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♯.2 ダンジョン建設を取り巻く経済活動

 世界を震撼させた演説の日から数日、異世界からの侵略者を迎え撃つ為の防衛施設、通称『地下迷宮(ダンジョン)』の建設が世界各地で始まった。


 なんでも異世界からの侵略者達……後に『魔物(モンスター)』と総称される様に成る存在はこの世界に来る為には、ある程度条件が整った出現し易い場所と言うのが有るそうで、ソレを敢えて整える事で其処に敵が攻めてくる様にするのだと言う。


 何時でも何処でもバカスカ現れるモンスターを逐一対処療法的に倒し続けるのでは、漏れた物が民間人に被害を出す事は容易に想像が付く……と言うか、20年前に総理が戦った事件こそがそうした対処が間に合わなかった事で多くの被害を出した案件なのだ。


 その時の教訓が有り、出現場所を誘導する為の新技術が有ると言うのならば、ソレを使わないと言う方が阿呆の所業だろう。


 そして世界規模で行われるダンジョン建設に必要と成る『誘引技術』は、やはり日本がその基軸と成る技術を握っているそうで、ソレを各国に格安とは言え有償提供する事で日本国内の建設費用を捻出する事に成功したのだと言う。


 発展途上国の中にはそうした費用を出す事の難しい国も有るだろうが、そうした所にも政府開発援助(ODA)の一部として日本だけで無く、先進諸国からダンジョンの建造費用は出されている。


 途上国が発展する事で将来の国益に繋がる……と言う事も有るが、ソレ以上にそうした支援をしない事で陥落した土地が出た場合に、そこが侵略者達の橋頭堡と成りより苛烈な戦いに身を投じねば成らない事を何処の国も理解しているからこそ金を出すのだ。


 しかもODAを利用し浸透侵略を企てるのを常套手段としている大陸の某国ですらも、この件に関しては私利私欲を捨てて一致団結する事に異論を挟まない……と言えば、異世界からの侵略者がどれほどの脅威なのかと言う事が伝わるだろうか?


 兎にも角にもそうした事情も有って、世界はダンジョン建設ラッシュに依る好景気に突入したと言う訳だ。


「はーい、トラック通りまーす。歩行者の皆様は危ないんで止まって下さいね―。ダンジョン建設は歩行者よりも資材優先と特別法で決められてるんで、申し訳ないけれども少し待ってて下さいね―」


 と、そんなことを考えながら誘導棒ニンジンを手に、道行く歩行者を御し止め歩道をトラックが通る間を作る俺は、とある警備会社に務める只の警備員だ。


 本当なら俺はこんな現場に出て来る様な立場の者じゃぁ無い、会社の名前を売る為に試合に勝つ事を条件に就業時間の大半を練習に費やし、仕事と言えば少しの事務仕事をするだけで良いと言う契約で入社した実業団選手なのである。


 けれども突如として降って湧いたダンジョン建築ラッシュに伴い、割の良いバイトを求める者の多くは警備員では無く建設作業員の方へと吸われて居り、現場に出る者達程多くの利益を見込めない警備の方は、俺すらも現場に出さざるを得ない人手不足なのだ。


 小学校の頃に個人戦で全国制覇を果たした俺は、中学高校大学と大会に置いて一度も負ける事は無く、当然の様に部活動推薦で進学して来た。


 なので就職も実業団への推薦は当然の事だと思っていたし、ぶっちゃけ大卒の肩書に見合う学力を持っているとは、口が裂けても言えないと言う自覚は有る。


 ……一応、卒業大学の名前を出せば舐められない程度には、知名度の有る大学を卒業しては居るのだが、授業への出席率は兎も角として試験の成績に関しては、正直忖度して貰った結果お情けで卒業させて貰ったと言うのが実情だ。


 それでも実業団を持つ企業への就職が決まり、後はぶっちゃけパソコンの基本操作が出来れば誰がやっても良い程度の事務仕事と、身体が動く間は大会で成績を出し続け、ソレが難しくなったら後進の指導者にでも成ると思っていた。


 にも拘らず、この世界的な公共事業ラッシュで現場に出てニンジン振らにゃ成らんとかどんだけ不運なんだよ俺!?


 いやまぁそれでも氷河期とか言われた世代の人達にも、肉体労働でキツイ仕事とは言え、間違い無く高給と言える給料の出る仕事が行き渡る事に成った事自体は、歓迎されるべき事なんだろう。


 ここ千薔薇木県の最低賃金はおおよそ880円で8時間で大体7000円だと言うのに、日当1万円以上の仕事が人数無制限に近い数有ると言うのだから、働く意欲が有って今現在仕事が無かったり、ソレより安い賃金で働いている者ならば転職を考えるのは当然と言える。


 しかもその額面は所謂『職人』に支払われる物では無く、下っ端の使いっ走り連中が手にする額なのだ。


 ちなみに俺が貰う月給は各種手当込み込みで二十万と少々なので、時給で言えばギリギリ彼等現場作業員より少し多いかな? と言う程度で有る。


 正直、試合に勝つ為の練習に就業時間の大半を費やして、それだけの金を貰うのは申し訳無いと思わないでも無かったが、大会に出て勝てば会社の名声が上がり、その分競合他社から多くの仕事をぶん取れると考えれば妥当だとも思っていた。


 ……なので、こうして一日中炎天下の中で立ちっぱなしでニンジン振ってると言うのは、俺の人生設計の中では完全に想定外の事なのだ。


「おい! 早く通せ! 急いでんだよ! トラックくらい止めりゃ良いだろうが!」


 おっと、何処の馬鹿か知らねぇが、まーた突っかかってくる奴が居るよ。


「悪いんだけどね、コレは御国が決めた公共事業で国と地球を護る為に急がにゃ成らん工事なのよ。他の自動車や歩行者よりもこっちのトラック優先して良いって法律で決まってるんだわ、後三台出るまで待ってて下さいね」


 ダンジョンの建設に関してはマジで半年以内に全てを仕上げないとヤバいらしく、工事関連車両の通行を妨げる事が出来るのは信号機と救急車やパトカーの様な緊急車両だけ、と国会で決まったんだから仕方が無い。


「何だと!? 誰のお陰で日本が先進国と呼ばれるまで発展したと思ってるんだ! お前等見たいに碌な学校も出ず棒振り如きに身を窶す様な底辺が俺の行く道を遮るな! こちとら天下の叢雲エンタープライズのOBだぞ!」


 偉そうにギャオーンと吠えるこの爺さんの言った叢雲エンタープライズと言えば、叢雲重工や叢雲銀行に叢雲商事と言った大企業を要する叢雲グループの一社で、その言葉の通り日本の高度経済成長に大きな牽引力を発揮した企業の一つと言えるだろう。


 しかしこの爺さん自身が一体何処まで登り詰め、どれ程日本と言う国の成長に寄与したのかなんて事ぁ分りゃしないし、とっくに定年退職を過ぎているだろう齢にも拘らず肩書を振り翳して虎の威を借り様とする姿を見れば当人は大した事が無い様にしか思えない。


「そうは言われましてもね……この工事は国家事業なんですよ。叢雲に居た様なお偉いさんなら親方日の丸がクライアントの仕事はそう簡単にルールを曲げられない事位は分かりますよね? そんな訳でトラックが全部出るまで今暫くお待ち下さい」


 一応俺が通った大学は所謂東京六大学に含まれているのだけれども、先程の様な理由で俺自身が胸を張ってその大学を卒業したと断言出来る頭じゃぁ無いので、碌な学校を出ていないと言うのは取り敢えずスルーする。


 コレでウチが叢雲グループに所属する警備会社だったりすると、忖度しなけりゃ問題にも成るんだろうが、残念ながらウチの筆頭株主は叢雲グループから見れば競合他社に当るので曲げる必要は欠片も無い。


「ええい! 貴様じゃぁ話に成らん! 上の者を呼んで来い!」


 はい、上司呼べ頂きましたー。コレで俺がこの爺さんの対応を続ける必要は無く成った訳だ。


「分かりました、今責任者呼ぶんでこのままお待ち下さい。四番出口畑中です、どうぞ」


 そう言って俺は無線機のスイッチを押し込み声を掛ける、


「こちら警備本部何が有った、どうぞ」


「九番発生上対願います、どうぞ」


 九番と言うのはクレーム対応案件の隠語だ、流石にクレーマーの眼の前でストレートにクレームなんて言えば火に油を注ぐのは明白なので、こうした隠語が使われている訳だ。


「そちらで何とか出来ないか、どうぞ」


「先方様、上対応希望です、どうぞ」


 上対も上司対応の略称で、こっちは隠語云々では無く単純に通信を短くして少しでも効率良く仕事をする為の物で有る。


「……分かった直に行く、どうぞ」


 無線機越しにも分かる疲れた様な声を聞けば、多分他の出入り口でも似た様なクレーム対応が発生しているのだろう。


 こうした現場仕事も半年間の辛抱で、ソレが終わればまた稽古と簡単な事務仕事に戻れる筈だ……と自分に言い聞かせ


「今上司が来ますんで、お話はその方にして下さいね。まぁ彼が来るよりも先にトラックが全部出ていく方が早いかも知れませんけどね」


 ちくりと皮肉を加えて、あんたの言う通りにしたゾ、と爺さんに返事をし……この小さな嫌味が俺の人生を狂わせる事に成るなんぞ、その時は露とも思わずに……再びニンジン振りへと戻るのだった。

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