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第三話

 聖王廟の外は見知った景色だった。


 ベルグランデ姉さまと一緒に何の不安もなく過ごした場所。フォーディン家の別宅近くだった。ベルグランデ姉さまは、このことを知っていたのだろうか?わたしをどうしたかったのかわからないまま、森の中に整備された小径を歩いていく。


 その視線の先には、別宅の資材置き場になっていた小屋があった。


「リスティルがいるのならば、ここに連れてきた意味はわかると思うけど?」


 お母様の言葉にわたしは頷いた。この小屋からは、別宅に通じる地下通路がある。それを利用しているということなのだろう。


「しかし、その事は、知られていないのですか?」


「知られていないね。わたしも、ベルグランデ(あのこ)から聞くまでは、その存在も知らなかったよ」


 わたしは、内心驚きを隠せなかった。この通路のことは、てっきり家族の間では公然の秘密だと思っていた。そう言えばあの日、この通路のことを始めて教えてもらった時に、『この通路のことは、秘密よ』と言われていたのを思い出した。てっきり家族以外には秘密ということだと思ったけど、まさかそんな裏があったなんて。


「流石に巡礼服じゃ目立つだろう?屋敷には、いくつか服を準備してあるから、着替えるといい」


 それは助かると、ロンディスから声が上がったが、ロアは渋面を浮かべた。獣人の扱いについては、諸国で様々にあるが、ノルディック侯国では、特に上流階級に、獣人そのものを嫌うもののも多い。その点、ロアは、外見は獣人らしい獣人で隠しようがない。


「普通の服を着ているのを嫌うものもいるからな」


 如何に、ラクーサの勇者と言っても、その名声が届かない土地では自由に動くことなどできない。ましてや、皆巡礼に出ているはずの人間で、この場所にいないはずだったから。


「気にすることはないと思うわ。それに、リスティルのお母様の言う通りよ。ベルグランデの助けになりたいのなら、少し位の我慢は仕方がないわ」


 そう言って、オリビアは、ロアの背中を軽く叩いた。


「ここら辺は、私たちの勢力圏だから、見つかることはないと思うけど、急いでいくわよ。」


 お母様はそう言うと、髪留めを外し、小屋の方に向けた。髪留めの内側には小さな鏡が仕込まれているみたいだった。


 チカチカッと光が、小屋を照らすと、チカッと小屋から返事があった。そして、小屋の戸がゆっくりと開いた。


「さあ、行くよ」


 お母様の声に、頷き私たちは一気に小屋の中に飛び込んだ。




 小屋の中は、あのころと変わっていなかった。わたしたちは、一つドアを開けて、3つある納屋の内、ちょうど真ん中の納屋へと移った。


「さて、準備をしてくるから、ここで待っていて。受け入れ準備が終わったら、すぐに迎えをよこすからね」


 そう言うと、お母様は、自分の手勢を連れて、もう一つ先の納屋へと入っていった。


 後に残されたのは、わたしたちだけだった。


「あのさ……マリベル?」


 わたしは、さっきバンディーラ様とラーズギトーナを仲間から外したことに抗議しようと思い、マリベルに声を掛けようとした。その時だった。


「ごめんなさい、遅れたわ」


 不意に聞こえた声に、わたしは機会を失った。ラーズが何食わぬ顔をして、さっき私たちが入ってきたドアの方向から現れた。


「遅かったじゃない?」


 遅かった?わたしはその言葉を内心驚きながら聞いていた。


「いや~、バンディーラが、ここから出たくないっていきなりごね始めてさ。仕方ないから集合場所だけ教えてきた。今日の夜には合流できるよ」


「なら、いいんだけど。」


 いや、良くないんだけど。いつの間にそんな話が進んでいたの?っていうか、ラーズは、さっきまで一緒にいたよね?え、どういうこと?


 混乱しているわたしを尻目に、話は進んで行く。ただ、その話を統合すると、聖王廟で、バンディーラ様とラーズはひと悶着があったらしくて、へそを曲げたバンディーラ様が、ここから動かないって言ったらしい。仕方ないので、集合場所を教えてきたということだった。


 それを聞いて私も納得した。バンディーラ様の行動は読めないことの方が多いし、サラディスでも、しょっちゅういなくなることがあった。いつもの気分通りに従った行動なのだろう。


 ラーズのいきなりの登場で驚いたけれど、それがひと段落すると、みんなは、ホッとした様子で、納屋の中を見て回っていた。わたしは、しょっちゅう遊んでいた場所だったから、この場所に目新しさを感じることもなく、ただ、時間が過ぎるのをぼうっと待っていた。



 ふと、ラーズの方を見ると、ラーズも暇を持て余しているらしく、木の板の上に寝転がって、両手の指を頭の下に組んで、天井をぼうっと見上げているようだった。少し暗くて少し荷物が置いあるからそうだろうとしか思えないけど、その横顔を私が見ていることがわかったのか、白くて小さな、その手がこちらに向かって振られた。わたしは、一瞬驚いたが、ラーズが意外と気さくな人だとわかってホッとして、その手に振り返した。


 それに気が付いたのか、手のふりが大きくなった。わたしも、皆にばれないようにできるだけ大きく手を振り返す。



 しばらくそんなことを続けていただろうか。


「すまない、待たせたね」


 お母様の声が納屋の中に響いた。私は、手を振るのを止めて、お母様の方を向いた。


「みなの受け入れの準備が整ったから、一緒においで。そこのあんたも。一緒に来ておくれ」


 ラーズは、名前を呼ばれて黒い手甲を着けた両手を上げると、大きく伸びをした。


「ああ、私もいっしょに行っていいのだな?」


「ああ、もちろんさ。あんたもリスティルの仲間なのだろう?」


 いつの間に、ラーズとお母様は知り合ったのだろうか?そう言う疑問が生じたが、それは、ラーズによって差し出された手に遮られた。


「あっと、リスティル。こんなところでぼうっとしている暇はないよ。行こう。ベルグランデ姉さまを助けるのでしょう?」


 わたしは、頷いて、意外と大きなラーズの手を握り、立ち上がった。そうだ、こんなところで待ってはいられない。早速行動しないと、後10日しかないのだ。



 わたしは意を決して、みんなが待っているドアへと足を向けた。

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