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シュガーナ(前編)

 その日、不意に訪れた賓客の報せは、シュガーナが滞在している陰聖の街 セートにある巡礼の総本部にも、大きな驚きを持って迎えられた。


起因ソスペイル様と、始祖ペルナ様が?聖域深部バックヤードに?」


「ああ。始祖ペルナ様は、自身(聖王遺物)を回収する目的があるからわかるが、起因ソスペイルさまについては、目的は不明だ。もしかしたら始祖ペルナ様が呼んだのかもしれないな」


 話をしているのは、先代の魔王である、ソンブーラ。途方もない大男で、影でできたマントのような羽が特徴の先代の魔王だ。その外見から勘違いされることも多いが、決して、血気盛んではない。聖域の街と聖域ダンジョンにおける情報通であり、その見かけによらず、話し上手である。面白い人物ではあるのは確かだが。


「どういう意図なのでしょうか?既に巡礼は大詰めです。これから、最後のイベントに向けての準備などもあるのですが……」


「ふむ……考え着くのは、主催のファラに関することである可能性が大きいな。」


 それを聞いて、内心焦りにも似た感情を私が感じたのは、決して、間違いではないだろう。


「ファラに関することは、私もわかる範囲で答えている。十分に聖王としての役割ははたしているはずよ。疑念を感じるのは、十分にわかるけど……」


 私のその声に、ソンブーラは、うんと頷くと、少し目を閉じて、逡巡しているようだった。何か知ってることがあるのだろうか?不意にその姿勢に不安を感じる。そんな折だった。



「シュガーナ様、起因ソスペイル様がお着きです」


「着たか。さて、私は、これで失礼させてもらおう。外に待たせている者もいるのでな」


 ソンブーラは、すっと、椅子から立ち上がると、部屋から出ていく。入れ違いになるように、起因ソスペイルと、聖剣、そして、帝国親衛騎士が入室してきた。



 明らかに空気が変わったのを感じる。明らかな臨戦態勢。ソスペイルからは、それを感じ、無意識につばを飲み込む。


 ペルナとならば、容易に負けることはないものの、ソスペイルと私の相性は最悪に近い。おそらく私と事を構えるつもりは、ソスペイルにはないことは明らかだが、隣に聖剣、そして、自らの懐刀である、帝国親衛騎士を引き連れているのを見ると、これから、話すことが、決して世間話や、単なる状況報告ではないのは明らかなものだろう。


 私の緊張が伝わったのか、ソスペイルが、ふっとこちらに微笑み掛けた。


「コミュニティにおいては、人間の未来のために、骨を粉にする思いで協力してもらっている。このことについて、こちらとしては、十分な謝意を持って、応えたいと思う」


 微笑みこそ浮かべているのものの、その目からは決して友好的な目的ではないことは確かだった。


「起因様よりそのようなお言葉を賜れるとは、下々のものとしては、身に余る光栄にございます。」



 ちょうどお茶が到着する。入ってきたのは、マリアだった。



「……シュガーナさま、お茶を……、陛下?」


 そう言えば、マリアの出身は、帝国だったということを今更のように思い出し、そして、今の状況であれば、当然にこの結果を招くことに考えの至らなかった、私は……自らの浅慮を悔いたが、


「君は、帝国陸軍23旅団のマリア騎士長だったね?」


 起因ソスペイルは特に気にしたこともないように、立ち上がると、マリアの前に立った。


「は、はい。ま、マリア騎士長であります。こ、皇帝陛下におかれましては……」


「ふふ、聖域ここでは、気にしなくていい。君たちはよく頑張った。君のことは、他の者からもよく聞いている。これからは、このシュガーナの元で、様々なことを学び経験するだろう。君たちの成長に、私も期待している。」


 それだけ言うと、起因ソスペイルは、壁際で控えている、帝国親衛騎士に、マリアの持ってきた茶器を並べるように指示する。その騎士は、かすかに頷くと、マリアから茶器を受け取り、それぞれの席に並べた。


「あ、あの、指示されたのは3つということでしたが……」


 起因ソスペイルの横に掛けている聖剣に目を向けながら、不安げにマリアが、騎士に問いかける。


「彼のことは気にしなくてよい。さて、マリア騎士長。そろそろ、他の来客も来る頃だろう、戻ってよいぞ」


「……」


 嬉しそうに、一礼し、マリアは、ドアから出ていく。



 足音が遠ざかっていくのを確認して、私は口を開いた。


「筋がいいでしょう。今回のコミュニティに今のところ、50人ほど加入しましたけど、素晴らしい才能の持ち主も多いですよ。」


 その言葉に、起因は、満足そうにほおを緩めた。聖剣は無関心を装うように、机の上の置物を玩んでいた。



 しばらくの間、緊張ともまた違う沈黙が流れた。私は、ゆっくりと紅茶に口を付けると、そっと、窓の外を伺う。起因と聖剣も、似たような何かを感じたらしい。帝国親衛騎士は、一礼すると、そのまま、扉へと向かう。



 どうやら来たらしい。ソスペイルの時とは違う緊張が、私を襲う。


 ドアが開く、そこには中枢騎士を伴ったベルナが立っていた。


 帝国親衛騎士が、開いたドアから出ていくと入れ違いに始祖ペルナが、部屋に入ってくる。明らかな血の匂いが、鼻腔を突いた。


「ずいぶんと、またやったみたいだな」


 起因ソスペイルの声に、始祖ペルナは、穏やかに微笑みを浮かべる。慈愛に満ち、もし、この場に、真神国ギリーズの住民がいたら、膝をつき赦しを請うだろう。



 真神国 教皇兼大聖女 ペルナ・ギリーズ


 そして、


 エルディーロ帝国 現皇帝 ソスペイル・エルディーロ



 表向きには、敵対し、10年ごとに人間の生存圏のすべてを巻き込んだ、大きな戦争を起こしている2国の長が、この部屋に集まっている。


「ずいぶんと遅かったようだが、」


「ええ、噛みついてきた犬にお仕置きをしていただけですわ」


 やっぱりと、私はうんざりした視線を始祖ペルナに向ける。


「あら、シュガーナ?ちゃんと訓練してあげてって言ったでしょう?」


「ソルティーラと、リリームをボコボコにしたんですね?もう、絶対に勝てない相手には、本当に始祖ペルナ様は強いのですから」


「あら、じゃあ、今度は、ソスペイルとあなたが闘うところを見て見たいかしら?5年前から、どこまで粘れるようになったのか、見者よね。」


 残念だが、そんなつもりはないし、そんなことをしている余裕もない。


「では、ペルナ様、今回の集会の目的をお教えください。」


 私の声に、始祖ペルナは、目の前に置かれた紅茶に、わずかに口を付けた。



「端的な問題だけを言うわ。3人の巡礼者が、聖域の街サラディスから消えたわ。その3人は、ラーング旅団所属 ジェームズ マリー ペリアールこの3名。なお、聖域から正規の手順で出た形跡はないわ」


 その言葉に、起因ソスペイルの目が鋭くなる。こちらを見ている。このことが本当だとすれば、大きな問題が起きてしまう可能性を秘めている案件になる。


 もし現実に帰ったのだとすれば、聖域の真実を伝えられてしまうかもしれない。そうしたら、全てが水泡に化すそういう危険性をはらんでいる。



「……残念ですが、私には心当たりがありません……」


 私は、そう呟くように事実を伝えるしかなかった。


「私は、あなたを責めているわけじゃないわ。あと、もう一つ。始源様に関することです」


 まだあるのかと、私は驚いた。


「それについては、私も把握している」


「もしかして、」


 そう、前回の時も大きな問題になった件だった。


「そう、到着直後、始源様の行方が1週間もの間、捉えられなくなったという事案が発生しました」


 もっとも、始源の力自体は、確認できていた。だから、どこかの聖王遺物のところに遊びに行っている……、装楽観的に考えていた。



「偶然ですが、ある場所で、会話が録音された魔導器を回収できました。皆さんにも早速聞いてもらいましょう」



 テーブルに置かれた、魔導器から、録音されたデータが、再生される。



「あなた様に、私が、依頼したいことは以上です」


 ファラの声だ。いつもの精悍さが掛けているように感じる。声から感じるのは、焦燥だろうか?そして、


「……」


 小さな声が、何かの返答を返した。これは聞き取れない。


「そんなに言わなくても大丈夫だよ。大丈夫。でも、良かった」


 起源様の声が、聞こえる。一体何が起きているのか?



「……」


「そう言ってもらえれば、私も幸いです。ありがとうございます」


 ファラの安心したような声が聞こえた。その直後だった。




「また会おうね、お兄様」


 起源様の嬉しそうな声が聞こえ、その短くて、長い再生が終わった。。



 一瞬で、部屋に痛々しいほどの沈黙が覆ったのを感じる。ソスペイルが驚いた表情を浮かべ、そして、内容を知っているはずのペルナの顔も蒼くなっている。そんな中だった。


「……彼らが来ているのか、道理で」


 聖剣は、玩んでいた置物を、そっとテーブルの上に戻した。


「道理で……」


 置物に剣で切ったような跡ができ、やがて、真っ二つになる。


「道理で……」


 テーブルに同じような線が入る。私は、あまりに恐ろしく、そして、畏れ多い聖剣の表情を見ることなどできはしない。



「聖剣……止めろ。いずれ来るとわかっていたことだ」


 起因ソスペイルが、それを止めさせる。



 聖剣が落ち着いたのを見て、改めて、ソスペイルが、わたしの方を向く。


「シュガーナ、話してもらうぞ。ファラについて、お前の知っていることを」


 凍てつかせるような冷たい瞳。私は、頷くと、帽子を脱ぐ。


「確かに私は、現聖王を、支持しています。その私が、疑われるのは当然です」


「シュガーナ。もう、そういうことじゃないわ。あなたの知っていることを私達も知りたいなって思っているだけなのよ」


 始祖ペルナの言葉はどこまでも優しいが、それは、こちらをおもんばかってのことではないだろう。


 臨戦態勢の二人を前に、私は、もう隠しとおすことはできないというあきらめに似た気持ちにも襲われていた。


 ゆっくりと右手を差し出す。生贄のように差し出されたその手に、聖剣の手が添えられた。

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