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落ちこぼれの僕を救ってくれた学園一美少女の先輩が居場所がなくて傷だらけで一人ぼっちだったので僕が居場所になって命を懸けて救ける事にした。



僕は和谷光樹わやみつき 中学3年生。


帰ってきた模試の結果を見てため息をつきながら家に帰っていた。



「……D判定」



下から2番目だ……滑り止めの高校さえC判定。


こんなんじゃ……夢のまた夢だ。

まずい。また親に怒鳴られる。

いや……最近期待もされなくなったからもう怒鳴られないか……


塾にも行ってたくさん勉強したのに……どうしてこんなにも上手くいかないんだろう。

僕は今まで頑張って勉強しても報われることはなかった。


今回もそうだ。


クラスのみんなも先生も親も僕に言う。



『もっと頑張れ』



そんなことは言われなくてもわかってる。

頑張らないといけないことは僕自身が一番わかってる。


親には勉強して、良い成績とって、レベルの高い高校へ行きなさいと毎日毎日言われてきた。

お金持ちだから余計にだろう。



『レベルの高い会社はレベルの高い大学から、レベルの高い大学はレベルの高い高校から』らしい。



もっと頑張らないと。

たくさん勉強して、うんと賢くなって……それでとびきり給料の貰える会社に入って。


………………………………だからなんなんだろう?


賢くなって、いい会社に入れば僕は幸せになれるのだろうか?


帰りたくなくて、考えたくなくて家の方向から真逆に歩いて、歩いて、歩いた。

真っ暗で誰も行かないような雰囲気を放つ坂を登る。

登って、登って……とにかく誰もいない所へ行きたかった。


一人になりたかった。


展望台に着き、椅子に座った。

景色を見る気分じゃなかったけど……ここは静かで離れたくなかった。

なんだか、何もかもどうでも良くなったような……不思議な感覚がする……

ふと展望台の高さが気になり、確認する。


この高さなら……落ちたら死ぬかも……もし、今ここから落ちたら楽になるだろうか。



『もっと頑張れ』


『お前はダメだなぁ』


『落ちこぼれ』


『頼む。褒めさせてくれ』



頑張らないと頑張らないと頑張らないと頑張らないと……………


……………………………………………………



「ねぇ……ちょっと」


「っ!?」



不意に人に声をかけられた。

振り返るとヘッドホンを首にかけた長袖の制服を着た美少女がいた。

この制服……親に入れと言われている洛山高校の制服だ。



「だ、だれ?」


「私? 私の名前は美森。君はさ、こんな所で何してるの?」


「あ、えと……少し、一人になりたくて……景色を……見てました」



嘘だ。

本当はここから飛び降りたらどうなるのかを考えていた。

嘘をついた罪悪感で視線が下を向いた。



「へーここ……この辺りでは自殺で有名な所だけど?」



そ、そうだったのか……道理で人が全く来ないわけだ。


視線を上げると彼女と目が合う。

……その目はなんだか僕の心を見透かしているようだった。


それが嫌で、目を逸らした。



「君、名前は?」


「わや……みつき」


「じゃあ……みっちーで」



み、みっちー?



「隣、座りなよ」



美森さんは椅子に座り、手招きしてきたので黙ってそれに従う。



「……みっちーはこんなで何してたの?」


「……僕は」



気がつくと話し始めていた。

話すともう止まらなかった。


勉強も運動も……何もかも頑張っても上手くいかないこと。

親から入れと言われている洛山高校の模試結果がよくなかったこと。

親にも最近は期待されなくなったこと。

もう、頑張るのが嫌になってきたこと。

一人になりたくて、彷徨っていたこと。

なんだか、どうでも良くなって……ここから落ちたらどうなるんだろうって考えてたこと。


全部話した。


多分、知らない人だから話せたのかもしれない。


美森さんは肯定も否定もせず僕の話を頷きながら聞いてくれた。



「そっか……」



そういうと美森さんは立ち上がって



「……みっちーは頑張ってるよ偉い偉い」



僕に抱きつき、子供をあやすように頭を撫でた。


わかってる。これはただの励ましの言葉。

僕のことを何も知らない人の薄っぺらい言葉。


何にどうして……涙が出てくるんだ。



「うっ……ぐっ……!!」



自分の感情が分からなかった。

止まらない。止めようとしても止まらなかった。

親や先生にどれだけ怒られても泣かなかったのに……なんで今こんなことで泣いているんだ?


そんな情けない僕の頭を泣き止むまで美森さんはただ優しく撫でてくれた。




ああ、そうか……僕は。




誰かに……褒められて……自分はちゃんと頑張ってるって自信が欲しかったんだ……




「さて、行こっか」



泣き止んだ僕に美森さんは笑いながら言う。



「行くって……どこへ?」


「んー? そうだねーとりあえずゲーセンとか、スポッチャとか? 今まで頑張ってきたみっちーにご褒美あげる」


「ご褒美てー!?」



美森さんに強引に手を引かれ坂を一気に駆け降りた。

心臓がバクバクしている。

緊張しているんだ。

だって、他人と……ましては女の人と遊ぶなんて初めてのことだから。



「あ、こ、このコロッケおいしいですね」


「でしょ? ここのコロッケお気に入りなんだー」


「この味……家でも作れないかな……」


「へー料理できるんだ?」


「まぁ、親にできるようにと……コロッケも作れますよ。美森さんは?」


「あーまぁ……私もそこそこ……かな? は、ハンバーグとか? 作れるよ?」


「なんで疑問形なんですか?」



初めて買い食いをした。

こうやって誰かと話しながら歩いて食べるのは楽しかった。



「……やった!!ストライクだ!!」


「やった!! ヤバ……なんだか自分がストライクした時より嬉しいんだけど……うぅ……みっちー頑張ったねぇ」


「な、なんで美森さんが泣いてるんですか」


「なんか、成長したなぁ……って」



初めてボーリングをした。

ほぼガターだったけど、美森さんは笑わず、優しく投げ方とか教えてくれた。

初めてストライクが出た時思わず二人でハイタッチしてしまった。



「……あ、落ちちゃった!! 次みっちーね! 結構動かしたから次で行けるんじゃない?」


「……が、頑張ります」


「ぷ、めっちゃ手元震えてる」


「き、緊張してるんですよ……あ、と……よしよし!」


「……おお! 取れた!! やったねーみっちー!」


「……はいっ!!」



生まれて初めてクレーンゲームをした。

最初はクレーンが弱いとか取らせる気がないとか文句を言い合いながらしていたけど、景品である熊のぬいぐるみを取れた時は達成感でいっぱいだった。



人生で一番と言っていいほど楽しかった。

楽しい時間はすぐ過ぎる。気がつけば夜になっていた。




「今日は楽しかった?」


「……はい。楽しかったです。あの……お金出してくださってありがとうございました」



歩きながら強く、強く頭を下げた。



「いいよー全然。ちゃんとご褒美になったみたいだから」



美森さんは僕の答えを聞いて安心したように頷く。


ああ、もうすぐバス停に着いてしまう。

楽しかった時間が……終わる。


バス停につき、時刻表を見るとあと5分ほどで来るみたいだ。

椅子に座ってバスを待っていると隣に座る美森先輩がじーと見つめてくる。



「………………」


「あの……僕の顔に何かついてますか?」



視線に耐えきれなくなり聞いた。



「別に……みっちーってバッサリ髪切ったらイケメンになりそうって思っただけ」



そう言うと美森さんはスマホをいじりだした。

……明日土曜日だし、髪も結構伸びたし散髪に行こうかな?……いつもより短めに切ってもらうか。

我ながら単純だなぁと自分に呆れていたら



「あ、そうだ。このぬいぐるみあげるよ」



はいとゲーセンで取った熊のぬいぐるみを差し出された。



「え、いいんですか」



美森さんのお金で取ったのに。本当にいいのだろうか?



「いいよ。家には置けないし……あ、その前にこの熊ちゃんから一言です」


「?」


「『わやくん、今日のこと忘れないでねっ!!』……なんちゃって」



美森さんは熊さんの手をブンブンと縦に振りながら言った。

その顔は少し赤くなっている。



「……はい。絶対に忘れません。一生」



そう言った瞬間、バスが来た。


……洛山高校に入れば……また会えるだろうか。

また会いたい。


たった一日一緒に遊んだだけ……だけど僕は美森さんが好きになった。

これは恋かどうかはよくわからない。

もし恋だとしたらなんてちょろい男なんだろう。

でもそれでもいいかなとバスに乗って行こうとしている美森さんの背中を見て思ってしまった。



「あの、僕……」



『もし、洛山高校に受かったら今日みたいに一緒に遊んでくれますか?』



その一言が言えない。そんな勇気は今の僕にはなかった。



「……みっちー」



美森さんはそんな僕を見て困ったように笑いながら名前を呼んだ。



「またね」



手を振ってバスに乗り込んで行った。



「は、はい!! ま、また!!」



精一杯手をふり返した。


走り出すバスを見ながら思う。

今の時点で模試の結果はD判定で試験まで1年もない。


出来るのだろうか?

いや、出来る出来ないじゃない……やるんだ。


絶対に受かる。それでまた美森さんに会う。


僕はそう決意した。


翌日、散髪に行っていつもとは違い短めに切ってもらったらさっぱりした。

断髪……とまではいかないけど、自分が生まれ変われるようなそんな気がした。


それからあっという間に時間は過ぎた。


美森さんに会って以降自分の努力が実り始めた。

頑張った分だけ、点数が取れ始め、成績が良くなっていった。


多分、今まで親からやれと言われたからやっていたからだと思う。

そこに自分の意志なんてなかった。


でも今は違う。


最後の模試はB判定になっていて洛山高校入学も夢ではなくなってきた。


周りにも段々と『頑張ったな』と言ってもらえるようになった。


そしてー


僕は洛山高校に合格した。


そして一人暮らしをしながら高校へ通っている。



昼休み


僕は美森先輩を探すことにした。


その最中、大崎美森は尻軽女だとか、いつも一人だとか、DV彼氏がいるとか、家に帰らず転々としてるとか、あまりよくない噂を聞いた。


その中で昼休みはいつも一人で屋上にいると聞いて屋上に向かう。

階段を登って登って、扉の前で足を止めた。


美森先輩は……あの日のことを覚えているのだろうか?

僕の事を覚えているのだろうか。


そんな不安が広がった。



「……ふぅ……よし」



意を決して扉を開ける。

扉を開けると手すりにもたれながら座る美森先輩が居た。



「………………」



ヘッドホンをして何やら動画を見ているようだ。

あのヘッドフォン今でもしてるんだ……



「……?」



美森先輩は近づいている僕に気づいたようでヘッドホンを外しながら僕の顔を見る。



「……誰?」



美森先輩は不信感を放ちながら僕に言った。


その瞬間、喉の奥に指を突っ込まれたような衝撃に襲われた。

自分の事を覚えていないとかそんなことはどうでもよかった。



僕が衝撃を受けたのは美森先輩が顔や足、体の所々に傷やアザなどの怪我をしていたからだ。


……まるで暴力を振るわれたみたいに。


気がついたら美森先輩の手を掴んでいた。



「と、とりあえず行きましょう!!」


「……は?いきなり何を言ってー!?」



あの時とは真逆で今度は僕が強引に美森先輩の手を取り、手を引いて階段を駆け降りた。



保健室



「ちょ! 痛っ!! 下手くそ!」


「す、す、すいません!!」



保健室には着いたがいいものの誰もいなかったので僕が美森先輩の怪我を手当てしていた。



「……ねぇ、もう私とは関わらない方がいいよ」



傷の手当てをする僕に美森先輩は暗い表情で言う。



「……私の噂聞いたでしょ? 尻軽とかDV彼氏がとか……こんな厄介な女に構ってたら君も変な噂が流れてせっかくの高校生活が無駄になっちゃうよ?」



それは僕のことを思ってくれての拒絶だった。



「……たとえそうだとしても僕は美森先輩をこのまま放っておけません」


「どうして?」


「……今度は僕が助ける番なんです」



たとえ、あなたが覚えていなくても。



「……何それ」



美森先輩はそんな事を呟きながら黙ってしまった。



「……よし、これで」



なんとか手当てが終わった。

一息つくと美森先輩は立ち上がってベッドで寝た。



「あ、あの……もうすぐ授業ですよ?」


「私、体調悪いからここで寝る」


「あ、えと……そうですか。じゃあ、また放課後来ますね」



返事はない。

少し寂しさを感じながら保健室の扉を開けた。



「君、名前は?」



振り向くと美森先輩はこちらを見ている。

このやりとりに懐かしさを感じながら僕は言った。



「和谷光樹です」


「……そっか、和谷くん。ありがとね」




放課後



保健室に行くと彼女はベッドに寝転びながらスマホの画面を見てしかめっ面をしていた。



「……あ、本当に来たんだね」


「はい……心配だったので。体調は……もう大丈夫そうですね……何してるんですか?」



窓に向かってスマホを掲げる美森先輩を見て言った。



「んー? 通信制限で全然動画が動かないんだよ。今めちゃくちゃいいところなのにー」



画面をトントンと突きながら不貞腐れる。

不覚にもその姿に可愛いと思ってしまった。



「……あ、そのアニメ今流行ってますよね。僕も家で見てますよ。一人暮らしなんで家では配信ばかり見ていて」


「へー………」


いいことを思いついたような、何かを企んだような顔をして僕の顔を見つめた。



「……じゃあさ、君の家で続き見せてよ」



それ以降先輩はどういうわけか放課後になると僕の家に来て一緒に配信を見るようになった。

昼休みに保健室で怪我を手当し、放課後合流して家で配信を見て一緒に晩御飯を食べる。


そんな日々が1ヶ月続いた。



「……私さーあんまり家って好きじゃないんだよねー」



不意に美森先輩は僕のベッドで寝転んでスマホをいじりながら言った。



「……そうなんですか?」



宿題をしながら相槌を打つ。



「私のお母さんよく彼氏を連れ込んでてさー居心地すごく悪くってよくファミレスとかで夜遅くまで居座ってるの」



『家に帰らず転々としてる』

なるほど、そういうことだったのか。



「……鉢合わせるとさーお前さえ居なければって言ってよく物で叩かれたりするんだよ」



こんなふうにとガーゼをした右目を指差した。

いつも怪我してたのはDV彼氏じゃなくて親からの……それじゃあ美森先輩は家に帰ったら……



「ここはWi-Fiあるし、配信もテレビで観れるし、晩御飯も和谷っちが作ってくれるし天国だよ〜」


「まぁ……材料代とかは出してもらってますから」


「今日は彼氏が家に来るから帰ってくるなってお母さんから連絡来たんだけどさ」



ドクンと鼓動が跳ねる。

美森先輩が何が言いたいのか分かってしまった。

これから僕にお願いする事も。



「ねぇ、和谷っち。今日泊まっていい? お礼に私、なんでもするよ?」



………………多分、美森先輩は分かってて言っている。


自分が美人って事も。

この流れで僕が首を振る事がないって事も。

その考えが僕にバレているって事も。


全部。



……宿代わりで良いように使われているのは分かってる。

それでも僕は決めたんだ。美森先輩の力になるって。



「別にお礼なんていいですよ……僕も一人は少し寂しいなって思っていましたから。ずっとここに居てくれても大丈夫です」



そう言うと彼女の目が大きく見開き、瞳が揺れた。

動揺しながら何か言おうとした瞬間、やめた。

その様子はまるで出しそうになった言葉をなんとか飲み込んだようだった。



「……君は本当に、私の調子を狂わせてくるなぁ」



困ったように言った。


そして美森先輩は家に泊まるようになった。

何回美森先輩の家に行って服とか持って帰ってきたことか。

それによりコップとか歯ブラシとか僕の部屋に美森先輩の私物が増えていく。


やっぱり美森先輩は僕のことを覚えていないようだった。

部屋に置いてあったクマのぬいぐるみにも無反応だったし、まぁこれについてはしょうがない。


あと……出会った時は常に首にかけていたヘッドホンをしなくなった。

理由を聞いても少し嬉しそうに必要なくなったからかなーと言うだけで詳しくは話してくれなかった。



「うわ〜めちゃくちゃキュンキュンするねー私もこんな恋がしてみたかったわー」



恋愛映画を見ていると羨ましそうに美森先輩が言った。



「いや、高校生なんですから、これからできますよ」



思わず突っ込むように言った。



「いや、無理無理。なんかもう恋愛って面倒だなーって思うもん。結局、男ってエッチなことしたいだけだからねー」


「だ、断言しますね……」


「まぁ元彼がそうだったし」



その言葉は僕の心を抉った。

まるでガツンと頭を鈍器で殴られたような衝撃に陥る。



「……あ、あはは。先輩彼氏さんいた事あるんですね」



あまりの動揺にそんな月並みな事しか言えなかった。

ろくに働かない頭で必死に考えて絞り出した言葉だった。


いや、だって先輩とっても可愛いし、美人だし、顔もいいし、別に不思議じゃないだろ……


頭では分かってるのに、心が理解することを拒んでいる。



「……んーまぁ、いたんだよ。前に一日だけ」



美森先輩は僕が動揺しているのに気づいてないようで飄々と答えた。



「私、1年の時、結構陰湿ないじめにあっててさー同級生の男の子がいつも助けてくれてね。いじめっ子と仲良かったのに私のために言い合ったり庇ってくれたり、守ってくれたんだー」



……もしかして僕と出会った時くらいだろうか?



「『俺がお前のことずっと守ってやるから付き合ってくれって』告白されてOKしたの」


………………



「で、その日のうちに家連れてかれてさぁ。ベッドに押し倒されて制服無理やり脱がされて、親から蹴られた痣見られてね」



……………………



「『傷物』呼ばわりされてそのまま別れた」



………………………………



色々な感情が溢れ出す。


怒り、悲しみ、苦しみ、悔しさ……それだけじゃない。その時一緒にいればとか、なんで美森先輩と同い歳じゃないんだとか。


そんな『たら・れば』の事ばかり考えてしまう。

たくさんの感情の中で『よかった』という安心感が……ほんの少し生まれていた。


ああ、最低だ……こういう時、人の本性っていうのが出てくるんだろうなぁ。

僕の本当の姿はとても醜い物だった。



「いやー流石にあれはこたえたかなー失礼すぎない? まだ未……?」



思わず、俯きながら口を押さえていた。

あまりの不甲斐なさに涙が出てくる。



「……え? ちょっ、どしたどした?」



美森先輩はそんな僕を見て大丈夫?と心配そうに背中を擦ってくれる。


違う……これは……僕はそんな事してもらえるような人間じゃない。

だから美森先輩の手を振り払った。



「すいません……大丈夫……です。ただ……自分のことが……心の底から嫌いになっただけなんで」



吐き捨てるように、やけくそ気味に言った。

……ああ、ダメだ。今は少し一人になりたいかもしれない。

いてもたってもいられず、部屋に戻ろうと立ち上がろうとした。



「光樹くん」



美森先輩は立ち上がろうとする僕の顔を自身の胸に思い切り押し付けた。

ぎゅ〜と抱きしめられてしまって完全に身動きが取れない。



「ちょ、ちょっと!! 何してるんですか!?」



その言葉に反応するかのように抱きしめる力が強まり言葉を続けた。



「……いつも安心させてくれるその優しい目がすき」


「光樹くんの隣は居心地が良くてずっと居たいと思うくらいすき」


「勉強してる時とかの真剣な顔がかっこよくてドキっとする」


「光樹くんの料理は美味しいだけじゃなくて私の心もぽかぽかにしてくれる」


「こんな私を受け入れてくれるそんなー」


「ちょっ……ど、どうしたんですか!? いきなり!」



耐えきれず美森先輩の胸から離れて動揺しながら言った。

顔が熱い、多分、今顔真っ赤なんだろうな。



「まだまだたくさんあるのに」



そんな僕と対照的に美森先輩は少し不貞腐れながら言った。



「だから何をー」


「たった半年間しか一緒に居ないけどさ、私は光樹くんの好きなところやいいところたくさん言えるよ?」


「………………」


「だからさ、自分のことを嫌いにならないであげてよ」



そう寂しそうな笑顔で彼女は言った。


こういうところだ。

自分ではわかってないんだろうけど、美森先輩は人の気持ちに寄り添える温かさを持っている。


僕はその温かさに……救われたんだ。




それから1ヶ月後が経った。


「……美森先輩?」


「……………あ、ごめん。なんだっけ?」


「今日の晩御飯のことなんですけど……大丈夫ですか?」


「え?何が?」


「いえ……最近なんだか元気がないというか……ぼーとしてるというか」


「あぁ……大丈夫……大丈夫だから……」


最近、同じようなやりとりをしていて理由を聞いても再びはぐらかされる。

1週間前、家に私服を取りに行ってからだ。

不安定というか。そんな彼女の様子に少し不安を覚えた。



3日後



「失礼します」


いつものように保健室に行くとそこには美森先輩は居なかった。


先生曰く先に帰ったそうだ。

だったら連絡くらいしてくれればいいのにと思いながら家に帰る。

マンションの部屋は暗く、美森先輩は居なかった。


あれ……? まだ帰ってきてないのかな? どこに行ってるんだろう。


ふとリビングのテーブルの置き手紙を見つけた。


今までありがとう。


そう書いてあった。


それを見た瞬間、嫌な予感がした。

思わず、飛び出し、走り出した。


確証があったわけじゃない。

ただなんとなく、美森先輩はあそこにいるんじゃないかと思った。


息を切らしながらついたのは美森先輩の家の前。

庭付きの大きな家だ。

ここに向かう最中何度も電話したけど出なかった。

そのことに不安を覚えつつインターホンを押した。


数十秒待っても何も反応がない。


そうだよな……確かこの時間帯は誰も居ないって美森先輩言ってたし。

何をやってるんだろう僕は。


だけど何故か嫌な予感は晴れず、玄関の扉に手をかけた。


……あれ。玄関の扉の鍵がかかってない。


あらゆる最悪の可能性が思い浮かんでしまった僕は家の中に入ってしまった。


……ふ、不法侵入だけど……そんなこと言ってる場合じゃないよな。


罪悪感を抱きながら家の中を歩いていると灯りがついているところがあった。


……誰かいるのだろうか?


灯りのある部屋に向かうとそこはリビングだった。



そしてそこにガソリンタンクを持った美森先輩は居た。

首にはヘッドホンをかけている。



「あ、和谷くん。来ちゃったんだ」


「……な、何をしてるんですか? それガソリンですよね? あ、危ないですよ」


「うん……そだね」


言葉ではそう言っているがそんなのは気にしていない様子だ。


というか、ガソリンなんて一体どこから……?

ふと庭の方に目を移すと倉庫の扉が開いていた。



「ああ、うちさー災害が起きた時ように発電機を持ってるの。これはその発電機の燃料用のガソリン」



僕の様子を見て察したのか美森先輩は説明してくれた。


……いや、今はそんなことどうでもよくて。

問題はそのガソリンで何をするつもりなんのかということだ。



「……は、早く家に帰りましょう。今日はー」



話している最中に美森先輩はポイと僕に鍵を投げてきた。

それを反射的に受け取る。


それは美森先輩に渡していた僕の家の鍵だった。



「もういいや。それいらない」


「……え?」



まるで拒絶するかのように美森先輩は言った。



「危ないからさ、和谷君帰った方がいいよ。今からこの家燃やすから」



そう言いながらガソリンタンクを開け、自分にかけた。



「!?」



思考が追いつかない。何を言っているんだ? 何をやっているんだ?



「ど、どうしてそんなこと……」



ガソリンまみれになりながら美森先輩は僕の目をじっと見つめた。

話すかどうか迷っているのだろう。


しばらくたって「まぁ和谷君ならいいか」と話はじめた。



「この前さー家に帰ってる時に久しぶりにお母さんを見かけたんだよ」



淡々とした様子で話す美森先輩に少しだけ距離を感じながら黙って頷く。



「お母さんさ、知らない男の人と子供と3人で歩いてた。その姿がさ、すごく幸せそうでまるで仲のいい家族みたいだった」



「………………」



「私には向けたことのないような優しい笑顔が知らない子供に向けられてた……お母さんのあんな顔知らなかったなぁ……」



そう寂しそうに呟く表情は泣き出しそうで憂鬱そうだった。


ああ、そういえば美森先輩の口からお母さんのこと「嫌い」って言葉聞いたことなかった。

……たとえ、暴力を振るわれていたって、嫌われていたって、美森先輩にとっては唯一の母親なんだ。

代わりなんていないんだ。


いつか、きっといつか、自分のことをちゃんと見てくれると信じていたのかもしれない。

普通の家族みたいになれるかもしれないと希望を持っていたのかもしれない。


僕も美森先輩と同じ立場に立ったら……



「だからさ、もうなんか……私って要らない子だったのかなって思って。この家も私の存在もお母さんにとっては邪魔なのかなって……」



……だから全部燃やして消そうとしているのか。

自分もこの家も。



「あーあー私の人生間違いだらけだったなぁー離婚した時一人ぼっちのお母さんについて行ったのも、騙されて付き合ったのも……」



震えた声で天井を見上げる。

頬をつたっているのは涙なのか、ガソリンなのか分からない。


ああ、そっか……今の美森先輩はあの時の僕だ……

何もかも嫌になって、どうでもよくなって、なんで生きてるんだろうって……



「間違いだらけなんて、そんな悲しいこと言わないでくださいよ」


「なんで……泣いてるの?」



気がついたら僕は泣いていた。

美森先輩の辛そうな顔を見ると悲しくてたまらなくなる。


だから泣いているんだ。



「……そんなに他人のことで頑張らなくていいよ」



それは違う。



「僕にとって美森先輩はもう他人なんかじゃない」



涙を裾で拭きながらそう言って一歩、間合いを詰める。

僕だって他人のためにここまで言えるような心なんか持っていない。



「っ!!………………」



言葉を詰まらせた彼女は体を震わせながら俯く。



「うるさい。うるさい、うるさい!!……私にはそんな言葉届かないんだよっ!! 薄っぺらく感じるんだよ!」



手を力強く握りしめ拒絶するかのように叫ぶ。

彼女の怒りがまっすぐに自分へと向けられている。

言葉にできないほどの激情が僕に向かって放たれる。



「私は他人なんかじゃないんでしょ? なら……私と一緒に逝ってよ!!」



そう叫んで、突き放すようにガソリンタンクを渡された。

僕を疑うような嘲笑うかのような冷ややかな表情をして突き放す。拒絶する。


そしてライターを両手で持って僕に見せつけてきた。



「どうせそんな覚悟もないくせにっー」


「いいよ」


「ーは?」



僕は頷きながらガソリンを体にぶっかけた。



「何……やってるの?」



信じられないものを見ているかのようにガソリンまみれの僕に言った。

呆然と震えている瞳が僕を見つめている。


声も震え、ライターが落ちてしまいそうなくらい指先まで体が震えていた。



「……本当に居場所なんかどこにもなくて、生きるのが辛いだけだっていうのなら僕も一緒に逝く。最後までそばにいるよ」



僕は……あの夜、君に救われたんだ……君が覚えていなくても僕は覚えている。

分からないだろう。たった一日だったけど僕がどれだけ救われたか。


だから言うんだ。



「だけど、少しでもまだ死にたくない。寂しい。居場所が欲しいと思っていてくれるのなら、僕が美森先輩の居場所になるよ」



屋上で出会った日から今日まで、一緒に紡いできた時間は決して無駄なんかじゃない。

だって、君は……隣でいつも楽しそうに笑っていたじゃないか。


だから手を差し伸べるんだ。



美森先輩は唇を震わせ、目に涙を溜め、今にも泣き出しそうになっている。



「……無理だよぉ……無理なんだよぉ……ここまでしてくれても……私は……」



弱々しくふるふると首を振った。



「わ、私……の元彼と別れたあと、偶然聞いちゃったの……1年前のいじめは元彼の告白が成功するためにやったんだって……私がいじめられてたのも、それを助けてくれていたもの全部作戦で……演技だったんだよ」



………………



「…………『あいつ顔だけはいいから一芝居打ったけど、体に痣とかあって萎えた。女として欠陥品』って笑いながらいじめっ娘達に言ってた」



嗚咽で掠れながらも言葉を続ける。



「きっと和谷君は分からないよ……『ずっと』とか『守る』とか信じていた言葉が実は嘘で……自分の感情も騙されて生まれたもので……もう……何も信じられなくなってっ!!」



叫んでいるのになんて弱々しい声なんだろう。

まるで道に迷った子供のようだった。



「いつか……っ……和谷君が私のそばから離れて行った時にっ……言ってくれた事……全部嘘だった時……その時、私……耐えられるのかなって……だから、私は君の事……信じたくても信じることが出来ないんだよ……ずっと」



「じゃあ、出来るだけそばにいるからずっと信じてくれなくていい」



「……え?」


「信じて欲しいから一緒に居たいわけじゃない。だから一生疑ってくれて構わない」



美森先輩は涙を堪えながら突きつけていたライターを手放し脱力したように両腕を下ろした。



「そこはっ……ずっとそばにいるからって……言えよぉ……ばかぁ……」


「そんなこと言ったら美森先輩は傷ついちゃうでしょ? それにそれは言葉なんかじゃなくてこれからたくさんの時間をかけて証明していくよ」



落ちていたライターを拾い上げ、右手はライターを左手は要らないと言われてしまった合鍵を差し出した。


どっちを受け取るのは……彼女次第だ。



「……君の家に行ったのもほんの気まぐれで、都合の良い一時的な宿代わりだったけど……段々と……君の隣が居心地が良くなって……思い出したの……一人ぼっちは寂しい」


美森先輩は首にかけているヘッドホンを触りながら言った。


そして


ゆっくりと手を伸ばし鍵を握りしめた。



「光樹くん……わ、私……ずっと……君の隣に居ちゃあ……だめですか?」



溜まっていた涙がつうと彼女の頬を伝った。



「最初から、いいって言ってる」



鍵を大切そうに握りしめながら泣き出す美森先輩を優しく抱きしめた。





数年後



「おお〜綺麗だね〜桜のトンネルみたい」


「そうだね……この木桜だったのか……あの時は気づかなかったな」



桜が満開に咲き誇っているあの坂を今度は二人で登って、登った。


そして展望台に着いた。


まさか散歩の途中でここに来ることになるとは……


ここは……初めて美森先輩と出会った場所だ。


大きな桜の木が美しく満開に咲き誇り、空は青く、親子や老夫婦、カップルなど、色々な人がいて賑やかで……前に来た時とは正反対だ。


僕にとって大切な思い出の場所。



「おお、人が沢山いるねー」


「そうだね。ここってよくない意味で有名な所らしいけど」


「あぁ……自殺が有名ってやつか。あれ嘘だよ」


「え!? 嘘だったの!?」


なんでそんな嘘を……ってあれ? どうしてー



「私の人生間違いだらけだったけどさ」



そう言いながら美森先輩は走り出す。


そして振り返り



「あの日、ここでみっちーと出会えたことだけは間違いなんかじゃなかったよ」



桜の花びらが春風で舞い散りる中、美森先輩は満開の笑顔でそう言った。








最後まで読んでいただきありがとうございます!


「面白かった」と思ったら


下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


ブックマークもいただけると本当にうれしいです!


現在ヒロイン視点のお話です!!

こちらも是非お読みください!!


また違った結末となっております。


https://ncode.syosetu.com/n3649hm/




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[良い点] すごく良かった。 作者さんの、もっと長編の物語も読んでみたい
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