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メルダ

 目まぐるしく変わる盤面、帝国の尖兵である、ノルディックとギアーズ連合部隊が、我らの先遣隊の側面をついていた。数にこそこちらに分があるが、装備などについては、彼らと相対するのは不利。


「おそらく、相手は、侯国と連合国家による特殊部隊と思わます」


 先遣隊が命を掛けて仕入れてきた情報を、咀嚼する。本来であれば、援軍を送るべきだろうが、こちら側の持っている戦力で彼らに対抗できる者は多くない。そして、下手な人員を送ることは、飢えたる彼らの前に、餌を放り込むことに等しい。


 かといって、彼らを見捨てることなどできようはずもない。


「救出部隊を編成する。王国の盾と宮廷魔術師は混合部隊を編成し、彼らの救出にあたれ。騎兵隊は、彼らの退路を断て」


 私の指示に、伝令が動く。陣内が、急にあわただしさを増した。



 やるべきことを終えて、自室に引き下がるとふうっと、椅子に背を預けた。


 この戦争が始まって、はや、3か月が経過しようとしている。大国である、エルディーロ帝国とギリーズ真神国は、旧来の敵国ではあり、何事かの因縁をつけては10年に1度という頻度で大規模な戦争を繰り広げている。


 

 私は、それが嫌いだった。



 考えても見てほしい、戦争が起こるたびに、獣人たちの国家を除き、周辺国はいずれかの大国へ従属し、大軍を率いて戦場へ馳せ参じる。


 兵士が足りない場合は臨時徴兵が行われる。臨時徴兵が行われれば、王都から活気が失われる。


 そして、失われた活気はもう、戻ることはない。少なくても、臨時徴兵されたものが、戻ってきたというを聞いたこともない。



 私の好きだった、ブティック、カフェ、素敵なお芝居の俳優。お忍びで訪れる雑貨店の好青年。みんな、みんないなくなってしまった。


 数こそ少ないが、この戦いに私兵を投じてでも参加したのには大きな意味がある。大きな投資をしていた、町の診療所の医術師モニカ。彼女が、徴兵の対象になったからである。



 私は、彼女を高く買っていた。医術という、レアな能力もそうだったが、なにより、彼女の願いに賛同したというのが大きい。私は、コーヒー一杯をそっと口に含む。そのほろ苦さが私の選択の困難を感じさせてくれる気がした。


 もし、誰かが言うようにこの世が美しいものだというのならば……それを示すものがきっとあるはずなのだろう。



「そう、報告ご苦労様」


 私は、紅茶を飲みながら現在のフラジャイル旅団の状況を聞いていた。あの黄金の巡礼路からの敗退によって、大きくフラジャイル旅団の勢力図は様変わりをした。

 フェリガン団長並びにアタックパーティの行方不明に伴い、元団長派だった者の中には、こちらへの帰順を申し入れたものも多かったが、スペーサー旅団の副団長側の勢力拡大に伴い、わずか3日を待たずしてフラジャイル旅団は、聖女派と新興派に本当の意味で分裂してしまった。


 現在、サラディス内では元フラジャイル旅団団員同士の小競り合いが続いている。そんな中でも、他旅団は静観を決め込んでいる。

 また、サポーターの多くを失ったことから、旅団自体の運営自体も厳しさを増していた。物資の奪い合いが日常化し、それが更に暴力を招き寄せる。


 この旅団は……もはやいつ空中分解してもおかしくない……そう、悪循環に陥っていた。


 ふと、壁にかけてある、ライトブリンガーに目を移す。光を固めて、それを鍛えたと称される至宝。王国における最大の国宝。それが私の手元にあるのは、あのいつとも知れない夢が影響している。


 誰もいなくなったことを確認して、ドアにカギを掛け、その剣を鞘から走らせる。虹艶めかく刃影を刻み、さしたる重さも感じずにそれは、私の手になじむ。



 ふと、机を見ると、聖杖が、私を見ていた。いままで、何も助けずに、何も応えなかったそれは、ただ、私に何かを語り掛けるようにだけそこあった。これを渡してきたのは、……たしか、少年だった。いや、そう思っただけかもしれない。


 聖域ダンジョン、聖なる大河攻略の最終盤、巨大魚との先頭に疲れた私達の前にそれは現れた。そして、手に持ったそれを差し出した。


「これ、聖王遺物だから。”貴方が疲れている。それでも歩こうと決めている時。私はその手を助けよう”そういう願いが込められてる。」


 そう言うと、それは、聖王遺物を私にあっさりと手渡した。名前を聞くこともできなかった。


 そして、無事にこの聖都サラディスについた、わたしは、あの聖女から地位を奪った。



 あの聖女……名前は何と言っただろうか?どんな声をしていただろうか?どんな顔だっただろうか?




 それを思い出そうとするたったそれだけで、とても頭が痛かった。記憶をたどろうとする時に思い出すのは、星、そして太陽と月の意匠だけだった。たぶん、あの聖女の……旗?



「太陽と……月?太陽と月?エルディーロとギリーズの国旗じゃない……」


 なんでこんなことを忘れていたのだろう……太陽と月は、あの大国、エルディーロ帝国とギリーズ真神国の国旗に共通する意匠。その前後が入れ替わって、2つの国は存在している。


 なんで前の聖女を思い出そうとすると、こんなものを思い出すのだろう。


「なんでこんな……こんなことを思い出すのよ。」


 苛立ちを机にぶつける。



 それでも、私の深いところでは、こんなことをしている場合じゃないと理解している。今動かないと、たぶん、もっと多くのものを失う。そして、失ったものは帰ってこない。


「もう、戻りたくない……あんなことを繰り返してたまるか……」


 ぎゅっと、ライトブリンガーを握りしめる。もし、この力があったのならば、あの時にあんなに深い後悔などする必要はなかった。そして、することもなかっただろう。




 血の匂いが本営内に漂っている。遊撃隊と化した、敵軍……それも最上位の警戒対象。真神国の真打。代行者。いつの間に、本営に忍び込んだのかすら明かではない……。

 さっきの不意打ちで、腹をやられてしまった。なんとか、自室にまで退却できたけど、手詰まり。そう、完全に手詰まり。


「ごめん……ごめんなさい……」


 王都にいるはずの父親と母親に涙ながらに謝罪する。わかっている。なんでこんなに苦しいのか、なんでこんなに悔しいのか……。


 喧騒が近づきドアが破られる。並ぶ鎧たち、その奥から、戦場に似つかわしくもない衣に身包み、聖印を胸に携えた人がただ一人入ってくる。逆光の中、私はそれをただぼうっと見ていることしかできない。多分女性で、とてもきれいな人だろう。聖女。そう言う言葉が、頭によぎる。

 でも、何もすることができず、ただ、相手が近づいてくることを見ていることしかできなかった。もう、私には自由になるものなど何もなかったのだから。


「貴女で最後です。こんな目にあって苦しかったでしょう」


 掛けられたのは、以外にも優しい言葉と声色だった。今が、戦場にあることすらも忘れて、私は頷いてしまう。


「貴女の願い……こんなところで朽ち果てたくはないでしょう?」


 そう、私の願い……こんな理不尽でこんなに不条理な世界の中にも、きっと美しく輝くものがある。それを見て見たい。可能であれば、それに触れたい。


「そう、その願いは、人間があってこそのもの。さあ戦争は終わり。戦士たちは巡礼に向かうわ。痛くて辛かったでしょう?それも、これで終わりよ」


 手が差し伸べられる。その手を取れば、私は、全てが終わることを知っているそれでも、その手に縋った。涙ながらに、その手に縋りついた。




 優しい声と、髪を撫でる指の感触。全てが夢の中とわかっていても私には、それだけが確かなことだった。



 今の状況は、あの時と比べても悪い方にあたるだろう。でも、今度こそ、失わない。今度こそ亡くさない。


「もっとも、この世できれいなもの……聖王遺物を手にするまで私は、決して」


 ライトブリンガーがから勇気をもらった気がした。そのまま、私は部屋を出る。相手がいるのならば対処しないといけない。

 休暇は終わったのだ。

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