陰聖の街 セートにて
ルキナside
そこは、聖域深部 『陰聖の街 セート』と呼ばれる場所だった。
みんなが、コミュニティになった日の翌日、私は、シュガーナとその夫、ビルティ、そして、アーレスと一緒に、シュガーナの家を訪れていた。
その街の中でも中心部に近い場所にある家で、門構えもとても立派。
へ~と思いながらも、門を通ると、
「おかえりなさいませ、ご主人様、細君様」
と、執事、メイド一同が、出迎えてくれた。これには流石に私もびくっと涙目になりながら、思わずアーレスを見上げた。
「そんなに見ても何もでないけど、ルキナ、心配しなくていいからね」
そういわれて、髪に右手を落される。恥ずかしい気持ちながらも、それがいいきっかけになったのか、不安よりも、これから何が起こるというのだろうという、期待感が、胸いっぱいにこみあげてきた。
案内されたのは、明らかに私室でありながらも、検査設備が整った部屋だった。
「さて、ルキナ、あの時の続きをしてもいいっすか?」
「?」
あの時と聞いても、続きと聞いて、ピンとこなかった。それを見たシュガーナは、大きく口を開けて、舌を出す。
あっと、出るはずもない声が漏れそうになった。舌と声帯を乱雑に取り去ってそこに呪いを付与されていると、ずっと昔に、シュガーナは言った。それが復活できるの?
「他の場所では無理だけど、聖域深部でなら、それができるっす。本当ならば、あれがいたらもっと楽なんっすけど、いないものは仕方ないっす」
「(ほんとうに、もどせるの?)」
私の唇の動きを読んだ、シュガーナが力強く頷く。
「願いを聞いていくのは、私たちの在り方からね。それに、私は魔族っすから。旧人の遺産を使えるっすから。ルキナの治療くらい、心配いらないっす」
「師匠、旧人とは?」
「細君、それは、まだ伝えるべき事項ではないだろう」
「ああ、失敗したっす。今のテイクは無ということで」
「まあ、師匠がいいというのならばいいです。ルキナ、治るんだって。よかったな!」
変なのと思ったけど、シュガーナの笑みを見ていると、アーレスが問いただしていないのに、わざわざ聞くのも変だよねと思い、会えて口を閉ざした。
「じゃ、今日と明日で検査を行って、明後日から、本格的な治療に入るっす」
そう言うと、シュガーナは、検査をするからと、アーレスとビルティに退出を促した。2人とも、異論を出すことなく部屋から出ていく。
「さて、いいっすよ」
2人が出ていったのを確認してから、控室の壁にシュガーナが、声をかける。私は何のことかわからずに、その視線の先を覗き込んだ。
壁に揺らぎが生じて、一瞬でそこにドアが作られる。その奥から声が聞こえた。
「……一瞬でバレるなんて」
「隠れる気ないっしょ?リリーム」
「そりゃ……そうでしょう?」
ドアが開くと、見知った顔が姿を出した。ミッシェルとモニカだ。2人は、見たことのない長身の女性に連れられて、ここに来ていた。
「是非にって言って聞かないのよ……」
「ルキナを治すことができると聞いて、医術師としての好奇心が勝ちました。是非見させてください」
「あの、ルキナは、私の知り合いでもあるのです。せめて、友人の助けをさせてください」
その光景を見てシュガーナが、満足そうな笑みを浮かべているように見えた。
「いいよ。モニカにミッシェルだね。治療に同行することを許可します」
二人にほっとした表情が浮かんだのと同時に、シュガーナさんと、現れた女性(リリームさん?)が、ほんのわずかに視線を合わせて、口の端を引き上げたのに気が付いた。
その意味を、私は、まだ知っていなかった。それより、アーレスはあの人と、一緒に出て行ったけど良かったんだろうか?
その考えは、次から次へに検査が始まると、その事よりも検査の結果とシュガーナの話に集中しているうちに、消えていった。
アーレスside
「で、なんで、『聖者殺し』をメルダに返したんだ?」
俺は、シュガーナに追い払われた後、ビルティとセートの市場に来ていた。代わりの剣がないかと選ぶのとついでに、一本取ったら、好きな剣を買ってやると言ったビルティの優しさを実感するためだ。
「そうだな……今後の展開に必要だったからと言えば、お前は納得するのか?」
「いや、そんな理屈で納得するってことは、ないね」
「今の状況を打ち破るため。現聖王が決めたことだ。小さな世界に人間を閉じ込めた、初代聖王が決めたようにな」
「それ、俺に言っていいことか?」
「ふん、魔王がわからないとでも思ったのか?俺から、一本取った礼にもう一つ教えてやろう。お前は、随分と聖域に汚染されたようではないか?だが、今後お前が、アリシアと会うことはない。それには、安心してもらおう。そろそろフォビアの大聖女様も重い腰を上げ始めるころだろうからね」
その言葉には、舌打ちで応えた。全く嫌なことを思い出させる。アリシアとのキスの後、確かにあれと交わっているが、あんなものは、男女の交わりとは言わない。あれは本質的に異質なものだ。あんなものを、あんな姿をルキナに見せるわけにはいかなかった。
嫌なことを思いださせる。あの赤くて柔らかくて、全てを包み込む塊は、喉を焼き、胃を下って、腸を這いずりまわり、やがて耳から脳へ入って来る。強烈な快感と壮絶な嫌悪感、そして、体を作り替えられる不快感。それでも、それを繰り返したのは、無理やりにでも巡礼に参加するためだった。
「まあ、結果としてこうやって、世界の贄にもならずに、シュガーナに再会できたし、ルキナの近くにいることができるようになって、」
これでよかったのだということをいうと、ビルティは、不満そうに片眉をひそめた。
「お前は、我が細君に愛を告げるでもなく、一人の人間として、あの人間を愛した。それは、なぜだ?」
「はは、一妻多夫は、こちらの法律では違法なんでな、火遊びくらいでは、俺の愛は揺るがないし、きっと大目に見てくれるさ」
その言葉に、ビルティは、ふんと鼻で笑った。
「それは、お前の側の、勝手な理屈だ。そして、そんな独りよがりな理屈が相手に通るわけもないぞ。これからが大変だからな。肝に銘じておけ」
「……言われなくてもわかっている」
だからこそ追い求めたのだと言えるのかもしれない。その後は、ただ、無心に、剣を選び、試し振りをする。早速、試し切り用のゴブリンやゴーレムを切り伏せる。斬殺され、切りつぶされた死体が試験所に並んでいく。当然、それに罪悪感などあるはずもない。
「というか、テストプレイと思ってガンガン切っていたでしょう?雰囲気づくりの死体と言っても痛いんですよ。次こそは一回くらい取ります!」
「全く、王都の勇者は手加減を知らないな。だが、それがいい」
五回目の試し切りの後に、ゴブリンやゴーレムは、立ち上がりながら、そう、俺に対して悪態を吐いた。
「はは、難易度が低すぎるのではないか?もっと来いよ!!」
「言いましたね。私、赦しません!」
「ほう、ならば教えてやろう!汗と涙と鼻水の準備はよろしいか?」
俺の前に、本気になった魔王二人の軍勢が迫った。こんなのでいいんだよ!こんなので!!
目の前で繰り広げられる、本来ならば正視に耐えないような、凄惨な光景を漫然と見ていた時だった。不意に、武具やの店主が隣に座り、じっと、私を見ている。
視線を辺りに這わせても、こちらを見ている
「そう言えば、スクリームデーモンは、あなた様でしたね。『わたしの言葉を皆に聞かせる』と願ったその力。非常に見事でしたよ」
「言わないでほしいな。これだけ勇壮な出で立ちなのに、実は性根が、姑息だとバレてしまうだろう?」
「あら?そうですか?まあ、姑息と執着で行ったら、ダークホビット役の今代の魔王もなかなかのものですけどね、ねえ、二八代目の魔王 ピーリア・リグリーサー様?」
「今更、そんなことは、言わないでほしいわ……、聖王様。……我はビスティ。魔王だ。」
目の前でゴブリンの首が舞った瞬間、アーレスの首も舞った。どうやら、オーガの一撃が、その首を叩き落したらしい。
「あーあ、やられたか」
しばらく死体であったアーレスは、APを消費して、その首を手に取ると、そっと拾い上げ、切断面に乱雑に押し付けた。あっという間に、刻まれていたはずの傷跡は消え去り、その姿はもともとのアーレスを作り出す。
「それができるからといって、あまり、大事に思っている人の前でやらない方がよいぞ」
おもわず、声をかけた。
「ああ、わかっている。さて、もう一戦行こうか?」
アーレスが、元気そうに剣を振り上げたのを見て、ゴブリンとゴーレム、オーガは、困ったように肩をすくめた。




