特別編③ いつかの冬休み明け
小鳥との過去編についてもナンバリングを振ることにしました。
特別編は現実の季節に合わせて不定期で投稿予定です…。
良ければ楽しんでいただけると嬉しいです。
バスケ部の斎藤くんが大嫌いだ。
落ちぶれた私に毎日のように話しかけてくる。
善意で話しかけてくるなら鬱陶しいけど嫌いにはならない。
だけどそれが善意じゃないことを知ってしまった。
演劇部のスターとヤれるかもしれない。
彼とその仲間たちの立ち話。
偶々聞いたそれのせいもあり、話しかけられると虫唾が走る。
他にも話しかけてくる人は多くて。
私はそれもあって学校に行くのが嫌だった。
だけど……。
(?今日は静かだ……。)
誰も話しかけてこない。
バスケ部の斎藤くんも。
弓道部の樋口くんも。
いつもは私を見るとわざわざ絡みに来る人たち。
今日は私を遠巻きに見てるだけ。
(よく分からないけど……楽でいいや。)
ヒソヒソ声が聞こえる。
内容までは分からない。
まあでもきっと私の悪口か変な噂話だろう。
それでも別にいい。
私の世界に入らないでくれるならそれでいい。
そう自分に言い聞かせる。
そんなことをしてるうちに生徒指導室。
まだ小鳥は来てない。
今日はサボりなのかな。
小さなため息。
1人はちょっと嫌だな。
だけどため息もすぐに引っ込んだ。
ガラガラ、と扉が開く。
そこには仏頂面の小鳥が居た。
「おはよ。」
「よっ」
無造作に置かれる鞄。
さっきまで静かだった教室に色んな音が響く。
歩く音。
自習用の教材を見て舌打ちする音。
椅子を引く音。
なんとなく安心する。
私も席についておこう。
時刻は8時55分。
生徒指導の先生がそろそろ来る時間。
生徒指導の先生の話は割愛。
もっと頑張れと言われてもそんな気力はない。
先生が出ていって2人残された。
2人静かに自習を始める。
その30分後。
「だるいー。逃げないー?」
「今日はやめとこうぜ。」
小鳥に断られてしまった。
悲しい。
「よく見ろ。」
小さな声で小鳥が廊下側足元の窓を指さす。
そこには生徒指導の先生の靴の先っぽが見えた。
「うわ、まじか」
待ち構えられてる。
もし逃げたらすぐ捕まって怒られる。
これは確かに逃げられない。
大人しく教材に向き合う。
科目は英語。
得意科目だから小テストもこわくはない。
でも得意科目ゆえにあんまり頭使わないから眠くなる。
ふと横を見ると、小鳥は苦戦していた。
進みがあんまり良くない。
「英語、苦手?」
「まああんまり得意ではないな。」
「見せて。」
単語はある程度ちゃんと理解してそう。
英文の上に分かった単語の意味はメモ書きしていた。
じゃああとは読み取り方。
「英語は文型意識した方がいいよ。
それが全部の基本だから。」
「へぇ」
小鳥にちょっとずつ解説していく。
いつも助けてもらってばかりだから嬉しい。
ようやく少し役に立ててる。
自習の時間はゆっくりと過ぎていく。
それに合わせて小鳥の課題も埋まっていく。
チャイムが何度か鳴って昼休みの時間。
辺りが少しざわつきだした。
(……あ)
スティックパン買い忘れた。
食べるものないや。
でも購買行くのはな…。
「あ、飯忘れた。購買行ってくるわ。」
「え。じゃあ私も行く。」
すっごくラッキー。
小鳥と居たらあんまり絡まれないし……。
一緒だとあんまり悪いことを考えないで済む。
並んで購買に向かって歩く。
でもやっぱり今日はちょっとおかしい。
絡まれることはないけど、いつもより見られてる。
でも理由が分からない。
絡まれないのは嬉しいけど……。
あんまりいい気はしないな……。
「私、やっぱり戻るね。」
踵を返す。
すぐに小鳥は私の手を掴んだ。
「なんでだよ。昼メシねぇんだろ?」
「……なんか見られてる気がして気持ち悪い。」
私がこそっと言うと、小鳥はひとつため息をついた。
そしてチラチラ見ている上級生?の男の人にツカツカと近寄った。
「何見てんだよ?」
小鳥が低い声でそう尋ねた。
上級生の人が狼狽える。
それはそうだ。
急な展開。
私だって狼狽えている。
「な、なんだよ。見てねえって
「あたしが聞いてんのはどうして見てたかだ。
ほら、早く話せよ。」
周囲がざわざわとし始めた。
私も小鳥も悪い意味でこの学校で目立ってる。
これ以上は不味い。
どうにかしないと……。
「……」
「そうかよ。教えてくれてありがとな。」
でも小鳥はすぐに戻ってきた。
そして私の頭を優しく撫でた。
「別に大した理由じゃなかったよ。
すぐに解ける誤解だし。
あとで教えてやるよ。今は飯買いに行こうぜ?」
小鳥が前を歩く。
私はそれについていく。
寄り道したせいか、購買のパンは売り切れが多かった。
売れ残りの野菜サラダサンド。
それを買って私たちは生徒指導室へと戻った。
もしゃもしゃとお昼ご飯。
小鳥はしきりに肉が食べたかったと呟いた。
完食したところで気になってた話。
「……結局なんだったの?」
みんなが私たちを遠巻きに見てた理由。
「あー。あれな。」
小鳥は勿体ないぶることもなく。
至って普通のテンションでその理由を告げた。
「クリスマスの日さ。
あたし達がラブホから出てきたって噂だよ。」
一瞬言葉を飲み込む。
「は?」
私の口から出たのはその1音だった。
だって根も葉もない。
確かにイブの日もクリスマスも一緒にいたけど。
そんなところ行くわけがない。
「まぁ落ち着けよ。どうせ尾びれついてるだけだし。
ほっときゃ落ち着くよ。」
「でも……」
あれ、でも。
反論しようとした言葉を飲み込んだ。
根拠のない噂。
だけどそんなに悪い噂?
理由も分からず見られてるのは気持ち悪かった。
だけど理由が分かった今、気持ち悪さは半減した。
ちょっと気持ち悪いのがデメリット。
じゃあメリットは?
「まあいい噂じゃねえしな。
嫌なら黙らしてこようか?」
「ちょっと待って。考え中。」
小鳥を制して考えを続行する。
そしてすぐに答えは出た。
「小鳥、お願いがあるんだけど……。」
それから私はひとつの提案をした。
きっと断られると思う。
そんな無茶な提案。
「はあ……仕方ねえな。
そんなに嫌なのかよ。」
「……うん。」
小鳥が扉を開く。
私もそれについていく。
時刻はまだお昼休み。
廊下には生徒たちがたくさんいる。
だからきっと今がチャンスだ。
小鳥に恋愛感情なんてない。
それはきっとこれからもずっと。
だからこれは私の我が儘。
もう虫唾が走るような嫌な思いをしたくない。
ただそれだけのため。
今、学校中はきっと私たちの噂で持ちきりだろう。
演劇部の王子様と不良少女。
それがいかがわしい関係だって言うんだから。
今だって私たちをみんなが遠巻きに見ている。
だからこそ……。
「小鳥、ごめん。
ちょっとしゃがんでこっち見て?」
「……はいはい。」
ごめんね。付き合わせちゃって。
少ししゃがんで近くなった小鳥の顔。
私はその唇に軽いキスをした。
そして辺りを見回す。
とびっきりの悪女。
それをイメージして。
「付き合ってるよ。悪い?」
そう宣言した。
学校で一番嫌なこと。
身体目当ての人と話すこと。
私にはそれしか価値がない。
そんな現実を突きつけられてる気がするから。
それにもう耐えられなかった。
だから小鳥を盾にした。
もしかしたら前より私は最低になったのかもしれない。
そんな薄暗い気持ちの中、私と小鳥の嘘の関係は始まった。




