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第二話

 扉が開いたとき、そこにいたのは意外な人物だったが、それは、相手にとっても、意外なことだったらしいお互いに、しばし硬直していた。想い出が、そこ事実を見据えることを拒否する。……だとしたらなんで、どうして、



「……お母様?」


「リスティル?いえ、そんなはずは……」


 そこには、4年近く前に亡くなったはずの、母がいた。


 たっぷりの沈黙との後に、喉の奥から絞り出せたのは、そんな間抜けな一言だった。


 相手の動きは早くて、私たちは、その時には、すっかり取り囲まれて、一触即発の状況に追い込まれていた。ロアやロンディスは、大鉈と大楯で、周りを取り囲んでいる兵士たちを威圧しているし、オリビアは杖に魔力を通わせているし、マリベルは、懐に手を入れている。たぶんあの手の先には、ポーションが握られているのだろう。


 ラーズは特に気にする様子もなく、辺りを見回している。さっきまで一番前にいたはずのバンディーラ様は……どこにいるのかわからない。


 さすがに、この状況は良くないと思い、わたしは、母親に事情を説明をすることにした。


「待ってください。私は、リスティル・フィリア・フォーディンです。敵対するつもりはありません」


 リスティル・フィリア・フォーディン?


 ざわめきが、場に広がった。それを、お母様が鎮める。


「リスティル?あなたは、本当にリスティルなの?」


「ええ、お母様、リスティルです。ここはいったい何なのですか?」


 そこには、机が運び込まれて、大量の書物と資料が整然と置かれていた。まるで、軍のころの本拠を思い出させるような、配置に、少し驚いていると、タイミングを見計らっていた、マリベルが、すっと前に進み出た。


「お久しぶりです。リディア様。マリベル・スペーサーです」


「巡礼に出されたと聞いていました」


「ええ、リスティルは、私の大事な友人です。ベルグランデ様をお助けしたいと、西の果より馳せ参じた次第です」


 マリベルの言葉を、お母様は、信用したようだった。周りの空気が緩んだのを確認すると、ホッとしたようにロアとロンディスが獲物をしまい、オリビアは、杖にため込んだ魔力を霧散させた。


「すまなかったね。リスティル。本当ならば親子の感動の再会を祝いたいところだけど、今はそういうときじゃないからね」


 わたしは、母……リディアの声に頷いた。


「もう、10日しかないんだよ。でもね、なかなか、相手の方が上手で、決定的な証拠をつかめないでいるんだ。ベルグランデも、自分にかかっている嫌疑すべてが冤罪だってわかっているはずなんだけど、全然動く気配がなくてね。まるで、運命に自分の身を任せてしまっているみたいなんだ」


 あの聡明な姉さまが?わたしは思い、思わず声を上げそうになった。


「もしかしたら、私たちのせいなのかもね……」


 ふと、私が、その声が聞こえた方を見ると、ラーズが来るときには持っていなかったはずの、奇妙な人形を左手に持って立っていた。


「ラーズ?私たちのせいってどういうこと」


 一瞬ラーズが、しまったという表情を浮かべて、わたしから視線を逸らした。


「いや……ね、ほら、……まあ、」


 何故か、困った表情を浮かべたラーズは、歯切れが悪い言葉を並べ続けていた。ラーズの言葉は、不思議に感じたものの、それよりも、状況を把握することが必要だった。



 全員の視線が、お母様に集中した。その視線に応えるかのように、深く息を吸い、話し始めた。


「ベルグランデを嵌めた相手のことを話すためには、ノルディック侯国の成り立ちから話さないといけないね」


 そう言うと、お母様は、本棚に立てかけてあった、一番古い資料を手に取った。


「むかしむかし、この国は、一人の王とそれを支える14の公爵家で成り立っていた。王とその公爵家たちとの間は比較的友好的な関係を気付いていた。しかし、ある時、王が狂った」


「巡礼に旅立った王子が、帰ってきたのだ。当初は帰還を喜んだ王だったが、その王子がまるで別人のようになっていたことに強い怒りを覚えた。そして、その原因が巡礼の地……聖都にあると確信した王は、その怒りに任せて、聖都に攻め入ることを決定した」


 その物語は別の形でよく知られている。強欲な王が、聖都の宝を強奪しようと画策する物語だ。


「当然、王を諫める立場にあった、公爵家たちは反対の立場に回った。だが、一つの公爵家だけが、王の行動を容認し後押しするような態度を取ったのだ。その公爵家の名は、トライバール家と言った。正軍とトライバール家の領軍、数およそ5000をもって、西進を開始した。それを見ていた13公爵家は、王家が堕落したと考え、武力をもって簒奪を行うことを決定した。」


 そこから先は、凄惨な粛清の嵐が吹き荒れたらしいが、不思議なことに王子だけは、そこ粛清から逃れたというよりも、王城に攻め入ったときには、その姿をどこにも見出すことができなかったらしい。


「王都の粛清が終わり、王家との縁を切るという形で、13公爵家は、降家し、13侯爵家となった。その後、王とトライバール家の軍を追いかけて、ウォーリッシュの村まで進んだ。しかし、いくら待てども、王もトライバール家の兵士たちは戻らなかった。5000の兵がどこに消えたのかは、未だもって謎とされているわ。そして……この時に、決定的な亀裂がノルディック侯国に生じてしまった」


 そんなに昏い生い立ちの国だとは知らなかった。わたしは、ただ、母の説明に耳を傾けるしかなかった。


「王と王子は生きていて、いつか、14番目の公爵家とともに帰ってくると。そう信じて吹聴する連中が現れたわ。それは、自ら、トライバール派、または復権派と名乗り、ノルディック侯国の中で暗躍してきた。今までは、大した活動はできていなかったけど、ここにきて事情が変わったわ。13侯爵家の中に裏切者が出たから。」


 まさかと思い、思わず母の目を見つめる。わたしの視線を受けて、お母様はゆっくりと頷いた。


「13公爵家末席のフォーディン家、その当主ロッカスと後継者ジェファスは、復権派と組みしました。すでにフォーディン家はその傀儡と化したも同然です。後は、邪魔者となったベルグランデを排除するだけという算段でしょう。」


 静寂が、場を支配した。何を聞くべきか、わたしは、考えて辺りを見回したが、バンディーラ様はどこにもいない。


「あの、お母様、お教えください。お母様は死んだはずでは?」


 お母様は、しっかりと頷いて、少し目を閉じた。そのまま口を開く。


「その事は、また今度話すわ。でも、リスティル、戻って来てくれてよかった。マリベルもよく無事に戻ったわね」


 その言葉にマリベルは、少し頷くような仕草を見せた。


「危ないところもありましたが、ここにいる皆に助けられました」


 わたしは、その言葉にかすかな違和感を感じた。しかし、いったい何がおかしいのか思い当たることもあるはずがなかった。


 オリビアが、みなの紹介をしていく。


「こちら、ジャルミナ王国で、王国の盾と称される、ロンディス。同じく、王国の宮廷魔術師のオリビア。あと、ラクーサ国家群の勇者隊の隊長のロアです」


 その言葉は、そこで途切れた。


「心強い仲間ができたね。さて、ここで長話は何だから、地上に出ようか」


 お母様、まだ、仲間がいます。ラーズギトーナと、わたしの主、バンディーラ様が。そう思い口を開こうとした。視界の端に、ラーズギトーナが歪な手に旗を持っている人形を左手に、もち、右手をそっとその口に当てて、悪戯っぽく微笑んだ。


 その顔を見ただけで、わたしは、口を閉じることを選んでしまった。誰にも強制されてはいないけど、ここで言葉を発してはいけない。そういうふうに、なぜか、思ってしまった。

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