オリビア side2
「西の果てに追放された魔族が、なんで、聖都なんかにいるのか?っていうことだけど、皆が、巡礼をしている時に魔族たちも、聖都に仕事で来ているの」
「仕事?」
「ええ、仕事内容は明かせないけど、巡礼者の行動の妨げになるようなことはしていないわ。サラディスで、魔族に襲われたなんて話は聞いたことがないでしょう?」
ラーズの言うことには、一理ある。確かに、コミュニティを襲って返り討ちにあったという話は聞くが、コミュニティから襲われたなどという話は、旅団にいる間も報告に上がってきたことはない。
マリベルを見たが、マリベルも同じような感想のようだった。
「でも、それならば、なお一層、納得がいかないわね。なんで聖都で仕事をしているのか。」
「うん、それは、よくわかるけど、聖都自体が西の果てだと思ったことはなかった?」
意外な言葉に、私は、考え込んでしまったが、思い当たることも多かった。聖都を目指して旅をするものは多いけど、ウォーリッシュの村から西には、無限の荒野と呼ばれる荒廃地帯が広がっていて、巡礼の時以外は、聖都への人間の侵入を拒み続けている。
「まさかと思うけど、……私たちは、魔族に膝を屈するために、巡礼をしているの?」
自分でも、考えたくない言葉が出ると、はっとしたように、マリベルが、顔を上げて私を見た。口元にはそれを認めたくないという表情がはっきりとあらわれている。、
「そう心配することはないよ。私たちは、間違えてもあなたたちに信仰されるようなものではないし、そうしてもらいたいとは思ってもいないから。でも、あながち間違いともいえないわね」
ラーズが、再び、スキットルに口をつける。たぶん強いお酒が入っているのに、随分と飲みなれているなと、全く関係もないのに、感心してしまう。
「……巡礼の使命は、話せないけど、巡礼の成果は、人間に返ってくるものだよ。だから、だからこそ、魔族が、巡礼者に手を出すことはしないよ。……まあ、信じるかどうかは自由だけどね。まあ、巡礼の本質を語るのは私の仕事の範疇じゃないから、これ以上は聞かれても答えられないけど」
そうと、私は、一旦、口を閉じた。たぶん、これ以上聞いても、ラーズは答えてくれはないだろう。
巡礼に旅立ったものは、2度とは戻らない。聖都にて、栄誉をあたえられるから
教会の有名な教えの一つだ。それでも、巡礼に憧れるものがいるのは、その栄誉に興味があるのと、今の苦しい世界で生きるよりは、救われる死に方をしたいと思う人がいるということ、そして、寒村においては、確実に口減らしができるから。そういう理由に他ならない。
巡礼は、いままで、幾度となく行われて、記録こそないものの、老若男女問わず、多くの人が、生きては帰れない場所へと赴いている。その成果って一体。私は、少し、思考に更けていた。
「ところでラーズは、随分と落ち着いていますわね。」
少し時間がたって、マリベルの声に、はっと、正気に戻される。まさか、もう明け方かと思わず、窓の外を見るが、大して時間は立ってなくて、まだ、夜の闇が、そこに広がっていた。
「落ち着いている?そう?」
椅子に座ったまま、ラーズは、両手を広げて、おどけているようにも見える。楽しそうな笑みが、そこから零れている。
「ええ、さっきまでの話は、わかりましたけど。たぶん、これ以上は魔族も巡礼のことも教えてくれないのだろうということも。だから、これからの話をしたいのです」
ラーズの笑みは、変わらない。ラーズは、ゆっくりと、椅子を回すと、背もたれのところに、腕を置いて、そこに顎を乗せる。
「それなら、大丈夫よ。裁判までには、証拠はすべてそろう。そして、ベルグランデは、助かる。」
その言葉に、マリベルは、一瞬驚いた表情を浮かべたが、次に浮かんだのは、苦笑いだった。
「そんなに簡単にことが動くと思えません。おそらく明日からは、ここから出ることもできないようになってしまうでしょう。これで、何かができるなんて思えないのですが。
……ラーズあなたの考えは、あまりにも、楽観的過ぎます」
マリベルの口から冷たい言葉が、漏れだしたが、それを、ラーズは笑顔のままで受け止めているようだった。確かに、マリベルの言葉は正しい。ここから、一発逆転など、推理小説でも不可能なことだろう。
「なぜ、バンディーラが、ここを拠点に選んだのかわかっていれば、おそらく、そう言う言葉は出ないだろう。」
それに対して、ラーズが、よくわからない言葉で返した。バンディーラ……バンディーラ?どこかで聞いたことがあるような気がする。
「よくわからない返しをしないでください。もっと、これからどうするか計画的に行動しないと。」
「わかっているわよ。でも、それを作るのは私じゃない。あれのなのよね。……さて、休むべき時間なのに、話が長くなってしまってすまないと思っているよ。でも、わかって。
この困難は、必ず解決するよ。……与える。あれが、この困難の解決が、自らへの巡礼よりも優先されるべきだって考えたのだから。だから、今日は休みましょう」
最後の言葉は、ほとんど聞き取れなかった。ふいに襲い掛かってきた睡魔が、意識を刈り取っていくように私とマリベルは、ベッドに倒れ込むように意識を失っていった。




