ。
100点をあげる。」
「甘っ」
「執事がそんな言葉遣いじゃ駄目。
2点引いておくわ。」
「甘すぎる……」
メイド長はだだ甘だった。
「ポニーテールも素敵ね。100点。」
「それは結んでくれたフランにつけてあげて。」
「あ、メニュー豊富ね。100点。」
「それは店長さんに。」
「お水冷たくて美味しいわ。100点。」
「それはえっと……誰にだろ?」
よく分からないままに398点。
もう何でもありだ。
「はぁ……でも執事も羨ましいわ。
こっちに移籍しようかしら。」
雛乃が小さくため息をついた。
「メイドさんは飽きたの?」
それには雛乃は首を振った。
「向こうの制服も可愛くて好きだけど……。
でも両方着たいのよ。
執事服もすごくかっこいいじゃない?」
まあそれは確かにそう。
ここの執事服、気合い入ってるし。
生地もコスプレ感のない厚手のもの。
1人1人にズボンにシャツにコート、手袋まで全部貸与されている。
着てるだけですごく楽しい。
「まあいいわ」
一言そう言うと、雛乃は姿勢を正した。
マスクは外したけど、サングラスはつけたまま。
姿勢を正しても不審者っぽくて違和感は残ってる。
「今日はお嬢様を楽しませて貰うから。
新入り、精一杯もてなしてみせなさい。」
「あれ、雛乃じゃん。」
「ひゃっ!!」
背後から小鳥が現れた。
そして雛乃が椅子から飛び上がった。
比喩ではなく、本当に。
それもそのはず。
小鳥の執事服はこれ以上無いほどに決まっていた。
スラリとしたシルエット。
いつもはポニーテールにしている髪も、今は結わえる位置を低くし、下に垂らしている。
普段のフランと同じ髪型。
つまり執事を極めた姿をしていた。
「あちらのお嬢様はもう宜しいのですか?」
一応執事モード。
切り替えは得意。
「いや、指名があったって聞いたからな。
ちなみに元々向こうの子達はお前を指名だ。」
小鳥が対応していた席を見ると、女の子が2人小さく私に向かって手を振っていた。
あ、昨日も来てくれた子達だ。
「雛乃、指名してくれてありがとな。
こいつと代わっていいか?」
小鳥が優しい声色で雛乃に問いかける。
雛乃は少しぼーっとしたあと、何度も頷いて答えた。
「それではお嬢様のことを宜しくお願いします。」
小鳥が来たならお役ごめんだ。
あとは小鳥に任せよう。
……あれ?
雛乃が私の指を握っている。
そして口をパクパクとさせている。
『たすけて、かっこよすぎる』
そんなことを言いたいのかな?
分かる分かる。
小鳥は執事服、めちゃくちゃ似合ってるしね。
「えい」
「……あ」
それはそれとして指はほどく。
いや、だって私のことを待ってくれてる子がいるからね。
後ろから視線を感じながら、指名してくれた子達の元へ。
これも雛乃のため。
小鳥が好きなら、素直に小鳥の執事姿を目に焼き付けるべきなのだ。
「お待たせいたしました。
ふふっ。今日もお呼びしていただけるとは。
変わったお嬢様。」
私を指名してくれたお嬢様に恭しくお辞儀をする。
私より少し歳下の子かな。
さぁ楽しい思い出になれるように頑張ろう!




