第三話 黄金の血塗られた巡礼路 ???視点
「お前も、アタックパーティの一員だろう?行ってこい!!」
半身ほどもある、長剣を渡されて、私は、背中を蹴られる。痛いと思う間もなく、目の前から向かってくるモンスターたちと対峙する。
怖い!!怖い!!!怖い!!!!
神様は理不尽だ。
全てのモンスターを人に似せて作る必要なんてないと思う。もっとファンシーな形容のモンスターもあっていいと思う。確かに、私は、たくさん人を殺してきたし、いろいろと言えないこともしてきた。でも、それは、あの人に認めてもらいたくて。あの人のそばにいたくて!!
それだけが、私の存在意味だったから。
あの人に会ったのは、戦場のど真ん中だった。私は……真ん中で孤立していた。理由は簡単。『降伏』に見せかけて身体の『爆発』スクロールで自爆しろ。
描かれた命令書を、手の中でバラバラにして飲み込んだ。怖かった。でも、私の穢れた命で皆が助かるのなら……その価値はあると思った。
地響きが迫ってきて、馬の嘶き、甲冑の音が私の後ろから迫ってきていた。
「お前は、どこの部隊のものだ?」
男の人の声だった。私は、手筈通りに、右手に旗を持って、両手を上げる。右手の旗は白旗。一般には降伏のしるしとして使うけど、古くは、徹底侵攻旗として使われた歴史があるらしい。背中を鞭で叩かれながら、イヤイヤ覚えたそれを、何故か今、思い出した。
眼の中に飛び込んできたのは、まだ少年と至った風貌の兵士と、重そうなローブに身を纏った女の人だった。王国の魔導部隊の一人を屠ることができる。そう考え、その考えを頭の片隅に追いやった。
私には、この命令の後に何も残らない。だから、怖くない……
一歩、一歩と、彼らは近づいてくる。私は、両手に力を込めた。この旗を、頭上高く掲げたときに、スクロールは起動するように作ってある。あと、10歩……近づいてこい。
訝し気な表情を浮かべたまま、彼は無防備に一歩、また一歩と近づいてくる。
あと7歩
6歩
5歩
4歩
「なあ、なんでお前泣いているんだ?」
不意に声が掛けられる。えっと思い、右手で、目頭を押えようとした。
「『そのまま、両手を地面につき犬のようにしゃがみ込め』」
女の人の声が、私の手足から自由を奪った。私は、なすすべもなく、地面に両手両足を着く。女の人の指がそのまま、背中を覆うぼろ布をはぎ取る。たぶんもう、バレている。
「『爆発』のスクロールっすね。自爆させるつもりっすかね?全く。侯国は厄介なものを使っているっすね」
「おい、お前、大丈夫か?シュガーナ。もう少し手加減してやってくれ。」
「いやっす。こういうことをする奴は、首と胴が泣き別れて刎ねられて当然っすよ。自分では何もできないのに、他人の命と引き換えに何かをしようとするような下衆は」
怖くて……悔しくて……涙が出た。
「ぅ……」
声が出た。もう、失っているはずの声が。穢れている声が。
「もう少し大きな声で話してほしいっす。さっきから、何を言っているのかわからないっすよ」
髪の毛を持って無理やりに顔を引き上げさせられる。睨みつける。その二人を。私にとっての唯一の許しを拒否した二人を。
「へえ、いい顔をするっすね」
「……おまえ、連合軍の少年兵か?」
「っぅっ……」
しばらく考えて首を縦に振った。どのみち、この先に生きる方法なんてない。
「せめてもの情けだ。首を出せ」
「『膝立ちになり、自らの首を差し出しなさい……早く』」
その言葉が、魔法だと気が付いたのは、この時だった。でも、何という魔法なのかもわからずに、どう、抵抗すればいいのかもわからなかった。言われるがままに、私は、首を差し出した格好のまま、地面に膝立ちになる。
「いま、楽にしてやる」
男は、手に剣を持ち、私の首筋をすっと走らせた。たぶん、うっすらと、血の跡がついている。不思議と痛みはなかった。
「すぐ終わっるっすから、じっとしておくっす」
全てに力が入らない中、女の人の声が、優しく聞こえた。一息にやってくれるってことかな?痛くしないでね。舌を切り刻まれたときみたいに痛いのはイヤだよ。
そう思って、目を閉じた。
……光が、私の中の闇を焼き尽くした感触だけがあった。
奇妙な浮遊感、そして、爆発の音が私に残っていた最期の記憶だった。
次に目を覚ました時……見えたのは、上等な天幕の中だった。
眼の下に隈をため、おそらく寝ずの番で、救護してくれていた女性が、天幕から出ると、代わりに入ってきたのは、あの女の人だった。
「良かったっす。無事に目を覚ましたっすね。アーレスが助けてほしいっていっすから……まあ、うまくいってよかったっす」
女の人は、相変わらず軽そうな話し方をしていた。私はその落差にぽかんとしていた。
「見えた怪我は治せたっすけど、その舌は、呪いが掛けられているみたいっす。流石に私でも専用の設備がないと、無理だったっす……治せなくて、ごめん」
最後で、なんか落ち込んだような表情を浮かべた、女の人を見ていると、不意におかしさがこみあげてきた。
私の声は、言葉にならない。だから、痛いくらいに、おなかを抱えて、喘ぐように、息が詰まるくらいに、笑った。
それを見ていた女の人は、むっとした表情を浮かべていたが、やがて、私と一緒に笑うかのように苦笑の表情を浮かべていた。
そんな中、だった。
「師匠。入りますよ」
「あら、アーレス。おかえり」
「只今。おっと、目が覚めたのか?」
アーレスと呼ばれた男の人が、そこに立っていた。戦場で見たときよりもはるかに大きく見えていた。ただ、見ると、体のあちこちに包帯が巻いてある。
「あなたは、アーレスに感謝するっすよ。まさかの、『爆発』のスクロールが解除工作すると起動するなんていう鬼畜仕様で、爆発の瞬間に、身体を張って、あなたを間一髪で救い出したんっすから。かっこいいっしょ。あたしの弟子は」
「なに勝手に、俺が助けたようにしているんですか?それがわかって、すぐに防御魔法を使ったくせに」
「ぐぬぬっ」
「なにが、ぐぬぬっですか?明日のごはん、3食携帯食にしますよ。この子を混乱させた罰です」
その言葉に止めを刺されたのか、女の人……確かシュガーナだったかな?は、がっくりと座り込むと、膝を抱えて、何かをぶつぶつと言っている。
「…ぉ……」
「大丈夫だ。ここは師匠のテントだ」
男の人たしか、アーレスって言った。
「言葉が話せないんだってな。そんな中で戦場なんかに出て」
アーレスの手が、迫ってくる。私は、かつての想い出から、身をすくめた。声を失う前に最後に見た光景。頭に手が迫ってくる。口を開かせて、舌を切り取るために。
でも、
「よく頑張ったな。お前も少年兵だったのだろう?俺もそうだ」
頭に大きな手が乗っていた。暖かくて、大きくて、安心できる手……。
「お前は、よく頑張ったよ。一人で。そんな風になっても。本当に今まで、よく頑張った。」
優しい言葉が、冷たく傷めつけて来ていた、胸に張った氷を溶かしたようだった。涙が溢れてくる。アーレスは、私の頬を流れる涙を、袖で拭ってくれる。
声を失って、あまりの痛さに涙した日以来、私は、ただ、幼子のようにわんわんと泣いた。
それから1か月後、不意に戦争が終わった。戦死した扱いになっていた私は、アーレスの部下になり、新しく、ルキナという名前をもらった。アーレスにルキナと呼ばれるたびに、とてもうれしかった。
でも、戦争が終わって……いや、師匠が、目の前から消えてから、アーレスは変わった。半年以上も、姿をくらましたと思うと、何やらふさぎ込んでいる時間が増えていった。
時折、ぶらりと外出しては、香水のにおいを身に待てって帰ってくることがあった。私は、その匂いを嗅ぐたびに、何とも表現しがたい想いに囚われ、訳もなく、胸を焼かれような苦しみに襲われるようになった。
一人、誰にも見られないように、虚しく涙している日が続いていた。
でも、もっと辛かったのは、アーレスだったのかもしれない。夜、寝入った後に、泣いているような声が漏れ聞こえてくることがあった。外出する時もふさぎ込んでいて、外目から見ても心配になるほどだった。
そんな日が、それから5年近く続いた。もう、心の中にあったアーレスへの想いは、消え果て、単純な上司と部下の関係に私たちの関係は落ち着きを見せていた。私は、アーレスを付け狙うものを追い払い、時には打ち取ることで、アーレスの役に立てればと思っていた。
いつしか、アーレスは、外出することもなくなっていた。あの匂いをかがなくていいかと思うと、ほっといた。
だが、その匂いの正体を、その夜に私は知ることになる。
「ルキナ。今後パーティを組むことになる、アメリアだ」
「こんにちは、ルキナさん。アメリアと言います」
教会の狗と評される、アメリアから、あの匂いがしていた。呆然と、差し出された手を握る。一瞬ぐらッと、視界が揺らぐ。しかし、倒れることは許されずに、アメリアが、私の手を引き寄せた。
「ふふ、ノルディック侯国の裏切り者さん。あなたのアーレスは、最初から、私のものなの。反論したければしてもいいのよ?」
耳元で小さな声で囁かれた言葉を、ただ、私は、受け入れるしかなかった。残りのパーティメンバーのことは、全く頭に入ってこなかったし、なぜ、パーティを組むことになるのかも、その時はまだ、わかっていなかった。




