♯.6 無職を責められ戦いを決意する事
「……雷蔵、働かずに食う飯は美味いか?」
叢雲OBが暗躍した結果、職を失い再就職の為の活動を初めてもう半年……失業手当が出なく成ってから3ヶ月が経過した。
その間も俺だって遊んで過ごして居た訳じゃぁ無い、電車一本で行く事の出来る都内は勿論の事、飛行機に乗って関西方面や遠くは北海道の企業にもアポイントを取って面接に行ったりと再就職の為に出来る努力はして来たのだ。
「お前ももう良い大人なんだ、いい加減剣道一本で食っていくなんて夢見たいな事を言うのは諦めて、普通の仕事を探すべきなんじゃぁ無いか? 忠国警備保障だって1年も経たない内にクビに成ったんじゃぁどうしようも無いだろう」
体育会系故に大食らいの俺に対し、一般男性程度の量しか食わない親父は一足先に飯を食い終え食後の茶を啜りながら、未だ職の決まらぬ事に苦言を呈して来る。
「仕事なんか選ばなけりゃ幾らでも有るだろう。俺が就職活動してた氷河期なんて言われた頃なら未だしも、今は何処も人手が足りない時代だ。幾らお前自身が馬鹿でも書類上はそこそこの大学出てるんだからいい加減働きなさい」
……確かに今の所、俺が売り込みを掛けているのは、小学校からずっと続けてきた『剣道』で飯を食える様に剣道の実業団チームを持つ企業だけなので、仕事を選んでいると言われたらその通りだろう。
だが俺の仕事が決まらない最大の理由は、叢雲グループに睨まれた人物だと言う情報が、色んな所に出回っているからである。
実際に何度か面接担当者や大学時代の先輩から色良い反応を示されていたにも拘わらず、後から『お祈りメール』や『お祈り封書』が届いたりもして居た。
面接の結果に対して理由を問うのは余り良い行為とは言えないが、そう言う事が続けば当然一度や二度は問い合わせてみたく成るのが人情だ。
その為比較的角が立ち辛い相手である大学の先輩に連絡を取って見れば……
『お前……シャレに成らない相手に目を付けられてるだろ? 大会に向けて戦力は欲しいが、ソレで本業にダメージが来るんじゃぁ本末転倒だ。申し訳無いが他所を当たってくれ』
なんて台詞が返ってくれば、直接叢雲から圧力が掛けられているとまでは断言出来ずとも、ソレに近い噂話が剣道界隈に流れている可能性は捨てきれない。
つまり忠國警備を辞めた後は手を出さない……と言う社長の言葉は、嘘とまでは言えずとも完全に影響が無いと言う訳では無いと言う事だろう。
そしてそうした圧力云々を、そこそこの商社の本社に勤務し経理部長を勤める親父が知らないと言う事は、マジで剣道界隈を中心に噂が流れている程度で、俺の就職を意図的に邪魔している……と言う程では無いのかも知れない。
とは言え、俺の記憶が確かならば親父の居る会社は叢雲系列との取引も有った筈なので、事情を説明すると言うのも憚られる様に思え、忠國警備をクビに成った理由すら説明していなかったりする。
「……どうしても剣で食っていきたいのなら、コレ受けて見たらどうだ?」
飯を食う手を止めて言い淀む俺に対して親父も何か思う所が有ったのか、呼んでいた新聞の一面ブチ抜きでカラー写真まで使った求人広告をこちらに指し示す。
ソコには俺が生まれるよりも大分前に流行った特撮ヒーロー物の『戦闘員』と呼ばれる黒尽くめの男達が、右腕を突き出し整列した姿で写って居り『戦闘員募集! 防衛隊!』と言うキャッチコピーが踊っていた。
防衛隊って言うのは俺が警備して居たあのダンジョンで、モンスターを相手に戦う組織だった筈だ。
確かにソコに所属する事が出来れば、剣腕で食っていくと言う方向性で生きていく事は可能かも知れない。
そう思った俺は、一旦茶碗と箸を置いて親父の手からその広告が乗った新聞を受け取る。
ただ……防具をしっかり身に付け、勝ち負けを付ける事は有っても命の奪い合いをする訳では無い剣道と、防衛隊員として地球の運命を背負い命を賭して戦うのでは、その危険度は天地の差だ。
けれども防衛隊員は準公務員とでも言うべき立場で有り、その存在は最近じゃぁテレビなんかでも取り上げられる程度には一般的に成りつつ有る。
流石にそうしたメディア露出の多い防衛隊員が殉職した……なんてニュースは未だ耳にした事は無いし、調整とやらを受ける事で得られると言う超常の能力は、それだけ生きる力に成るのだろう。
お!? 仕事の様子は動画配信サイトで見る事が出来るのか……うん、飯を食って部屋に戻ったらちょっとコレ見てみるか。
「……心配掛けて済まん、取り敢えずコレの動画見てみるわ。戦闘員って事は警備員なんかよりも危険の有る仕事だろうしな。予備知識も無しで軽々しく受けるとは言えないわ」
ニュースやワイドショーなんかで取り上げられる事も有るので、完全に予備知識ゼロと言う訳では無いが、あの手のメディアと言う奴は『スポンサーとメディアに取って都合の良い事』だけを切り抜いて報道すると言うのはよく知られた話だ。
この広告に乗っている動画配信サイトも何の規制も無く丸っと配信してるとは思わないが、少なくともメディアが都合良く取捨選択した情報よりはマシだろう。
ソレに動画配信サイトが有ると言う事は、それを見た連中が情報交換をして居る様な掲示板だって有る筈だ。
便所の落書きだ等と揶揄される事も有る、匿名掲示板の情報は時に信ずるに値する情報が混ざっている事も有る。
『うそはうそであると見抜ける人でないと難しい』と言うのは、某巨大掲示板の生みの親が言った言葉らしいが、掲示板だけで無く様々なSNSなんかのインターネットを通じた情報の海は、何が本当で何が嘘かを判断出来なければ飲み込まれるのがオチだろう。
まぁその辺の対応に付いては忠國警備に入社する時に受けた研修の中で、いわゆる『ネットリテラシー』って奴についても教わったし、陰謀論の類に嵌まり込む様な事には成らない筈だ。
「ごっつぉーさん!」
食い終わった食器を食卓から台所へと手早く運び、冷蔵庫からコーラを一本持って部屋へと戻る。
そして大学時代にオンライン授業を受ける為に買わされたノートパソコンを起動し、広告に記載されて居る検索ワードを入力してみた。
『You Tuner』と言う有名動画配信サイトのパロディにしか見えない動画配信サイト……いやコレは普通に米国産配信サイトのシステムを流用して居るのかも知れない。
防衛隊は各地域のダンジョンに所属する様な形式らしいが、他の地域に有るダンジョンへ援軍を出す様な事も有るらしいし、この動画配信サイトでの情報共有は世界規模なのだろう。
サイト内で刀と剣道と言う言葉で検索してみれば『示現流ラスカル』と言う一人の防衛隊員の動画が目に止まる。
「あ、コレ……ラスカルじゃん」
アライグマをイメージしたと思わしき色合いの鎧兜を身に纏った動画内の男は、頬面まできっちり身に着けているので素顔までは判らないが、示現流ラスカルと言う名と体捌きを見れば、同じ道場で剣道を初め小中高とライバルだった者だと確信出来た。
調整とやらの結果なのか、動きの速さや膂力の強さは俺の知るソレとは比べ物に成らないし、漫画の様に斬撃を飛ばすなんて真似すらして居る様にも見えるが、主軸と成る技術は同門の物だと断言出来る。
アイツと剣を交えたのは高校3年のインターハイが最後で、個人戦では地区大会で戦った奴が全国大会で戦った誰よりも強かった。
彼は大学へは進学せず警察学校に進んだとは聞いて居たので、インカレで戦う事は出来なかったが全日本選手権辺りで何時かは再対戦出来ると思ってたんだが……そうか、アイツは防衛隊に転職したのか。
防衛隊に行って調整とやらを受けると超人的な能力を得てしまい、剣道に戻る事は出来なく成るが、アイツが既に調整を受けているので有れば手合わせする機会は有るかも知れない。
そんなことを考えた俺は、動画を停止すると地元に有る防衛隊の応募要項を調べ始めるのだった。