不安はチクチクと
「お嬢様。」
夕食も終わって小鳥も一度帰ったあと。
2人っきりの時間。
フランが私に身を寄せる。
「えへへ。今日は何して遊びましょうか?」
いつもと変わらないあどけない笑顔。
可愛いな。
いつもなら真っ先にそう思うのに。
今日はなぜだか寂しさを感じた。
「ふふ、何しよっか。いつも迷っちゃうな。」
でもこの寂しさは私の問題。
フランに楽しい夜を過ごしてもらうには関係ない。
だから隠す。
そういうのはお手の物。
それにフランのことは大好きなままだから。
きっと腕輪にだってバレはしない。
「リクエストしてもいいですか?
私、お嬢様が頑張ってるところ見たいです!」
キラキラとした目が私の顔を覗く。
「う。じゃ、じゃあ頑張るね…!」
フランが所望したのは難しいゲーム。
それのプレイを応援したいとのことだ。
Switchの電源をつけテレビに繋ぐ。
フランは私から少し離れて居住まいを正した。
スーパードンキーコング。
Switchでできる昔の名作ソフト。
超高難度。
悪いワニに奪われたバナナをドンキーコングが取り戻しに行くお話なんだけど……。
敵も罠も仕掛けも厄介。
私にはとてもとてもクリアできる気がしない。
そんなゲーム。
だけどフランは私が頑張るところを応援したいらしい。
ひとつのステージをクリアしたら一緒に大喜びし、失敗したら一緒に悲しむ。
そうやって一緒に楽しんできた。
ソフトを起動してタイトルコール。
ステージを選んでゲームを再開。
前に1時間やってもクリアできなかった極悪ステージ。
トロッコに乗って敵や障害物を避けて進む。
そんなステージ。
「お嬢様。頑張ってくださいね!」
「うん、今日こそはクリアしてみせるね。
できたらたくさん褒めてね。」
「もちろんです!」
そわそわとするフランを横目にトロッコに乗り込む。
ゲームは横スクロール。
乗り込むと勝手に動きだすトロッコ。
Aボタンでジャンプ。
途切れたレールをタイミングよく乗り越えると、フランは拍手をしてくれた。
この前1時間頑張ったステージ。
そう簡単に失敗はしない。
「あ」
それでも一度目の挑戦はステージの半分まで辿りつけずに敢え無く落下した。
「お嬢様!前より上手でした!
この調子なら大丈夫です!」
それでもフランは褒めてくれた。
失敗したら一緒に落胆し、それでも次があると励ましてくれる。
だから失敗もこわくない。
「再チャレンジだね。
ちょっと深呼吸させて。」
私が深呼吸をすると、フランも横で大きく息を吸って吐いた。
「ふふっ。フランはしなくてもいいでしょ?」
「見てるのもハラハラですから。
えへへ。それに一緒の方が安心ですよ?」
無邪気な微笑み。
なぜかまた少しチクリと胸が痛んだ。
一緒の方が安心。
「うん、確かにね。ありがと。」
私はそれだけ言ってまたコントローラーを握り込んだ。
トロッコはちょっとずつ進んでいく。
さっき失敗したところ。
そこを乗り越えて次の場所。
また失敗してちょっと休憩。
5回目の挑戦。
どうにかステージの半分を超えた。
「お嬢様!すごいです!前よりも上手です!」
フランが私を抱きしめる。
私もそれを抱き締め返す。
温かい。
人間よりも温かな宇宙人の温度。
「ありがと。回復した。」
腕の力を緩めるとするりとフランは抜け出した。
また背筋をピンと伸ばして正座。
「次でクリアできちゃうかもですね!」
そう言ってフランは手でお口にチャックをした。
挑戦中は静かに。
私の集中を乱さないための配慮だ。
フランと抱き締めあったドキドキも。
胸に感じる僅かな不安も。
一度全部忘れる。
フランにかっこいいところを見せたいから。
フランに楽しんで欲しいから。
「行くよ!」
ゲーム再開。
今度はステージの半分地点からスタート。
ここからは更に難易度があがるかも?
そう思っている間に私のドンキーは落下して死んでしまった。
「むずい……」
「大丈夫です!ふれっふれっです!」
フランの応援。
やる気は100上昇。
だけどやる気はゲームの上手さには影響しない。
そのあとも何度も何度も失敗した。
やる気がから回る。
良いところを見せたい。
そんな気持ちは空回り続ける。
「一旦休憩しましょう?また抱き締めてあげます!」
いつもなら飛びこむ甘い誘惑。
でもそんな気持ちにはなれなくて首を横に振った。
フランが首を傾げる。
私はもうちょっと頑張りたいからと誤魔化した。
失敗。また失敗。
フランは変わらず元気に応援してくれている。
また挑戦。
頭に浮かぶのはゲームの得意な友人の顔。
鈴なら……。
ぱちんっ
小さな拍手の音。
私は驚いて咄嗟にジャンプのボタンを押した。
続いてすぐに。
「お嬢様!すごい!すごいです!」
フランが私に飛びついてきた。
全力のじゃれつき。
私はされるがままに床に押し倒される。
何が起きたの?
「クリア!クリアしました!」
横目にテレビ画面を見る。
そこには次のステージに移動するドンキーたちが見えた。
「すっごくかっこよかったです。
さすがお嬢様ですね!
お嬢様、記念に写真撮りましょう?」
お嬢様。
記念。
チクリチクリと何かが胸に刺さる。
「明日、鈴お姉様にも自慢しましょうね。」
鈴お姉様。
その言葉はなぜだかゆっくりと聞こえ……。
私の口は勝手に開いていた。
「ねぇフラン……。」
「?なんでしょうか?」
「記念なんていらなくない……?
きっとあとで寂しくなるだけだよ。」
それからも私の口は回り続ける。
きっと誰も幸せにしない。
そんな言葉を吐くために。




