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第六話

 荷物の確認が終わった後、わたしは、皆と別れて、通いなれた屋敷の廊下を歩いていた。


 ベルグランデ姉さまの裁判に向けて、お互いに協力していこうとする話し合いは物別れに終わった。わたしたちの主張は通らなかったものの、屋敷からたたき出されることもなく、皆は客間で寝泊りをして、わたしだけは部屋を与えられた。


 明日からは、別れて情報収集を行うことになる。本当ならお母様たちの力を借りたかったけど、今更横やりを入れにやってきて、これだけ怪しいことを言っているのだ。素直に協力しようという気にならないのは十分にわかる。わかっている。


 物思いに浸りながら、私は、鍵を持って、借りた寝袋を手に、廊下を進んで行く。先には、この屋敷の主人であるベルグランデ姉さまの部屋。



「この半年の間、入った人はいないんだよ。その鍵も合わなくてね。まあ、リスティルが行ってみたいというのなら、止めはしないけどね。」


 そう言いながら、お母様は鍵を渡してくれた。廊下を歩きながら、ベルグランデ姉さまを想う。わたしに優しかった姉さまが、唯一許してくれなかったのは、部屋の中に入ることだけだった。


「リスティルが大きくなったら、見せてあげる。か……もう、わたしは十分に大きいよ。姉さま」


 懐かしい思いを描きながら、その部屋の前に立つ。上には、ベルグランデ姉さまの小さな肖像画がかかっている。ベルグランデ姉さまの私室。


「そういえば、バンディーラ様、結局、姿を見せなかったな……どこにいるんだろう?」


 ラーズは、皆と一緒に残った。これからの行動の予定を打ち合わせるのだといっていた。今夜は、皆と一緒にいたいと言ったわたしに、ベルグランデ姉さま屋に泊まるようにと言ったのは、ラーズだった。


「今日くらいは、ゆっくりと、あなたのお姉さま、ベルグランデのことを思い出しておくといいわ。明日から、大変だけど、がんばりましょう。大丈夫。困難は超えるためにあるわ」




「困難は、超えるためにあるか。渦中にある姉さまの助けになることが、わたしにできますか?」


 肖像画の姉さまは何も答えてくれない。ただ、私のものによく似た、その深い色彩の瞳をただ私に向けるだけだった。


 わたしは、左手に持った寝袋を廊下に置き、右手の鍵をしっかりと握った。赤い小さな石がはめ込まれた羽の鍵装が、とてもきれいな……そして、何故かほのかに暖かいような気がした。


 鍵穴に、鍵をはめ込み、そっと回す。当然扉は開くはずはなかった。


「そうだよね。鍵が違っているってみんな知ってたから。そうだよね」


 何事もなかったから、鍵を抜こうとして、指が偶然にも、鍵装の小さな石に触れた。


 一瞬走ったのは小さな違和感くらいだった。しかし、次の瞬間、鍵の取り付け口に四角く切り込みが入ったと思うと、こちらに突き出されてきた。それが止まったとき赤い箱上のものが、ドアから姿を現していた。


 さっき見た、坑道の中に埋められていた小さな箱によく似たそれには、文字を映し出す板のような物が付いていて、次から次に文字がわたしからドアの方に流れていく。


 本当は文字じゃないかもしれないけど、わたしにはそうとしか見えなかった。


 やがて、その文字すべてが、ドアに吸い込まれて、画面が赤一色になる。それからほんのわずか後に、新たにその板の中央に文字が現れた。今度は、よく知っている、共通語の文字だった。


「第2位の入室許可の対象と認識しました。認証または、パスコードの入力を」


 に、認証?パスコード?文字はわかるけど意味の解らない言葉が大きく表示された板を見ながら少し困惑した。しかし、それが右手の印を表示したのを見て、わたしは、自分の右手をじっと見た。え?ここに置くっていうこと?


 意味が解らないながらも、害意のあるものではないと判断して、わたしはそっと右手を板に置いた。


 その板はすこし柔らかくて、力を入れると沈み込むような感じだった。


 しばらく、板の上に右手を置いていると、


「照合完了……リスティル入室を許可。……を特例として許可」


「ひっ、しゃべった?」


 不意に声が聞こえて、私はびっくりして、板から手を放す。


 その私の目の前で、ドアが、音もなくスライドしていく。ドアの中からドアが現れて、またドアの形をうしなう。やがて、その動きが加速していき、やがて、それがドアだったとわかる痕跡は消えてしまう。

 たくさんの赤い箱が浮かんでいる、かつてドアだった物体。その奥から、リフトの時とは比べ物にならないほどの赤い光がほとばしっていた。



 その暖かくも孤独を感じるその光を浴びながら、すっかり怯えたわたしは、そっと、右手を引っ込めて、皆のところに逃げようとした。



 不意に小さな白い手が、わたしの手を掴んだ。悲鳴を上げようとした口に小さな手が絡みつく。逃げようとした足はすでに小さな無数の手にからめとられて、まるでお姫様のように抱えられて、すでに宙に浮いていた。




 急な出来事に、わたしは、驚くことも、怯えることもできないままに、部屋へと吸い込まれていった。

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