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♯.4 大企業の魔の手と無職の事情

「畑中君……本当に申し訳無いんだが……辞めて貰えないか?」


 あの会見からそろそろ半年が経ち、正式に『ダンジョン』と呼ばれる事に成った防衛施設の建設も終わりが見えて来た頃、急に本社の社長室へと呼び出された俺は唐突にそんな言葉を投げ掛けられた。


「え? どう言う事ですか!? 大会も近いこの時期に冗談ですよね?」


 流石に半年も経つと現場の作業員が増員される事も無く成り、その分警備会社に流れてくる所謂『氷河期世代』と呼ばれる者達も増え、本来現場に出る立場では無い俺が動員される様な状況は減って来た矢先だったのだ。


 いわゆる『体育会系』の中で人生の大半を過ごして来た俺は『年上の後輩』と言う奴に余り慣れておらず、自分よりも二回り近く年上のアルバイトに指示を出したりするのは苦手だったし、大会も近い事からその辺を鑑みた配置だとばかり思っていたのだが……。


「ここ最近、我が社と叢雲SS(セキュリティサービス)で仕事の取り合いに成る事が異様に多くてね。しかも向こうはダンピングに近い価格を提示する事でこっちの仕事を奪っているんだ。それだけならただの競争原理なんだが……ソコに別の思惑が絡んでいる事が分かってね」


 叢雲SSと言うのは叢雲グループに所属する警備会社で、本来ならば叢雲グループに所属する企業の施設警備や、関連銀行の現金輸送車を護る輸送警備辺りが本業で、交通誘導警備なんかに出張って来る事は殆ど無かった筈だ。


 ソレでもダンジョン建設に絡んで国がクライアントの交通誘導警備業務が日本全国で多数有った事から、その特需に乗っかろうとする動きが有るのは全く不思議は無い。


 しかし利益を得る事を考えず、ただただウチの仕事を奪う為だけに人員を割いているとしか思えないと言うので有れば、ソコに全く別の思惑が有ると言うのは事実なのだろう。


「……叢雲のOBで非常に厄介な奴が居てね。そいつが我が社の畑中と言う警備員を『どんな手を使ってでも干殺しにしろ』と、後輩達に対する伝手とコネを使って全力で嫌がらせする様に言ってるらしいんだよ」


 叢雲みたいな大企業のOBなんて雲の上見たいな爺さんに恨まれる覚えなんて……有ったよ。


「まさかあの時の(じじい)!? うわ、マジかよ! そこまでするの?!」


 ダンジョン建設が始まった本当に最初の頃、俺が現場で誘導灯(ニンジン)振ってた時に絡んで来た爺さん、確かに叢雲のOBだとか言ってたよな。


 世界に名だたる大企業で定年退職まで勤め上げ、その上で後輩を通じて未だに他社へ圧力を掛けれる影響力を維持してる様な野郎なら、世界は自分を中心に回っていると言う様な傲慢な振る舞いも不思議は無い。


 んでそんな糞爺に逆恨みされた上で俺個人を狙い打ちするんじゃぁ無く、会社諸共に締め上げられている……と。


「同業他社とは言え本来なら業務内容的に競合する様な会社じゃないからな、向こうの社長とは顔見知りでは有るんだよ。で、件のOBは飽く迄も『我が社に居る彼を愚弄した畑中と言う警備員』を干せと言っている訳だ」


 ……ああ成程、俺がこの会社に居る限りは叢雲SSとしては儲けにも成らない面倒な仕事を取り続け無ければ成らないし、俺がここを辞めたならその時点で圧力を掛けるのは辞めると言う密約が出来ていると言う事か。


「本来なら社員を護るのが会社の……社長の役目なんだが、君一人を護る為にグループ全体を危機に晒し続ける訳には行かないんだよ。代わりと言っては何だが、君がウチを辞めた後まで追い打ちを掛ける様な事はしないと約束して貰った」


 確かにソレが落とし所と言えば、その通りなのかも知れないな。


 営業職の人達はこの一件を既に知っているだろうし、辞めない事で仕事を取り辛い状況が続けば、俺に対するヘイトが営業から社内全体に広まって行くのも然程遠い事では無いだろう。


 社長がわざわざ俺がここを辞めれば追撃してこないと言う約束を取り付けてくれたのなら、素直にそれに従う方が後腐れも無いし四方八方丸く収まると言える。


 まぁ俺個人としては会社を辞めるのに何の痛痒も無いと言う訳では無いし、理不尽で腹立たしいと言う気持ちが無いと言えば嘘に成るが、だからと言って意地を張った所で改善策の一つも無いならば、誰も得をしない我慢比べが延々と続くだけだ。


 そうなりゃ当然、次の大会に向けて練習を続ける実業団の先輩達にも影響が出る事に成るだろう。


 俺がこの会社に入ったのは大会で結果を出す事を期待されての事で、悪影響を与えるんじゃぁ給料泥棒と呼ばれても仕方がない。


「……退職は自己都合では無く会社都合と成る様に手続きをしておくから失業保険は出る筈だ。まぁ入社一年目だから約3ヶ月だけだが、君の実績を考えれば他所の実業団に移る為の期間としては十分だろう」


 入社直後と言って良い6月に有った関東実業団大会では、社として優勝する事は出来なかったが俺自身の負けは無かったし、きっと何処か戦力として欲しがる所は有るとは思う。


「他者からの理不尽に相対するのが我々警備会社の仕事だと言うのに、他所からの圧力に屈する形に成った事は本当に申し訳無いと思う。現場での君自身の対応は決して間違いでは無かった。ただ相手が……運が悪かっただけだ」


 社長のその言葉は恐らくは本心なのだろう……俺を見る目は折角手に入れた戦力を捨てざるを得ない事に対する『もったいない』と言う気持ちと『若い者を守れなかった』と言う気持ちが半々程度籠もっている様に思えた。


 この件では多分社長も営業部の人達も俺を庇おうと必死にやってくれたのだろう、ソレでも俺と会社の何方を取るか……と言う二択に成った結果なのだろうから彼等を恨むのは筋違いだ。


 敵は飽く迄も叢雲エンタープライズOBだと言うあの爺で、叢雲SSも叢雲グループも爺のワガママに振り回された被害者なのだと思う。


 理不尽極まりないこの状況では有るが、こんな物は体育会系の中で生きていりゃ糞みたいな先輩のワガママに振り回されるなんざぁ慣れっこだ。


 ……まぁだからと言って意趣返しの一つもしない程に俺は人間出来ちゃ居ないから、何処か別の実業団に入った暁には叢雲所属の選手と当たった時には全力で倒しに行くけどな!


「うす、短い間でしたがお世話に成りました」


 そんな思いを胸に懐きつつも俺は社長に深々と頭を下げてから、そう返事を返し退職の手続きを行う為に人事部へと足を向けるのだった。




「辞めたら手を出さねぇとか完全に嘘じゃねぇか!?」


 退職から3ヶ月、世の中は既にダンジョンと言われる施設が有るのが当たり前と成り、ソコで戦う『調整者(チューナー)』と呼ばれる者達が各種メディアを賑わせる様に成った頃……俺は未だに再就職先が決まらずに居た。


 俺が今までの人生の大半を費やして来た競技で実績の有る実業団を有する企業は、何も警備会社だけと言う訳では無く、通信系大手や電気機器大手など実業団大会で優勝経験の有る所なんかに大学の伝手も使って再就職を試みたのだ。


 そもそも大学卒業時点で今まで居た会社に就職する事を決めたのは、仕事を殆どせずに実業団優先で良い……と言う特別待遇が有ったからと言うだけで、それなりに仕事もしつつ実業団で選手として活動すると言う条件ならばスカウトは両手の指では足りない程有った。


 だからその時に貰った連絡先や大学時代の先輩でやはり実業団に進んだ者に連絡を取れば、サクッと次の仕事は見つかる物だと甘く見積もっていた部分が無いとは言い切れない。


 しかし結果としては、どこもかしこも『俺を入れたら叢雲に睨まれる』と判断した様で、返って来た返事は全て『お祈りメール』だったのだ。


 不幸中の幸いと言えるのは、俺が未だ実家住みで家賃とか掛からない事と、今までの給料も失業保険も大部分が残っていると言う事か……。


 こうなったらもう家から通える関東圏の実業団とか贅沢言って無いで、地方の会社も選択肢に入れるしか無いな。


 そんな訳で俺は22歳の夏を職無き者として過ごす事と成ったのだった。

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