夜のお散歩
「お嬢様、今日はちょっと夜更かししませんか?」
みんなが帰ったその後。
フランは私の手を握ってそう言った。
もちろん断るはずがない。
フランの誘いなら、私はだいたいなんでもオールおっけーだ。
「うん、もちろんいいよ」
私がそう言うとフランの顔がぱーっと明るくなった。
でも夜更かしか。
ゲームかな?それとも怖い映画?
なんにせよすごく楽しみだ。
「ではお嬢様!しゃがんで万歳してください!」
頭の中で夜更かしのことを考えていると、フランがそう言った。
言われた通りに万歳すると、着ていたTシャツを脱がされた。
「夜に備えてお昼寝です!
はい!パジャマをどうぞ!」
困惑する私をフランは一瞬で着替えさせた。
あっという間にメイクも落とされ、昼寝の準備が出来上がった。
カーテンを閉め切った真っ暗な部屋。
そこでフランは子守唄を歌う。
(?????)
フランが子守唄を歌う中、私の頭ははてなマークでいっぱいだった。
どういうこと?
それでもしっかり眠って夜の10時。
フランは唐突に私を起こした。
「お嬢様、よく眠れましたか?」
フランが私の身体を揺する。
「うん……おかげさまでね……」
まだちょっと眠い身体。
それでもフランが何かしたいらしいから起きる。
「万歳してください!」
言われるがままに万歳すると、またフランが着替えさせてくれた。
あっという間に外に出る準備が整った。
あれ?
「あれ?フラン?これから外に出るの?」
「はい!お散歩したいです!」
???
この時間から?
でも私の手を引くフランの楽しそうな姿を見たら、その困惑はどこかに消えてった。
天気は快晴。
星がよく見える夜だった。
いつものランニングコースをゆっくりと歩く。
会ってすぐの頃を思い出す。
「お嬢様と一緒になってもう4ヶ月ですね。」
「まだ4ヶ月なのにね。ずっと一緒に居た気分。」
フランと出会ってからまだ半年も経ってない。
でもずっと一緒に居たせいか、もっとずっと前から2人で過ごしていたような気分だ。
「地球にはもう慣れた?」
私が聞くと、フランは少し考え込んだ。
「むー。少し難しい質問です。
まだ分からないこともたくさんありますから。」
そうは言うけど、フランはとても上手に振る舞えてる。
宇宙人だってこと、よく忘れちゃうもん。
「地球人だってそんなものだよ。
私も地球のこと全然知らないけど大丈夫。」
胸を張ると、フランは小さく笑った。
「ふふっ。なんで自慢げなんですか。」
「だってフランと一緒だからね。
それはすごいことだよ。」
よく考えたら地球人がフランに合わせるべきなのだ。
フランの方がすごい訳だし。
「私、フランを目標に頑張るね。」
「お嬢様、話が飛躍してますよ。ふふっ。」
それでもフランが笑ってくれたから無問題。
クスクスと笑うフランを見ると、夜なのに明るい気分になれた。
「フラン、今日は月が……いやなんでもないや。」
昔ながらの台詞を言おうとして気づいた。
今日はほとんど新月だ。
ほっそい月しか見えない。
「私に隠し事ですか?」
フランが楽しそうに私の手を引っ張る。
暗くて顔は見えない。
でもその声の調子からニマニマとしてるのは確かだ。
こやつ。私が言おうとしたことをわかってるな。
「ほらほら、お嬢様。
何を言おうとしたんですか?」
弾んだ声で私の答えを急かす。
「こほん。」
私は1つ咳払いした。
「愛してるよ、フラン。」
「ひゃ」
フランは小さくそう言って少し黙り込んだ。
そしてすぐにいつものフランに戻った。
「真面目なお嬢様もすごく素敵です……!」
「もっと言って欲しい?」
「もちろんです!もっと言ってください!」
もっともっと、とフランが私を急かす。
もちろん私はその要求に答えた。
「フラン、世界一大好き。
愛してるよ。」
「私もお嬢様のこと愛してます!」
「両想いだね。」
「はい!両想いです!」
顔が熱くなってくるのは感じる。
めちゃくちゃ照れる。
でもどうせ夜だしね!
誰も見てないし、私たちはお互いに大好きを伝え続ける。
でもそんな時間も急に終わりを告げた。
ぐぅー……
私のお腹が鳴った。
しかもけっこう大きく。
「……お恥ずかしい。」
「お昼寝させちゃったのは私ですから!
しょうがないです!」
フランがゴソゴソとサンドイッチを取り出した。
もしかしてそれは……!
「はい!私が焼いたものです!」
フランがドヤっとした笑みを浮かべた。
まさかスティックパン以外にもパンを焼いていたなんて。
なんて完璧な執事なんだろう。
「おいひい」
「ふふっ。飲み込んでから喋ってください。」
川沿いのベンチ。
初めての散歩の時もここでおむすびを食べたっけ。
ぼんやりと考えごとをしながらサンドイッチを食べる。
それはすごく美味しくて、あっという間に私の手から消えてなくなった。
少しの沈黙。
「夜のお散歩も楽しかったね。」
上を見上げると星が輝いている。
たまにはこういう時間も悪くない。
そんな風に思っていると、フランの手が私の頬に触れた。
「お嬢様。こっちを向いてください。」
フランの手に少しだけ力が籠もる。
されるがままに、私はフランの方を向いた。
暗くても表情が分かるくらいの近い距離。
「ふ、ふらん?どうしたの?」
「お嬢様。目を瞑ってください。」
「え……う、うん……。」
いつになく真剣な声。
思わず私は目を瞑った。
「もう大丈夫です!」
そして1秒もせずにフランはそう言った。
え?なにが?
「目の下にトマトがついてました。
もう取ったので大丈夫です!」
フランは誇らしげにそう言った。
いや、フランは悪くない。
フランは悪くないけど……。
「フラン。目、瞑って。」
「?はい!」
目を瞑るフランの頬にそっと唇で触れた。
フランの顔が赤くなったのが見えた。
それくらいの近い距離。
「お、おじょうさまっ!
「よし」
うん、これで大丈夫。
さてと。
「期待させてくれたお返し!
フランが悪いんだからね!」
恥ずかしいから逃げよう。
暗いけど朝のランニングで走り慣れた道。
そう簡単には転ばない!
「ぎやっ!」
なんてことはなく速攻で転んでしまった。
「お嬢様!」
後ろからフランの声が聞こえた。
恥ずかしくて立ち上がれない。
そんな私をフランが助け起こした。
「びっくりしました。」
フランはそうとだけ言った。
暗いところで走ってはいけません。
そんなお説教をされながらの帰り道。
それでも私たちは晴れやかな笑顔で、アパートへと戻ったのであった。




