憧れの執事デビュー
「お帰り、お嬢様。夜会は楽しめた?」
お客さんの手を引いて席へと案内する。
今の私はクールな執事。
「ほら、席について。今お茶を淹れてくるよ。」
フランが髪からメイクまで完璧に仕上げてくれた。
だから後は昔を思い出すだけ。
演じるのは私の唯一と言える特技。
完璧に執事という役を演じきってみせる。
と、いうわけで遂に私たちは男装執事喫茶で働くこととなった。
面接は無し。
このみちゃんの紹介だけしたら、すぐに実地の見習いを一日。
そしてほんの少し日にちを開けて執事デビュー。
中々のスピード感。
執事は思い思いに好きなように演じるという営業スタイル。
私は幼なじみ系クール執事。
ポニーテールの髪に線の細い眼鏡。
お客さんとは長い付き合いで、気心の知れた仲。
だけど執事という立場に徹しているという設定だ。
雛乃には盛りすぎだと嗜められたけど、お客さんからの受けは悪くない。
「お嬢様……。
僕の顔になにかついてますか……?
そんなにジロジロ見られちゃ恥ずかしいです……。」
このみちゃんはあんまり普段と変わらない。
ちょっと人見知りで、それでいて仲良くなると楽しい元気な子。
歳下系の執事として、接客された女の子たちはみんなニコニコしながら帰っていった。
きっともうファンもついてる筈だ。
執事喫茶の仕事は思ったよりも忙しい。
基本は執事の役を演じながら、ホールで接客。
チェキを求められたら、それに応える。
その繰り返し。
でも忙しい理由は、多分一個わかりやすいものがあった。
「……」
すごく悔しそうな顔で小鳥が私を睨んでいる。
いや、睨んでるわけではない。
私を真似しようと見稽古しているのだ。
小鳥は演技が下手だった。
だから今日は見習い。
本来は3人ヘルプに入るところを2人で穴埋め。
忙しくなるのも当然だった。
「……小鳥さん、大丈夫ですか?」
このみちゃんがすれ違いざまにそう問いかけてきた。
心配するのも当然だ。
あれだけ執事になるのを楽しみにしていたのだ。
1人だけなれないのは辛いだろう。
「今日は見守るしかないよ。
それに小鳥なら大丈夫。」
小鳥はこれくらいで挫けたりしないしね。
小鳥に手を振ると、ぎこちなく笑顔を浮かべて手を振り返してくれた。
とりあえず私は接客に集中しよう。
明日、完璧な執事としてフランやめぐるちゃんをお出迎えするために。
私も今日で演技のコツを完璧に思い出さなきゃいけない。
「お嬢様。そんな無作法、夜会ではしていないよね?」
お客さんの口元についたクリーム。
それをナプキンで拭き取る。
「あ、ありがとうございます……。」
お客さんが私にお礼を言った。
こんな時、私の演じる執事なら……。
「ふふっ。なんで敬語なの?
僕に敬語を使うなって命じたのは誰だっけ?」
少し馬鹿にするようにお客さんに笑いかける。
このお客さんは多分こういう距離感を望んでる。
予想は当たりだったようだ。
お客さんは少し顔を赤らめて、お茶のお代わりを求めた。
(よしよし。この調子だ。)
フランがお客さんとして来るのは明日。
小鳥も執事になってから、遊びに来ると言ってた。
だから今日でこの役割を完璧に身体と頭に染み込ませる。
気合いを込めろ。
完璧な幼なじみ執事に私はなるのだ。
「あの……私と写真撮ってくれません……。
あ、えっと!一緒に写真撮ろう?」
「ふふっ。今日のお嬢様、ちょっと変なの。
いいよ。こうやって写真撮るの久しぶりだね。
どんなポーズがいい?」
お客様の隣に立ってポーズを撮る。
今日だけで何回もしてきたから慣れてきた。
「えっと……この特別なポーズで……」
しゃがみ込んでお客さんの手を取る。
そしてそこに口を近づける。
もちろん、キスのフリ。
実際に手の甲にキスしたりはしない。
それでもお客さんは顔を真っ赤にして、喜んでくれた。
この忠誠のポーズや壁ドンをする護衛のポーズ(どちらも女性限定)は特別料金がかかる。
それでも撮りたいと言ってくれたのは嬉しい。
執事としての所作。
執事としての心構え。
それを教えてくれる偉大な先輩が私には居る。
ゆえに私はこの仕事で失敗する道理はない!
内心フハハハと高笑いしながら、私は仕事を熟す。
1日目は大成功。
フランにはまだ遠いけど、いい執事になれてる気がする。




