♯.26 古き鎧と血筋と来歴
禿河家の家紋が入ったソレを開けたのは、この町で生まれ育った者ならば同音異義語の徳川家の家紋である三つ葉葵と同じくらいに見知った物だったからだ。
面白半分と言う気持ちが無かったかと言えばウソに成る、しかし中から出てきた鎧の付喪神とやらの頬面の奥に確かに有った『見えない瞳』から感じられたのは、過去に自身を纏っていた者達に対する間違いない忠義の念だった。
……コレはいたずらや遊びで開けて良い代物では無い、考えて見れば当たり前の事だ。
ここに残っているのはドレもコレも最低でも百年以上に渡り大切に保管され、厳重に管理されてきた武具であり、刀と並んで武士の誇りそのものと言っても過言では無い代物で有る、ソコに篭っているのは生半可な想いでは無い。
和尚さんはさっき開けた禿河さん家の奴以外は、実戦を経た物では無いと言っていたがソレにしたって……いや、実用品では無くなったからこそ、見栄とメンツが重なってより思い入れの強い『伝来の家宝』と成った物が多いのではなかろうか?
そう思うとどれを開けるべきか、開けて良い物かと迷いが生じて来る。
迷った時にこそ前へと出ろ『泣こかい跳ぼかい、泣こよかひっ跳べ』と言うのは、俺が学んだ剣道流派の更に源流だと言う薩摩示現流、その発祥の地で有る薩摩の地で歌われていたと言う童歌だが、その思いこそが二の太刀要らずと言われた大本なのだろう。
改めて鎧の入った黒塗りの箱を見回して見れば、積まれているのは三十個程で、その中で見覚えの有る家紋は三つ、いや……四つ有った。
一つは最初に開けた禿河さん、もう一つは並んで町の名士で現役の国会議員も出している寸原家の物、それから時代劇で有名な三つ葉葵の紋所は将軍家……では無く恐らく分家として無数に有ったと言う松平家のどれかの物だろう。
そして最後の一つは御袋の実家の墓に刻まれていた『編んだ縄の様な丸に五枚の葉っぱ』だった、残念ながら俺の知識ではコレが何と言う紋所でどう言う血筋に伝わる様な物かは分からない、けれども多分遠いとしても俺の血筋に絡む物の様な気がする。
「んー後は……お? コレ、御袋の実家の墓に刻まれてるのと同じ家紋だぞ? 和尚さんこっちも開けて見て良いっすか?」
勘違いだったならその時は片っ端から開けて見て、俺が纏う事を認めてくれる品を探すだけの話だし、泣こよかひっ飛べだ。
「ぬ? おお、ソレは良いかも知れんな。確かお前さんの家は父方は親父さんの親父さんの代でこの町に越して来た所に、二代に渡って地元から嫁を貰ったんだったんじゃぁ無かったかの?」
さらっと他人の家の事情が出てくるのは、ここが田舎だからと言うのも有るだろうが、冠婚葬祭のうち葬儀と祭事を司る地元のお寺さんだからと言うのも大きいのは間違いない。
御袋の実家の墓だってこの寺の墓場に有る訳だし、ソコに有った鎧が化けたので有れば当然ここに納められていても不思議は無いだろう。
ちなみに俺の爺さんの実家は四国の方らしいが、そっちとは戦後のどさくさで縁が切れたそうで詳しい話は一度も聞いた事が無い。
爺さんがこの町に越して来て腰を落ち着けたのは、同郷だった大先生のお父さんを頼っての事だったと言うのは聞いた覚えが有るので、調べようと思えば調べる事も出来るのだろうが、お互いに年賀状のやり取りすら無いのだからほじくり返すべき事では無いのだろう。
まぁ若い頃の爺さんは博徒(バクチ打ち)と馬喰(馬の仲買人)を行ったり来たりする様な根無し草に近いヤクザ一歩手前みたいな生活をしていたらしいし、案外実家の方から縁を切られた……とかそう言う話の可能性も無くは無いしな。
俺が生まれた後も平日は近所の土建屋で日雇い仕事をして、週末には県庁所在地の競馬場で予想屋をすると言う生活をしていた辺り、多分その想像は大きく外れては居ないんだろう。
そんな与太者まがいの爺さんから生真面目一本槍な親父が生まれ育ったのは、婆ちゃんの血と教育の賜物だったと考えるのが正解だろうか? そう言う意味では俺は割と爺さんに似ているのかも知れない。
ちなみに御袋は冗談の一つも言えない親父と違い、関西方面で人気の劇場で舞台に上がっていても不思議は無いくらいには愉快な人だ。
多分、婆ちゃんが早くに亡くなって無ければ親父と御袋が結ばれる事は無かったんじゃぁ無いだろうか?
もし結ばれたとしたら真面目過ぎる姑のイビり根明な嫁が笑い飛ばす……とか、そんな感じの生活で、今の爺さんと御袋が馬鹿やってソレを親父が諫める、と言うのとはまた違う環境で俺の成長と教育も違った物に成っていたかも知れない。
とは言え生まれる前に亡くなった人の事を考えて居ても詮無い事だし、今は取り敢えず推定御袋の実家の鎧を開けて見よう。
そう考えて、幾つか重なった木箱の中から一つを下ろし蓋に手を掛ける。
先程の禿河さん家の箱とは違い蓋には何枚もの御札が貼られて居り、更に注連縄の様な物と寺に有る物とは思えない金色の十字架が結ばれた鎖まで掛けられていた。
「和尚さんよ……コレ本当に大丈夫な奴なのか? 素人の俺から見てもヤバげな封印とかそ―言う奴に見えるんだが……」
御札やらなんやらの効力が十分に有るからだろうが、箱から感じ取れる妖気とやらは先程の箱と然程変わらない物としか思えないが、逆に言えばコレだけガチガチに固めていて同じなのだから中身はヤバい代物だとしか思えない。
「ああ、そりゃアレだ。その中身は割とやんちゃでな、ガッチリ固めて置かねぇと勝手に出てきて色々とイタズラやらかすんだわ。蔵の中で遊ぶ程度ならまぁ問題ねぇが万が一にも扉を開け放つ様な真似をされちゃぁ困るんで他よりガチに封印してるんだわ」
そんな和尚さんの言葉に同意する様に、頭の上の明かりが頷く様に一斉に揺れる。
どうやらこの箱の中身は人間基準での問題児と言う訳では無く、他の妖怪達すらも同意する程のやらかし屋らしい。
ソレはソレで怖い気もするし、ソレを御す事が出来るかどうか不安に成って来るが……ええい! 泣こよかひっ飛べだ!
意を決して壊さない様に十字架の付いた鎖と注連縄を解き蓋を取る。
「ワハハ! 俺様大復活! やい爺! よくも俺様をこんな狭っ苦しい箱に長い事閉じ込めやがったな! アレ? でもなんでわざわざ蓋を開けやがったんだ? まさか……戦か? 戦なんだな! 戦だろ! 戦だ! 置物なんざぁ真っ平だ! 戦をよこせぇ!」
そう言いながら飛び出して来たのは、黒の地金に赤と金で彩られた見た目に重きを置いて作られたと思わしき鎧だった。
同時にそのせりふから、分かった事も有る。
コイツは武具として作らてたにも拘わらず、その本分を全うする事も出来ず、ひたすら置物として飾られていた事に嫌気がさしていたんだろう。
「戦って程、大規模な話じゃぁ無いが、戦いの為に封印を解いたってのはその通りだ。お前さんが俺の言う通りの姿に成ってくれるので有れば、俺はお前さんを纏って戦いの場に向かう事に成る」
剣道と言う武道から離れて生きる事など想像する事も出来ない……そんな思いで再就職の為の活動をしていた頃に考えた、仕事に追われ竹刀を振る時間すら取れない生活。
この鎧を作らせ飾っていた家の者達は、当然コレに強い愛着を持っていたのだろう。
同時に天下泰平と言われた江戸の時代に有って使われもしない鎧兜を後生大事にして居る事に疑問を持っていたのかも知れない、もしかしたら武勇を示す機会を求めて居た可能性も有る。
「ん? お前は……おお! 瑞浪家の末裔か! 良いぞ! 俺を飾り物にするのでは無く戦いの場へと連れて行くと言うので有れば、多少見た目が野暮天になろうと気にしねぇ! 俺を戦場へと連れて行け!」
瑞浪家と言うのは聞いた事すら無いが、多分御袋の御先祖様とかそう言う人なのだろう、取り敢えず帰ったら聞いておこう。
「よし、ならお前は俺の鎧だ。戦国時代の合戦の様に……とは行かないだろうが、俺の命はお前に預けるぞ!」
俺がそう言葉を掛けると、鎧は満足した様で自ら再び箱の中へと納まったのだった。




