第三話 黄金の血塗られた巡礼路 ルキナ
アーレスの役に立ちたかった。たとえそれがかなわない願いだとしても。だから、不相応と知っていても、どんなに自分が不要だと知っていても、それでも、命をとしてここまでついてきた。
モンスターの大群に囲まれながら、慣れない長剣を振り回す。その手はたやすく捕まれる。その視線の先には、ダークホビットがいた。こっちをにやりと見つめている。『捕獲』される……私は、思わず、空いた左手で、ダークホビットをナイフで切りつけようとした。
「『聖王の命により。貴君をこの危機から脱させよう。故に……動くな』」
ダークホビットのどこかからか、かすかな人の声が聞こえた。あの魔法……『威圧』と言っただろうか?それを受けたときと同じように、私は、全く動けなくなる。その間に、私とパーティメンバーの間には、多種多様なモンスターが入り込み、パーティメンバーからは、私は見えなくなっているのだろう。
何かが、首に突き刺さり、私は、全身の力が抜けるのを感じたが、不思議と意識が落ちることはなく、そのままだった。
近くの地面を叩く音が聞こえてきた。大きな音、そして、振動……何かが自分の身に落ちてくる感触。やがて、それが止んだ。しばらくして、一緒に行動していたパーティメンバーが、視界に入る。
「あ~。こりゃ駄目だ。全く、初めての死者が、アタックパーティから出るとはな。まあ、こりゃ、アタックパーティメンバーが交代ってなるか。おい、一応死んでいるか、確認しておけ」
手が触られる感触、そして、首に指が掛けられた。
「脈はないよ。死んでる。まあ、こいつは、アタックパーティのお荷物みたいなやつだったからね。死んでも仕方ないか。」
「これで、フラジャイル旅団の最強のパーティは俺たちになるわけだ。おい、手の空いているやつは、余計な手間がかからないように、これを袋に詰めておけ」
外目に見て、私の状態は見られないほどに悪いみたいだ。
そのまま、乱雑に寝袋に詰められ、地面に放置される。他のパーティメンバーの声が、聞こえる中、見知った人は、私の顔を見に来る。
まず来たのは、アメリアだった。
アメリアは、私の顔を見たときに、誰にも見えないように、にやにやと、イヤな笑みを浮かべていた。でも、顔を上げたときには、「そんな……ルキナさんが……」なんて、ショックを受けている様な悲痛な表情を浮かべて涙さえ流していた。
そのアメリアの様子には、同情の声が上がっていた。けれども、私は知っている。アメリアは、計算高い人間で、それ、後方に下がるための合図に過ぎないということを。
それから後も何人かが、私の顔を見に来た。全く、どいつもこいつも、せめて、死者と思う奴を見るときには、悼むような仕草くらい見せなさいよと思うほど、これを何かのきっかけにして、成り上がろうとする思惑が透けて見える顔だった。
最後に来たのは、アーレスだった。
「全く、バカだよお前は。……まったく、俺は本当に救いようのないバカだな……5年間も心配してくれるお前に、ただただ、寂しい思いをさせてしまったことは……後悔しかない……だけど、もう少しだけ待っていてくれ。必ず、俺もそこに行く。」
アーレスの口から、考えもしなかった言葉が聞こえた。その言葉の意味を聞き返したかったが、当然のように身体は動くことはなかった。
「で、アーレス。どうするの?」
少し考えるようにな仕草を見せたアーレスの決意に満ちた声が聞こえた。
「アンデット化する可能性がある。故に、この二つは、大穴に放棄する」
同意する声が聞こえた。まだ生きているんだよってい言ったかった。でも、私の口は元から声を出すことができない。縋るように、アーレスを見ようとする。その時に目が開いててしまったのだろう。驚いたように、アーレスは、こちらを見ると、そっと近づいてきた。
「これ、終わったら渡そうと思ってた。」
目の前で、小さな指輪が、ふわふわと揺れて、アーレスの手で、それが、そっと寝袋に入れられた。
「よし、手の空いているやつは、大穴に行くぞ。他の面々は、サポーターの到着まで待機」
アーレスの声が聞こえて、身体が、持ち上げられる感触があった。大穴は、私もよく知っている。というか、さっきまで見ていた場所だったから。
自分で何もできないけど、私に対する事象が、粛々と進んでいる……恐怖にも似た感情が、胸を覆いつくす。諦めよりも、ただ、怖くて、震えていた。でも、それに気が付いてくれる人はどこにもいない。誰も、私のことを気付いてくれない。
私が、どんなに悶々とした思いを抱いていても、何も変わることはない。
私を持ったパーティは、地面が、大穴に向かって、少し突き出た場所で立ち止まった。よく、幽霊が出る場所らしい。
「いくぞ、せ~の!!」
先に、他のパーティで亡くなっていた、人が、投げ込まれる。次は、私の番だった。
「せ~の!!」
2~3回揺さぶられるような感触の後に、ただ落ちる感触。
もし、空を飛ぶのだとしたら、こんな気分なのだろう。ひたすらに落ちていく。永遠に感じたけど、意外と短い時間だったのかもしれない。
不意に、誰かに抱き留められるような感触があり、落下速度が落ちた。やがて、背中に地面を感じた。
「っう!」
力を入れると、手や足は元のように動く。私は、安心して、寝袋から這い出す。そこは、不思議な場所だった。石舞台のような物があり、ガラクタが散乱していた。そこには、先に落とされた剣士が、不思議そうに、手足を眺めていた。
「何がどうなっているんだ?」
私は、応えるすべを持たないので、わからないと、大ぶりな身振りで伝えた。
「やあ、こんにちは、お客さん。舞台裏にようこそ。」
不意に聞こえた声。その声の場所を辿る。気が付いたときには、その残骸に、一人の男の子。そして、近くには巡礼服の女性が立っていた。
これで、間章は終わりになります。




