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オリビア side

「とにかく証拠が必要になるということね」


「そう、それも、主張を覆すことができないくらいはっきりとした証拠が」


 そこまで聞いて、ため息を着いた。王国では、どちらかと言えば、証拠というものは主張を補強するもので、言葉や交渉能力に主を置く。いや、置きすぎる部分があったが、侯国ではまた別の理屈であるらしい。


「出立までの間は、私実家で、家業の手伝いをしながら、ノルディック侯国の復権派を探っていたんだけど」


「だけど?」


「実はね、この4年間近く復権派がノルディック侯国内で、何か行動を起こしたっていう形跡がないのよ」


「平和なのはいいことじゃないの?」


「そうね。でも、構成員が少なく見積もっても、1000人はいる組織が、動きを見せないなんて、不思議と思っていたら、巡礼に出ることになって」


「え?マリベル、あなたは、希望して巡礼に参加したのじゃないの?」


 巡礼には、大きく分けて、二通りの参加手段がある。1つは、自ら進んで巡礼に参加する方式。この場合参加できる旅団は、1つに限られる。今回は、フラジャイル旅団がその役割を背負った。


 そしてもう一つは、


「先触れがあったの。私の家に」


 それがどのようなものかは私も知らないけど、巡礼を行うようにと、家を訪ねてくる聖都の使者がいるらしい。それを先触れといっている。旅団長になるものの前には、必ず現れると言われている。


「その先触れは……」


「私と姉が、いるときに現れたわ。今ならはっきりとその姿がわかる。……なんで今まで忘れていたのかわからないけど……」


 マリベルはそう言うと、スクロールの一つに紙に筆を走らせ始めた。


「もったいないじゃない」


「これ、もともと廃棄予定だったから。」


 その迷いのない筆さばきは、日ごろから、絵を描きなれているのだなと、感心した。私も、職業柄、幾何学的なものは描く機会が多いけど、デザインのような物を描くのは苦手な方である。



「よし、できた」



 しばらく、その仕事ぶりを見ていたところ、あっという間に、マリベルは、絵を仕上げた。いままで、手先やその表情に注目していたが、私も、描きあがった絵に、視線を落とした。


「こうやって見ると、コミュニティのキノコそっくりだね」


「ええ……ねえ、マリベル。こっちの絵は?」


「あ……、たしか、こんな顔だったなって、思い出しながら書いたの」


 私のよく知っている人に、似ている……いや、似すぎている。


「あのさ、この人の髪の色とか、何でもいいから思い出すことはない?」


 マリベルは、少し思い出す素振りをした後に、髪の色と、特徴的な言葉遣いを私に教えてくれた。


「髪の色は、この色で……。ええと、言葉遣いは……」


 その特徴を聞いて、私の体に電撃のような衝撃が走った。


「そんな、そんな……」


 マリベルの言うことが正しいのだとしたら、私がよく知っている人だ。


「どうしたの?オリビア?」


 心配そうに見つめてくる、マリベルを見て、私は、意を決した。


「あのね……マリベル、」


「ごめん、遅くなった」


 言葉を遮るように、ドアが開かれて、ラーズが入ってくる。男女で部屋を別けているから、それも当然のことだろう。


「遅かったじゃないの?」


「少し屋敷の中を探検していてね」


 その声に、私も、マリベルも呆れた顔をする。他人の屋敷しかも、拠点に使っているような場所を許可もなく勝手に探検するなんて、やはり、魔王と呼ばれるから、傲慢にふるまうのだろうか?


 ……魔王、魔王か。


「ねえ、ラーズ」


「なに、オリビア。何かあったの?」


 ラーズは、置いてあったザックから、少し大きめの鏡を取り出して、何かしようとしているようだったが、私の声に、不思議そうに顔を上げた。


「ラーズは、誰かが、魔王って言っていたけど、魔王っていうことは、魔族の長なのよね?」



 一瞬ぽかんとした表情でこっちを見ていたラーズだったが、一旦視線を逸らして、鏡を覗き込んでいた。やがて、ため息とともに、再びザックに少し乱暴に鏡をしまい込むと、私たちの方へと向き直った。



「まず修正しておくと、私は、魔族の長じゃない。ただ、言葉は適切じゃないけど、確かにそれに近いものがある」


「でも、聖剣と聖杯の物語では、魔族は西の果てに追放されているはずよね」


 西の果てに、魔族を封じて、聖剣と聖杯は、聖都で深い眠りについた。その聖王遺物を手に入れることで、聖王が再び、人類の中から生れる。

 あの話にはいくつかのバリエーションがあるけど、大まかには、聖王になるために、聖都への巡礼をしている。


 だからこそ、今日一日不思議に思っていた。


「なんで、魔族が、聖都にいるの?」


 その言葉に、ラーズは、一瞬言われていることがわからないという表情を浮かべて、私を不思議素な目でみた。


「そう言われてみれば……確か、なんでって……なんで?って思う話よね」


 隣で、黙って聞いていたマリベルも、私の言葉に、納得したように相槌を打つ。


 私は、この質問にカマをかけていた。さて、どう答える?魔王 ラーズギトーナ。


「質問で返すようで悪いけど、いま、あなた魔族って言ったわよね?」


「ええ、言ったわ。魔王様。」


 2週間の間、私は、コミュニティたちと、様々に交渉をしながら、彼らのことを観察していた。顔を大きく隠しているコミュニティが多い中で、何人かは、その顔を覗き見る機会に恵まれた。


 


 衝撃的な光景だった。その肌には、金属が埋め込まれたようにむき出しになっていた。教本などで最初に目にする、最も魔族と呼ばれるそれが、そこにいた。



 まあ、そいつは、市場で、楽しそうに談笑しながら、アクセサリーを買っていってのには、いささか拍子抜けした。


「ふぅん……ということは、オリビアは、聖都に魔族がいることを知っているんだ。いい観察眼をしているね」


 とたんに、ラーズの眼光が鋭くなる。これは、魔眼というものだろうか?空気が変わったのを察したのか、マリベルが、即応できるように、そっと自分のお尻の下に手を入れている。たぶん、ダガーか投擲用のポーションがそこはあるのだろう。


「ああ、オリビア、わたしは、魔眼なんて物騒なもの持っていないから、落ち着いていいわよ。それから、マリベルも、その手の物騒なものは仕舞ってくれないかしら。私には、それは効かないけど、それを使われたら、対処せざる負えなくなるじゃない。」


 私は、その言葉に、従うことにした。ラーズの戦闘力は、さっき見たとおりだ。とてもじゃないけど、後衛2人の手に負えるものじゃない。もし、ここに、ロンディスやロアがいたらと思ったけど、ないものねだりをしても仕方がないと、納得し、マリベルの隣のベッドに腰かけた。


「いい子ね」


 ラーズはそう言うと、椅子を手でつかんで、椅子の足を蹴り上げる。ラーズの手の中で、椅子が一回転させると、そのまま床にゆっくりと置いた。いきなり始まったその光景に、私たちはぽかんと、口を開けたまま固まっていた。


「はい、おまた……なに?私がキレイすぎて固まっているの?」


「いや、それはない」


 マリベルが、冷たくも感じる声を上げる。思いもしなかった出来事で、素が出てしまっているようだ。


「そう言えば、自己紹介がまだだったよね。私は、今代の魔王 ラーズギトーナ・ウォーリッシュ。ラーズと呼んでもらっていいわ」


 親し気に、自己紹介をするラーズをみて、私は、マリベルに視線を送った。


「オリビア・コリナーデヴィル。今まで通りオリビアでいいわ」


「マリベル・スペーサーよ。」


 私の言葉を聞いて、ラーズが少し嬉しそうに口角を上げた。


「たぶんそうじゃないかと思っていたけど、オリビアは、王都の宮廷魔術師の第13位の人?」


 いきなり、私の前の役職を当てられて、びっくりするけど、それにかまわないように、ラーズは言葉を続けた。


「いや、友達に、元宮廷魔術師だった人がいるんだけど、雰囲気というか、纏っている空気がそのままでさ、ちょっと、最初見たとき驚いちゃったよ」


 どうやら隠し立てはできないらしい。


「不思議なものと、縁ががありますのね?宮廷魔術師が魔王と友達なんて知られたら大変なことになりますわ」


 そう言うと、ラーズは、微笑みながら、「違いないわ」と、楽しそうに呟いた。どうやら、別に過去を詮索するつもりはないみたいだ。


「そうね、オリビアたちと、せっかくお話ができるのだから、私のことも、話しておかないと」


 ラーズはそう言うと、懐に忍ばせていた……と思う、男物のスキットルの蓋を、左手の親指で外し、一口中身を飲むと、少しの沈黙の後に話し始めた。

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