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フォビア旅団

 時間の記憶が曖昧。数日たったような気もするし、対して時間が立っていないような気もする。


 何だろう。何かをやり遂げたようなそんな感じがあるけど、それはとてもゆるゆるとして、私の中からゆっくりと、抜け出していく。



 うっすらと目を開ける。さっきとは違う景色。周りはとても赤くて……そして、ぬめぬめと生暖かい。



「血なのかしら?」


 それが、誰のものかなんてどうでもよくて、でも、ここで血が流れているということは……


「ああ……そうか……帰ってきたんだ」


 不思議と胸の奥からこみあげる安堵感。何とか動く頭をぎりぎり音を立てながら、足を見下ろすと、自らを見下ろすと、腰から下は赤い残骸になり果てていた。ただ、そこから上、主要となる部分は無事だった。


「良かった。」


「全くよ。3日も探したのよ。よく頑張ったわ」


 頭の上から声が聞こえて、ふっと、髪に手触れる感触。細く、優しく、そして、慈しむようなその御手。その手に抱かれる。ふわふわとした高揚感。


「本当に、待たせたわね。あなたを、アメリアの御名と御姿から追放しましょう」


「……本当に追放していただけるのですか?」


 心の中から湧き上がってくる歓喜。その声に答えるよう、その人は微笑み、頷いた。


「ええ、もうあなたは、アメリアではありません。古来からの法に従い、あなたをアメリア御名から追放いたします。そして、あなたをアメリアの御姿から追放します。あなたは、何でもなく、何にもなりえません」


 その言葉が胸にしみこむと、目から歓喜の涙がただ、頬を伝った。追放してもらえる。嘘じゃない。本当に。


「はい、私は、アメリアではありません。追放を受け入れます。追放してください」


「いい子ね。さあ、悲しい夢は終わりよ」


 額に口づけが落とされる。ああ、私は、アメリア(こんなもの)ではなくなります。姿がなくなった私は、自分の役目をようやく果たせます。ああ、ああ



 ……それは、なんてなんて幸せなのでしょう……




 紅い光が、瞬いた。


「お帰りなさい。私の聖王遺物。あなたは誰でもなく誰でもあり。何にもなれず、何にでもなれる」

 

 赤い塊が、ぐずぐずと蠢いている。やがて、それをペルナは、愛おし気に右手抱き上げるとそっと頬ずりをした。ああ、この子がこんなに傷ついてと、ペルナの喉の奥から、悲し気な声が上がる。


「ええと、あの、元祖(ペルナ)さま、お怒りなのはわかりますけど、そろそろ拘束を解いてくれませんか?」


 せっかくの時間に水を差さないでほしいというように、ペルナが振り返る。そこには、真神国ギリーズの中枢騎士により拘束されている、ソルティーラとリリームがいた。


「あら、いたの?小汚い小物の配下。鼠らしくもう逃げたと思っていたわ?」


「無茶ぶりしないでください。私だって、自分の実力くらいわかっています。あなた様に、勝てる見込みもなければ、あなた様から、逃げられるはずもないでしょう?」


 ソルティーラの抗議に、それもそうねと、一人納得したように、ペルナが左手の人差し指でゆっくりと地面を指さし、少しはねたた。騎士はすぐにその意図を察し、ソルティーラとリリームの拘束を解いた。

 ソルティーラは、ほっとして、肩を回し、リリームは、パンパンとスカートについた埃を払った。その後、ソルティーラとリリームは、ペルナに膝まづいた。


「ソルティーラ並びにリリームは、コミュニティとして、責務を果たしました。これを報告します」


「良い」



 すっと、ベルナが左手を上げた。ベルナの指示で、一部の騎士を除いて、その場から撤退を開始する。


「どういう心変わりかと聞くのは野暮かしら?ただ、あなたの職務のへの忠実さは、これからも期待してよろしいのでしょうか?鋼魔の仔」


「はい。これからも、人間のために注力する次第です」


「わたくしも、同じく注力いたします」


 ふふっと、微笑みを浮かべ、ペルナは、二人の前に進み出る。その顔には慈愛すら感じる笑みが浮かんでいた。そのまま、二人の間を進む。


「確かに、ここは戦場とは異なる。弁えぬものには実力でこれを排する必要があるが、ここに命のやり取りはない。あるのは、(栄誉)だけ。だが、これは重要な戦い。先の戦いで散ったものと、この地で栄誉を得たもの力を使い、我々の未来が続いていくための闘いでもある。……最初に言ったわね」


 二人は項垂れる。それを見ていたペルナであったが、ふっと息を吐いた。


「平時において反攻的な態度こそ散見されるものの、今回のアトラクションのイベントに、自らの能力を最大限に活用し、またトラブルに迅速に対応した点は十分に評価される。あなた方の行動が、他コミュニティにも伝わるように、今後も、より励むことを期待するわ」


 二人は、驚きに顔を上げる。それを見て、ペルナは、悪戯っぽく微笑んだ。


「……とはいっても、そのトラブル解消のために、私の聖王遺物をこんな目にあわせる必要があったのかは、疑問ね。」



 冷たくいい放つと、ペルナは二人を立たせる。


「さて、凱旋しましょうか。私たちのバックヤード第9聖王遺物(陰聖の街『セート』)へ。そこで、あなたたちが、私の聖王遺物にしたことの憂さを……少しは、晴らさせてもらうわ」


 これから自らの身に訪れるであろう、不運をリリームはそっと噛みしめた。その震える手を、ソルティーラがそっと握る。


 その光景を、見ながら、どこまでぼろぼろにできるか、二人でどう限界試験を行おうか。と思っていたが、これは、あまり、手ひどいことはできないと、ペルナは感じた。

 ただ、痛い思いをした私の聖王遺物のために、この二人を5回くらいは優しくバラバラの肉塊に変えて、今日はそれくらいで許してあげようと、思った。




「全く、なっていないわ。少し肉塊(戦闘不能)になっただけじゃない。自らの形を思い出しなさい。武器をとり、立ち上がりなさい」


「あの、元祖(ペルナ)様。」


「ほら、シャンとなさい。

 ソルティーラ、盾と右足の再生が遅れているわ。あと、30秒以内に、両方を再生・再構築を完了させなさい。できないのならば、一回あなたに特殊状況を与えるから、何が悪いのか考えながら、今度は意識だけで、再構築をしてみなさい。

 リリーム、上半身が消し炭になったくらいでぼうっとしていないで、それが限界じゃないでしょう?なんで防げなかったのかしら?ほら、さっさと再生して武器を取りなさい。ちゃんと相手に最適化しないとだめよ。ああもう、その武器は、私に効果がうすいって、さっきやってわかっているでしょう?


 ……もう、あなたたち二人は、本当に、少し褒めるとこうなんだから」


元祖(ペルナ)様」


 ペルナは、ふぅっと息を吐くと自らの騎士に向き直った。つい、熱くなって指導に熱が入ってしまった。目の前の惨状を目の当たりにして、騎士は、ほんのわずかに、その二人に憐憫の視線を二人に向けていたが、ペルナが、何の用向きかと問いてきたので、その視線をペルナに戻し、膝をついて伝令を伝えた。


「アーガイル旅団団長のソスペィルさまが、聖王遺物を伴ってお見えになられています。いかがいたしますか?」


「あら、起因ソスペィルが?そう、じゃあ、行くしかないわね。二人とも、今日はここまでにしておくわ。次には、少なくとも私に一太刀くらいは、入れられるようにゆめゆめ鍛錬を怠らないようにしなさい。



 では、二人を頼むわ」




 後を、騎士に託し、ペルナは、競技場の控室で身支度をする。そして、お忍びであることを示す太陽と月の紋様が入ったフードを深く被った。


 セートの街は、ペルナにとっては、真神国の居城である大聖堂同様に、裏道までよく知っているホームでもあるが、同時に決して気を抜くことができない場所でもあった。


 中枢騎士たちに守られるようにして、ペルナは、街に出る。住民は、その姿を確認すると、おしゃべりを止めて、視線をそらし身を固くしたり、家に入り窓を閉じたりして、まるで、ペルナとはできる限りかかわらないようにと、心がけているようだった。




「全く、ちょっとバックヤードの視察に来たくらいで、逃げるなんて、なっていないわ」


 そんなことを言いながら、ペルナは、指示された大きな屋敷の前に立つ。コミュニティリーダーが維持管理を任されている屋敷で、巡礼中の聖王遺物のメンテナンスを行ったり、巡礼のイベント管理を行う重要な場所になっている。



 感慨なくなく、ぼうっと、見上げているペルナに、近づいてくる者がいた。女性用のコミュニティの制服に身を包んではいるが、コミュニティとしての正式な証としての帽子をもらっていない。おそらく、研修中の身分のものだろう。


 ペルナは、その人物を目に捉えると、ふっと微笑みフードを取った。


 その人物は、ペルナから10歩ほどのところで止まり、手を腰の前で組んで軽く頭を下げた。


「お話を伺っております。お二人がお待ちです」


「そう、お出迎えありがとう。モニカさんだったかしら?屋敷の主は、いるかしら?」


 モニカは、頭を上げると、静かに頷いた。



「はい、おります。どうぞこちらへ」


 ペルナは、案内を受けるままに、屋敷の中に足を踏み入れる。



「そう、あなたは、コミュニティとして働いてくれることを、受け止めたというわけなのね」


「はい」


 言葉少ないが、ペルナは、モニカが緊張していることは十分にわかっていた。おそらくは、この巡礼に関する基本的な説明を受けたのだろう。


「あなたの他には、どのくらいの人が、賛同してくれたかしら?」


「ペルナ様。その質問に関してお答えできるのは、ここに来た人の内、半分くらいです。残りの人は、まだ、どうするか決めかねていると言う感じで。ただしゅ……あるじも、その人たちに強制をするつもりはないみたいです」


 すこし、困ったような表情を浮かべたモニカに、ペルナは微笑みかけた。




「あなたって正直ものね。あなたには、主からは、フードを被った女性が来たら、通すようにと言われただけよね。……いつ私の名前を知ったのかしら、そして、あなたの名前をいつ私は知ったのかしら?

 それに、別に私が質問したら、答えなさいと、主からは言われていないでしょう。むしろ、あまり問いかけにはあまり答えないようにって言われたはずよ?」



 あっと、モニカが声をあげたのを感じた。驚きというよりも、不安が強い表情を浮かべている。


「あの、わたしは……」


 少しきつい物言いだったようで、モニカに明らかに緊張が走った。そこで、ペルナは、言葉をやわらげた。


「あなたの知っている、私や起源は、特性上、そういうことになってしまうことが多いけど、他の聖王遺物も多かれ少なかれ同様の能力を有しているわ。そう言うものと相対するということは……そう言うことなの。大丈夫。コミュニティに対する害意というものは私達にはないわ。

 

 今日、始めてあなたと会ったから、挨拶がてら、からかっただけ。


 モニカさん、あなたは、まだ新任でしょう?それに、わたしの指摘を理解するなんて、頭もよさそう」


 モニカから、安堵の声が小さく漏れたことに、ペルナは、隠すことなく、微笑んだ。


「今日みたいなことがおきにくいように、きっと、主さんは、モニカさんが、これから少しは快適に過ごせるための、訓練を施してくれるはずだから、きちんと履行しなさい。」



 ペルナがそう言うことを言っていると、目的地に着いたようだった。まだ、緊張がひどいモニカがドアに近づくのを、ペルナは止めさせた。

 

「案内ご苦労だった。先触は先程出した。下がっても良い。外に出て、何かのみ物でも買って、落ち着いてくると良い。ただ、今日の夢見は悪いから、そこだけは、覚悟しておくようにな」


 中枢騎士からそのように言われると、モニカは、何か言いたげではあったが、頭を下げて元来た道を戻っていった。


「ああ、やっちゃったな。年取ると説教臭くなってイヤね」


 その言葉を、聞いているのか聞いていないのか、中枢騎士特に表情を変えずに、扉をノックした。



 扉が中から開かれた。そこには、飽きるほどに見知った顔と少し困った表情を浮かべている屋敷の主の姿があった。

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