私の生きがい
「お嬢様の馬鹿!お馬鹿!
なんでそんなこと言うんですか!」
フランが大きな声で怒る。
私は涙目でそれを聞いていた。
「だって……」
「言い訳は聞かないです!
もう二度とそんなこと言わないでください!」
フランは取り憑く島もない。
私が言い訳をしようとする度に大きな声で遮った。
鈴が居るからもう寂しくない。
だから私たちの思い出をこれ以上作ると余計に別れが寂しくなるんじゃないかな。
私はついそんなことを口走ってしまった。
それがフランを泣かせることになってしまった。
「頭冷やして来ます!」
フランはひとしきり怒ったあと、そう言い残して家から出ていった。
私は1人、部屋で丸まることしかできなかった。
「おいバカ!お前何したんだよ!」
フランが部屋から飛び出て5分後。
玄関から今度は小鳥が飛び込んできた。
私は布団を被ってその中に閉じこもった。
「そっとしておいて……」
「するわけねぇだろ!バカ!」
小鳥はいとも容易く布団を剥ぎ取った。
そして丸まる私を無理やり立たせると、そのまま椅子に座らせた。
「んで?なんで喧嘩したんだよ。」
「言いたくない……。」
小鳥が一つ大きなため息をついた。
「フランも同じこと言ってたぞ。」
呆れ声で小鳥はそう言った。
「?フランは今小鳥の部屋に居るの?」
「あぁ。今はあたしの布団の中で丸まってる。
ちょうどさっきのお前みたいにな。」
やっぱりフランのこと、すごく傷つけちゃったんだ。
改めてそれを思ってまた涙が溢れてきた。
「あぁもう!泣くなって!」
小鳥がタオルで私の顔を拭く。
不用意な発言でフランを傷つけて、さらに小鳥に気を遣わせてしまった。
私、ダメダメすぎる……。
気持ちがどんどん落ち込んでいく。
「ちゃんと話すまでここを離れないからな。」
「うぅ……。」
小鳥が私の正面に腰を下ろした。
私は喋ることも逃げることもできずに俯く。
先に気まずい沈黙に耐えられなくなったのは私だった。
「私、ほんとに最低なこと言ったから……。
慰めないでね。」
「それは場合によるな。まあでも聞かせてくれよ。」
改めて一度息を吸う。
そうしないとまた涙が溢れてしまいそうだ。
「もう思い出作らない方がいいんじゃないって。
そんなことを言っちゃったの。」
小鳥は何も喋らない。
だから私は続けて喋る。
「私は60年くらいしか一緒に居られないし……。
仲良くなるほどフランは後で寂しくなるなって。
ならこれ以上仲良くならない方がいいかもって。
そんな風に思っちゃって。」
改めて口にすると、自分の最悪さが浮き彫りになる。
フランがそんなこと言われて頷くわけないのに。
「フランがそんなこと認める訳ない。
それは自分で気づいてるよな?」
小鳥が私の目を見て話す。
私はそれに頷いた。
「……まぁお前がそう言った気持ちは分かるよ。」
小鳥が私の頭に手を伸ばす。
ゆっくりとその手が私の頭を撫でた。
「鈴、羨ましいもんな。」
「……うん。」
私は多分、鈴に嫉妬してあんなことを言っちゃったんだと思う。
ずっと一緒に居られる鈴の方がフランには相応しい。
そんな風に思っちゃったんだ。
「んでお前はどうしたい?
フランがどう思うかじゃなくてさ。」
私はもちろんフランともっと遊びたい。
たくさん楽しい思い出を作りたい。
咄嗟にそう思った。
そこでようやく気付いた。
私の本当の生きがい。
「よし。ありがとね、小鳥。」
椅子から立ち上がり、小鳥に背を向ける。
小鳥は何も言わずにそんな私を見送ってくれた。
小鳥の部屋に着くと、フランは布団の中で丸まっていた。
まるで小さな子どものように。
って言うとさっきまでの自分に刺さるからその表現は辞めておく。
とにかくすごく傷ついているのは一目で分かった。
「ごめんね、フラン。」
布団の横に座ると、布団はモゾモゾと動き出した。
「もうあんなこと言わないですか……?」
布団から顔だけ出してフランが私に尋ねる。
涙で腫れた目。
私が頷くと、フランは布団から飛び出して私の身体に抱きついた。
「うん、もう言わないよ。」
フランの髪を撫でつける。
いつもさらさらの綺麗な黒髪。
撫でると私の心も一層落ち着いた。
「私ね。フランに楽しい思い出を作ることが生きがいだと思ってたんだ。」
フランは大人しく私の話を聞いてくれている。
私はフランの優しさに甘えて、続きを話す。
「でも本当は違ったんだ。
ただフランと楽しく過ごしたい。
本当はただそれだけだったんだよ。」
「だからちょっとだけ自分勝手になってもいい?」
「フランの60年を私にちょうだい。
一緒に楽しく幸せに暮らそう?」
フランの為にじゃなくて、自分の為に。
私はもうフランから身を引いたりしない。
「勿論です。お嬢様。」
フランが力強く私を抱き締める。
もう喧嘩は終わり。
そしてもう二度と喧嘩はしない。
だって時間がもったいない。
私たちの時間はたったの60年しか残されていないのだから。




