すき焼きとだらだらした夜
「出来上がりましたよ!」
家の中にフランの楽しそうな声が響いた。
とてとてとフランが鍋を持ってやってくる。
もう家の中にいい匂いが漂っていた。
「なんだこれ……すごいな……!」
小鳥から感嘆の声が漏れた。
高いお肉を使ったすき焼き。
それにフランの調理スキルが加わって高級店もかくやという印象だ。
驚くのも無理がない。
「お代わりもありますからね!
遠慮せずに食べてください!」
その言葉に私たちは両手を合わせる。
目の前にあるすごく美味しそうなすき焼き。
もう我慢なんてできなかった。
「これが本物のすき焼きかー。
初めて食べた気がする。」
ご満悦の表情で小鳥がお肉を噛み締める。
「小鳥は偽物のすき焼きしか食べたことなかったの?」
偽物のすき焼きってなんだろう?
よく分からないや。
「うちのは安い牛肉を割下で一気に炊いたやつだったからな。美味しいけど、今思えばちょっと違ったのかもな。」
「その理論だと私の家のも偽物になるよ。
ひどい言い草だ。」
ぶーぶーと文句をつけると、小鳥はお茶を飲んで誤魔化した。
「でも一番の違いはフランちゃんだな。」
「えへん。」
割烹着姿のフランがドヤ顔をした。
今日は和食だから割烹着姿だ。
「フランが作ると、なんでも美味しいからね。」
「外食の必要なくなったもんな。」
「家で食べるのが一番美味しいもん。」
フランがもっと褒めてという目で見てくる。
フランを褒めるのは私と小鳥の共通の趣味だ。
そんな目で見なくても言葉は自然と出てくる。
「やっぱり仕事が丁寧だよな。」
「ネギやお豆腐の焼き目まで綺麗。」
「うん、もはや芸術だな。」
「えへへへへ」
フランの笑顔を見てると、尚更ごはんが美味しい。
それだけでも白米が進むくらい眩しく輝いてる。
「お代わりもあるので、たくさん食べてくださいね!」
フランがニコニコしたまま、空っぽになったお皿にお肉を盛り付ける。
それもちょっとすると、すぐに胃袋の中に収まった。
満腹。
すごく幸せ……。
「めぐるとみゆが居ないのはちょっと寂しいけどな。」
今さらだけど、めぐるちゃんとみゆちゃんにはすき焼きを断られてしまった。
めぐるちゃんはお肉が嫌いだから。
みゆちゃんは大家さんと食べたい気分。
まあしょうがない。
「……ってあれ?」
小鳥の言葉にちょっと違和感。
「お嬢様?どうしましたか?」
フランが小首を傾げた。
「今みゆちゃんのことみゆって言った?」
いつの間にか小鳥とみゆちゃんの距離が近づいてる。
「うん、みゆとも仲良くなってきたしな。
お前も名前で呼んで欲しいか?」
それには首を振って答えるしかない。
「名前で呼んだら泣くよ。」
それだけは絶対に嫌。
いくら小鳥でも許せない。
「小鳥お姉様!私のことも呼び捨てにしてください!」
フランが身を乗り出した。
キラキラとした眼差しを小鳥に向ける。
「ごめんごめん。
慣れきっててすっかり忘れてた。
フラン、今日もかわいいよ。」
その言葉にフランは小鳥に飛びついて答えた。
「小鳥お姉様!大好きです!
もう1回フランって呼んでください!」
「うんうん、フラン。今日もかわいいな。」
「小鳥お姉様は今日もかっこいいです!」
うむうむ。
すごく微笑ましい光景だ。
これはこれでご飯が進む。
もうごちそうさましたけど、お代わりしたくなる。
「ご飯食べてきました!」
めぐるちゃんが元気な声で部屋に飛び込んできた。
ナイスタイミングだ。
「めぐるちゃん、こっちにおいで。」
めぐるちゃんを手招きすると、恐る恐る私の膝に乗っかった。
「これで完璧。」
暖かくて気持ちいい。
冷房の聞いた部屋で可愛い後輩を抱きしめる。
素晴らしい多幸感
しばらくめぐるちゃんは顔を赤くして黙っていたが、5分ほどして口を開いた。
「そういえば、割烹着姿もかわいいね。」
その言葉にフランは立ち上がってくるりと一回転して見せた。
「はい、メイドのサンサンさんから頂きました!
今日は和食なので、和の執事です!」
元々日本人形みたいに整った顔のフランだ。
割烹着姿もとても似合う。
「私も次の衣装作らなきゃだね……!」
めぐるちゃんが私の腕の中で気合いを入れる。
「でもめぐるちゃんもメイド服とか着ないの?
絶対似合うと思うよ。」
私の言葉には首を横に振った。
「私は可愛いお洋服着てる人を見るのが好きなんです。自分で着るのはちょっと……。」
その言葉に小鳥とフランも助け舟を出してくれた。
「あたしもめぐるの可愛い格好見てみたいな。」
「私も見てみたいです!」
2人のキラキラとした眼差し。
「で、でも私より皆の方が似合うし……」
「そんなことないよ。めぐるちゃん可愛いもん。」
「うん、自信持てって。めっちゃ可愛いぞ。」
「めぐるお姉様、絶対すごく似合います!」
3人でワイワイとめぐるちゃんを褒める。
顔が赤くなっても褒めたし、逃げようとしたら強く抱き締めて逃がさなかった。
「じゃ、じゃあ1回だけなら……。」
赤くなった顔を手で隠しながらめぐるちゃんはそう言った。
これでまた楽しみが1つ増えた。
3人でハイタッチ。
「で、でも条件があります!
こ、小鳥ちゃんも一緒に……。」
「いや、ちょっと
「はい!分かりました!」
「うん、それくらいお安い御用だよ。」
小鳥が否定する前に2人で肯定。
出鼻を挫かれた小鳥はそれ以上は何も言わなかった。
小鳥とめぐるちゃんのメイド服。
また夏休みの楽しみが1つ増えてしまった。




