第九話 ラーング旅団にて
「あれは、行った?」
不意に聞こえた少年の声に、ファラは、誰に言うまでもなく、一人呟いた。
「はい。行きました。私一人ですよ」
不意に、ファラの部屋のクローゼットが開き、男女が、3人床に転がる。ファラはそいつらを知っている。今日、行方不明になったはずのリスティルのパーティメンバーだった。すでに縄にがんじがらめに縛られて、芋虫のようになりながら、きつく猿轡をされた口を、もごもごと、動かしている。その上に、少年が座っている。
それは、ラーング旅団の聖者だ。
「遅いお帰りね?」
「君の指定時刻に間に合わせたつもりだ。もう少し早く帰ってくることができたけど、君がいいのならばそうしようか?」
その言葉にファラは冗談と、肩をすくませた。こいつらを、リスティルに会わせる故はなかった。そして、聖者の存在を、バンディーラに気付かせる故も。
「全く。帰還の聖者様は、相変わらず手際がいいわね」
「君に褒められるなんて嬉しいけど、僕に多くを求めるというのなら筋違いだ。あれと一緒にしないでくれ。僕はあれほどは強くはないからね」
帰還の聖者は、床に降り立ち、かつてリスティルの隊長と呼ばれた壮年の男の顔を見据えた。
「よう、元気?」
聖者に乗られた男は、閉じた口の中でもごもごと叫びをあげる。
「すまない、ファラ、こいつがなんて言っているのかわからない」
「ええ、乗ってもらえて光栄ですと言っているみたいよ」
それを聞いた、聖者が、心底嬉しそうに顔を歪めた。男の髪を乱雑につかみ、顔を近づける。男の目が、驚愕に見開かれる。ファラは、その顔を見ないふりをした。
「そうか、乗ってもらえてうれしいか?君に喜んでもらえるなんて本当に…本当に!僕は幸運だ!幸運なんだよ。君も、わかるよね?君に喜んでもらえる。こんなにうれしいことはない。僕はうれしいよ。ああ、こんなにうれしいことはない、君もそうだよね?」
聖者の顔が、心底嬉しそうにゆがむ。
「僕からの感謝は言葉じゃ表せない!君に、この気持ちをせめてのお礼をしないと!!でも、僕は君にあげられるものが何もないんだ。ああ…ああ、でも心配しないで。僕は、君がこんなことになった原因の場所に、靴を履かせて、送ってあげるくらいのことは、できるから。ああ、心配しないで、心配はしなくていいからね!」
聖者が嬉しそうに発した言葉、その意味に気が付いた、男は、恐怖に身をよぎらせたが、手遅れだった。ポウっと、聖者の手が光り、その光が男の体を包んでいく。治まったときには、男は、その部屋から消えていなくなっていた。
その光景を見ていたパーティメンバーの顔に恐怖が浮かび、猿轡の奥からくぐもった悲鳴にも似た言葉にならない声が部屋を覆った。次に目星をつけた、床に伏している次のパーティメンバーに聖者が話しかけていく。
ファラは、げんなりした顔で窓の外を見る。バンディーラとリスティルが、走っていくのが見えた。後ろで、くごもった悲鳴が、響いた。まだ、このショーは長く続きそうだった。