お嬢って呼んでほしい
『俺の事情については今度紙芝居で教えるな!』
バーベキューを終えて皆が帰った後、そんなメールが送られてきた。
なんで紙芝居?
そんな突っ込みを期待されてる気がしたけど、そこは無視することにした。
鈴の絵、可愛くて好きだし。
だから今の一番の問題は……。
「小鳥がお嬢って全然呼んでくれない……。」
せっかく決めた新しいあだ名。
なのに小鳥が全然それを使ってくれないことだ。
どうすれば呼んで貰えるだろうか。
困った私は皆に相談してみることにした。
「それは由々しき事態ですね。」
「うん、たいへんだね。」
相談を受けためぐるちゃんとみゆちゃん。
2人は真剣な顔で私の悩みを聞いてくれた。
「という訳でアイデアを募集中。
いいアイデアを出してくれた人には豪華景品!
明日一日王様に任命します!」
2人は拍手で答えてくれた。
そして1人はため息で答えた。
「あたしの目の前でやるな、バカ。」
小鳥がすごく冷めた目を私に向けた。
私はそれをスルーして司会を続ける。
「ではフリップは行き渡りましたでしょうか?
今日の審査員はこちら!
完璧執事のフランです!」
「はい!皆様の素敵な回答を楽しみにしてます!」
フランが元気よく手を挙げて答えた。
それを見て小鳥の表情も和らいだ。
小鳥はフランに超絶甘いのだ。
「この企画ではお嬢って呼ばねえからな。」
だけど小鳥はそう毒づいた。
フランが居てもそこは変わらないらしい。
「じゃあわたしがよばせてあげる。」
そう言ってみゆちゃんがフリップにスラスラと何かを書いた。
そしてすぐにそれを私たちに見せた。
『めがねをかける』
「さすがみゆちゃんだね。」
めぐるちゃんがみゆちゃんの頭を撫でる。
みゆちゃんも会心の答えだったらしく、誇らしげに胸を張った。
「ことりおねえさん、めがねすきだから。」
頭を撫でられて気持ち良さそうにめぐるちゃんに身を寄せる。
2人もいつの間にかすごく仲良し。
可愛い2人の距離が近いのはとてもとても嬉しい。
(さぁ小鳥の反応は……)
小鳥を向いた瞬間、ぷいっと目を逸らされた。
よし、いい反応だ。
「ではさっそく試してみましょうか。」
フランはそう言ってメガネを取り出した。
「うん、ありがとね。」
メガネをかけると、小鳥は目を瞑った。
「では次は私ですね!」
めぐるちゃんもフリップにペンを走らせた。
小鳥のルームメイトとして、めぐるちゃんは小鳥のことをよく知っている。
自信ありげな表情も今はとても頼もしい。
『素直にお願いする!』
「めぐるちゃんもさすが」
今度はみゆちゃんがめぐるちゃんを撫でた。
実際、すごくいいアイデアだ。
さすがめぐるちゃん。
小鳥のことをよく知っている。
「どう?……って小鳥?」
小鳥を見たら不思議なことになっていた。
自分で目を塞いで、フランに耳を塞いでもらってる。
「フラン?これは?」
「小鳥お姉様に頼まれました!」
可愛い。
でもそれはそれとしてまずいな。
これじゃメガネもお願いも意味がない。
「フラン、耳塞ぐのやめてくれる?」
「お嬢様の頼みでも今日はお断りします。
がんばってください!」
今のフランは小鳥の味方らしい。
その手を離すつもりはなさそうだ。
しょうがない。
小鳥に変なお願いをされる機会なんて稀だ。
私だってそんなお願いされたら乗ってしまう。
「どうすればいいと思う?」
私が聞くと2人はまたフリップにペンを走らせた。
『くすぐる』
こっちがみゆちゃん案。
『抱きつく』
こっちがめぐるちゃん案。
「ふむ……」
どっちもいい案だ。
とても迷う。
よし、あいだを取ろう。
「……っ!」
小鳥の後ろから抱きつく。
小鳥は驚いて肩を少し震わせた。
ちょっとこのまま待機。
少し顔が赤くなってきた。
(……今!)
隙を見計らって脇腹をくすぐる。
すると小鳥は目を塞いでいた手を離した。
「バカ!お前!まじで!」
小鳥が怒った声でいう。
顔がとても赤い。
照れているのか怒ってるのか。
前者ということにしよう。
「だって目と耳塞ぐから。
悪戯してって言ってるようなものじゃん。」
私がそう言うと小鳥は無言で私にデコピンした。
痛い。
「ひどい。お嬢って呼んで欲しいだけなのに。」
「変な企画に2人を巻き込むな、バカ。」
完全に小鳥の中で私の呼び名がバカに戻ってしまった。
巻き込まれた2人も楽しそうだからいいじゃん。
そう思って2人を見ると、フリップにまた新しい言葉を書いていた。
『いまがチャンス』
『頑張って!王子様!』
そうだ。
今小鳥はちゃんと私の言葉を聞いてる。
それにメガネもばっちり。
負ける道理はない。
「ねぇ小鳥。」
まっすぐに小鳥を見つめる。
すると小鳥は小さく唸った。
「お嬢って呼んでほしい。」
「……」
小鳥が目を逸らそうとした。
私はその顔に手を当て、こっちを向かせた。
「ねえ、お願い。」
「……お前、まじで
「お願い。」
有無を言わせないゴリ押し。
小鳥はもう一度小さく唸って。
「分かったよ……お嬢……。」
そう観念して私のことをお嬢と呼んでくれた。
視界の端でめぐるちゃんとみゆちゃんがハイタッチしている。
せっかくだから私もフランとハイタッチ。
計画は大成功。
すっごく幸せな気分だ。
ため息をつく小鳥。
普段から呼んで貰えるようになるのはまだ先だろう。
でも今日はこれで満足。
「じゃあフラン、最後に審査お願いしていい?」
「かしこまりました!」
フランもフリップボードに何かを書く。
小鳥にお嬢って呼んでもらいたい会議。
みゆちゃんとめぐるちゃんの点数は……。
「もちろん2人とも百点です!」
「やった」
「ありがとうございます!」
またみゆちゃんとめぐるちゃんでハイタッチ。
2人とも揃って嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「じゃあ明日は2人が王様ね。」
「なんでも仰ってくださいね!」
という訳で明日は2人の言うことを聞く日だ。
どんな一日になるかな。
すっごく楽しみ。




