序章 ???視点
「あなたの願いを、あなたに問おう」
腹が破れ、斬られた腸が腹から飛び出している、ただ無意味に死を待つだけの苦しさ、痛み。いや、ただ苦しみ悶えるために、私は、このわずかな時を生きていた。目の端には、持ち主を失った魔導銃が、銃口の奥の闇をこちらに向けている。それは、自らが、自由になるために、私がうごかなくなるのを待っているようだった。
そんな中、声が聞こえた。宿命が定まってからずっと聞こえている優しい声。
「あなたの求めるものを答えてほしい。あなたが欲するものを訓えてほしい。私が、私として、あり続けるために……そして、私をあり続けさせるためにあなたが支払った対価のために……」
仲間がいた……たくさんの仲間がいた。誰かの希望になりたいと望みを抱くものがいた、その人を支えたいと思う人がいた、その人に憧れる人がいた、未知の場所に好奇心を抱く人いた、そして、皆が、何かを得たいと願っていた。
そのすべてが、世界の一つになった。私は、ただそれを拒絶し、逃げ出し、ただ苦しみの中に身を置いた。
望みを聞く声を拒絶した。
「あなたが望むものは何?その望むものを得るために困難を超えることが必要ならば、我々が力になろう」
声が、近い。霞む意識に、見下ろすように、たたずんでいる聖者の持つ旗の星の光が飛び込んだ。
これは、私の罰……全てを捨てて逃げてしまった私の罰。この世界の終わりにまで、許されない……私だけの罰。
静かに意識が覚醒する。天蓋を彩る、聖剣と聖杯の物語が、飛び込んでくる。1時間も目を閉じていたのだろうか?廊下から聞こえてくるはずの見張りの音もなく、ただ、静寂だけが、この部屋を支配していた。
焦点が月光の中で合っていく。それでも、天蓋の絵が霞んでいる。
だが、描かれているものはすべて憶えている。
勇ましく剣を掲げる聖王と優しく聖杯を抱く聖女のありもしない物語がまるで、見てきたかのように華麗に描かれている。その端に、男性とも女性ともわからない小さな旗を持った何かが、小さく描かれている。この絵の中にある、たった一つの真実。
それを、見るたびにそれが、私を責めるように思えた。
ただ一人逃げて、今も逃げようとしてる私を、責めるように見ている気がする。
「ああ、お赦し下さい。お赦し下さい。」
自然と謝罪の言葉が出た。自然と、胸の前の手を組み、旗を持つものに、祈りを捧げた。
「人の境界よ、御旗を護るものよ。お赦し下さい。……赦してください。私は、贄にもなれず、あなたを助けることもできない無力で、卑小なものです」
小さく、小さく、謝罪と祈りの言葉を紡ぐ。自戒と自責の念が、心の奥から、首をもたげてくる。
いつしか、喉の奥から出る言葉は、自分を責めるものに変わっていた。
「私が間違えていました。私が間違えていました……」
私の手から離れた妹のことを思う。それを託した、旅団の一人のことを思う。この半年で、きっと、聖都にたどり着いたのだろう。もしかしたら、聖域により、栄誉を与えられたのかもしれない。
それでもいい。もう何にもなれないのに、ただ汚辱を貪るのは、……私のように辛いことだから。
「せめて、私が……に会えるように、ただ、見守りください。地上に堕ちた星よ」
眠りは、当然に訪れることなどなく、ただ、絡ませた指の先に映る旗の中に、もう二度と会うことのない、あの笑顔を思い浮かべた。不意に、とうに枯れはてたはずの涙が、頬を伝う。なぜ、この夜に、あなたのことを思い出すのだろうか?
もう会うことのない、あなたのことを……会いたい、最期に。本当はあって、謝りたい。もう、10日もすれば裁判を受けて、私は、きっと死ぬことになるだろう。惨めに、誰からも捨て置かれて、忘れ去られて死ぬことになるだろう。
私は、それでいい。
これが、抜け殻になってでも帰還しようとした者の末路ならば、ただただ受け入れるだけ。
フィルト
ラグルス
だからこそ、約定に従い、聖王と魔王となったあなたたちに、託します。
私の最愛の妹……リスティルを導いてください。
 




