②
どうやら私と同じ理由――と、言っていいかはわからないけれど。
ソウ君とミナちゃんも先生のお墓参りに来たらしい。
「正直、ここに来るつもりはなかったんだよ。
ただまあ……なんというか、あれからいろいろあってさ。
区切りというか、気持ちの整理をつける為っていうか、報告がてら、な。
ああ、と――それと、何だ」
久しぶりだな、とバツが悪そうに、ソウ君は私に向けて告げる。
その調子からは、あの時見せた様な様な怒りも、冷ややかさも感じない。
ただ、純粋に予期せぬ再開に、戸惑っている様にも見える。
「うん……久しぶり、ソウ君。
それと……隣の娘は、ミナちゃん、だよね?」
「……ああ」
私の言葉に、ソウ君は頷いて。
隣のミナちゃんは続く形で、どうも、と短く返し、ぎゅ、とそんな彼の腕へ、寄り添う様に、縋りつくように抱きしめている。
それに対し、ソウ君も満更ではなさそうな様子を見れば、二人が今どんな関係なのかは私でもわかった。
……ああ、そうか。そうなんだ。
つまりは。
ミナちゃんは、小さい頃からの初恋を諦めずに叶えたのだ。
「――も、―――か?」
「……―――、だいたい、――――!
――――、―さん―って、――――?」
「あはは……仲が……いいんだね」
それに気づく事が出来た後、言葉を交わしていても、その意味が頭に上手く頭に入ってこない。
二人の姿は、今の私にはあまりに眩しすぎた。
ごく自然な……それでいて、昔とは明確に違う、男女の――恋人としての距離感。
お互いがお互いを、心から想い合っている、気負う事のない二人のやり取りから、伝わってくることがある。
……二人共、今、幸せ……なんだ。
私の事なんて、もう、どうでもよくなってしまうくらいに。
私には、それを喜ぶ資格も……惜しむ資格もないけれど。
きっと……いいことなんだと、思う。
ソウ君と、ミナちゃんの幸せが、私が仕出かした事なんかに、阻まれていいはずがないのだから。
「ごめん、私……もう、行くね」
だから、無理やりにでも話題を切り上げて急ぎこの場から去ろうとした。
二人の仲睦まじい様子に耐えられなかった、という事も、あるのかもしれない。
私がここにいるだけで、二人の邪魔になる。
それだけは駄目だ。駄目なんだ。
今の私にできる事なんてもう……本当にこれくらいしかない。
そう自分に言い聞かせ――急ぎ、踵を返しかけた私に。
「あー……和香!」
「…………ソウ、君?」
大声で呼び止められて、足が止まる。
「いや……別に何って訳じゃないが……身体にだけは気をつけて。
それと――」
一瞬だけ――言葉を止めて、ガリガリと頭を掻きむしり、それでも。
元気でな、と、苦笑しつつ、言葉を続けてくれた。
ソウ君からの声の調子に、気負うようなものはない。
この言葉は、私が、滅茶苦茶にしてしまった過去を乗り越えた証。
ソウ君は……見違えるくらいに、本当に大人になっていた。
――ああ。
拒絶の言葉ではなく、元気で、と言ってくれたからこそ。
ソウ君の人生に、もう私が割って入る隙間なんて、ないと。
心の何処かで諦めきれていなかった……私の身勝手な夢が、完全に終わっていた事を、最後の最後で、改めて思い知る。
「あの……和香さ――のど姉!」
ミナちゃんも、続く形で私を呼び止める。
昔の私の綽名で、目を逸らすことなく、ただ真っすぐに。
「えっとその……のど姉も、お元気で!
おじさんとおばさんにも、よろしくです!」
「……ミナちゃん」
彼女も……本当に――大きくなった。
私では届かないくらいに、心も、身体も。
駄目だ。
……視界が、涙で滲む。
声が震えてしまう。
それでも何とか、その優しさに甘えないように。
精一杯取り繕って、絞り出すように。
「うん、二人も……ソウ君もミナちゃんも……元気でね」
ただそれだけを、声に出した。
……今度こそ、私はその場を去る事為に、足を動かす。
今度は声がかかる事も……振り返る事も、なかった。
(本当にありがとう……そして、ごめんなさい)
最後の言葉は、口に出して伝える事は出来なかった。
それでも、ひょっとしたら……今日のように、二人と、また顔を合わせる偶然もあるのかもしれない。
その時は、その時こそは……きちんと、私の口から気持ちを伝えられるようになろう。
こんな馬鹿な女の私でも……
犯した罪からも、他の誰でもない、私自身の人生からも。
もう逃げないと。そう思う事が出来たのだから。