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第三話 黄金の血塗られた巡礼路 フラジャイル旅団

 そして、その予想は当たっていた。



「敵襲!!敵襲!!」



 近くの建物にいた見張りが、手が千切れるばかりに、鐘を打ち鳴らす。ダンジョンの暗がりから、モンスターの大群が押し寄せようとしていた。だが、この場所で明らかにモンスターと戦えるのは、ほんのわずかな人員だけで、残りは、戦闘の経験がほとんどないサポーターたちだけだった。


 この状況下で、怯えてすくんでいる50人近い人員を、安全に撤退させることは、不可能。その事は、かつてパーティを組んでいた、ミッシェルやモニカ、ジェロは、わかっていた。


 すでに、耳が痛いくらいに鳴らされていた鐘の音は、途絶えて、獣の声と、どこからともなく聞こえる叫び声が、陣地に聞こえていた。


「この叫び声……叫ぶ悪魔のものね。厄介なものを引き連れて帰ってくるじゃない、ミッシェル盾の魔法をお願い。早くしないと、同士討ちさせられるわよ」


「マリア知っているの?」


 当然とマリアは頷いた。


「偵察の時に何度か会ったわ。1か月くらい前に会ったときは、何ともなかったけど、前に中層の偵察を行った時に、遭遇戦闘になったの。その時に、みんなが、あの姿に見えて、危うく同士討ちするところだった。その時は、メルダ直下の戒術師が、助けてくれたから良かったけど」


 早口で、マリアはミッシェルに情報を伝える。ミッシェルは頷くと、盾の魔法を陣地に掛ける。


「『忌むべき叫びへの盾』」


 叫び声が、パタッと止むのと同時だった、まるで見計らっていたかのように、大型のウルフの群れが陣地に侵入してきた。


「サポーターは、全員本陣へ移動。入口はジェロが固めて!」


「わかった。ほら、移動だ。急げ」


 マリアは、近くに寄ってきたウルフに、手斧を打ち込み、今にもサポーターに襲い掛かろうとしているウルフにクロスボウでボルトを打ち込んだ。


 ジェロは、本陣入口を死守するように、立ち回り、ブライトン以下サポーターのリーダーたちは、声を出して、陣地に残っているサポーターを本陣のテント内に誘導していく。


 モニカは、本陣内に救護所から持ち込んだ装備を広げ、怪我をした人々の救援を開始した。




 戦闘開始から、長い時間が流れた。すでに、マリアのクロスボウのボルトは弾切れしているはずで、手斧もすでに鈍器のようになり、わずかな切れ味も期待できそうになかった。ジョロは、肩を食い破られながらも、立ち続けた。そんな中でも、非戦闘員のほぼ全員を収容できたのは奇蹟に似たものだったが、すでに、万策尽きつつあった。


 本陣のテントは、ウルフと様々なモンスターに囲まれ、遊撃していたメンバーも、その防衛で手一杯になり、自然と入口に固まり、そこの防衛をなんとかするだけになっていた。


「っつ、いったいこれだけの数、どこから湧いてきたんだ?」


「ジェロ、左手は、大丈夫?」


「ああ、さっき手当てを受けた。もう少ししたら……動く!!」


 襲い掛かってきたウルフを、ジェロは右手の剣のみで対処する、すでに、身体に傷のない場所はなく、一部は明らかに致命傷に見える、本当ならば、立っているのも不思議な状況だった。


「はは、いつもだったら動けなくなるんだけどな」


「そうね。ちょっと怖いかも」


 マリアもその意見に同意した。迫ってきているウルフに、クロスボウを撃つ。ボルトが、そのウルフの眉間を穿つ。


「マリア?ボルトは使い切ったはずではなかったのか?」


「それが、さっきから、ベルトを探るとボルトが出てくるようになったの」


 ジェロは、驚いた表情を浮かべたが、役に立つのならばいいかと、考えないことにした。すでに、モンスターの群れは、完全に本陣を包囲していた。

 だが、その様子は、ただ包囲しているというだけで、襲い掛かってくる様子はなかった。


「なあ、なんで、あいつらは、襲い掛かってこないんだ?」


「さあ?私に聞かれても困るわ」


 二人の見立ての通り、ウルフたちは、その整然とした隊列のままで、じわじわと、ただ輪を狭めてきているだけで、襲い掛かってくる気配はなかった。それに安堵した二人だったが、それと同時に、奇妙な違和感が、襲ってきた。


「なあ、遅すぎると思わないか?」


「ええ、同意ね」


 怪我を負った、ミッシェルが、本陣のテントで手当てを受けているはずだが、モニカの医術とミッシェルの回復魔法ならば、そこまで時間がかからずに、戦線に復帰できる算段だった。しかし、一向に、本陣のテント内からミッシェルとモニカは姿を現さなかった。


 ごくっと、つばを飲み込む音が、どちらともなく聞こえた。ふと、ウルフを見ると、一部を除いて、ただ、何かもの言いたげに、その双眸でジェロとマリアを見ている。それが、まるで、『もう、目的は達したから、本陣の中を見て来てもいいよ』と言っているように不思議と感じた。

 しばらくのにらみ合いの後、マリアは、ジェロに目配せをすると、そっと、ウルフに背を向けて、本陣のテントの仕切り布を一気に引いた。



 本陣のテントの中から、目が痛くなるような赤い光があふれ出て、二人を飲み込んでいった。光の奔流は、まるで、暴風のように、マリアとジェロに襲い掛かり、二人を地面に伏せさせた。


 混乱する、マリアの耳朶をサポーターたちの聞きなれた声がかすめた。だが、言葉になっているものは少なくて、辛うじて、「終わった」という言葉が聞こえただけだった。



 赤一色に染まる視界の中、だが、その暴風のようなマリアとジェロは、目を合わせた。ロイエス旅団の服を纏い、大きな傘を持った小さな人影があった。その人影の近くに、見慣れた二人が、倒れているのが見える。


 傘をさした人影は、マリアとジェロを見ると微笑んだ。全ての感情を煮詰めたような優しく諦めに満ちた微笑み。それが、その微笑みを讃えたまま、優しく口を開いた。


「時間切れですよ。皆さん」


 ただ、真実を伝えるために。




 それから、半日ほどたった頃、『黄金の巡礼路』に、30人ほどの、完全武装したフラジャイル旅団の巡礼服を着た集団がやってきた。


 彼らは、本陣までたどり着くとホッとしたように、笑みを浮かべた。


 本陣には傷一つなく、地面には血の跡も見受けられなかった。どうやら、モンスターたちは、この場所を避けて、聖女メルダを追ったらしい。


 仕切り布を持ち上げると、そこには奇怪な光景が広がっていた。大きくえぐれた地面と、埋め返したような後、そして、空になった物品棚。それが無造作に放置されていた。

 陣地内の様子は似たようなもので、救護所にも、薬品の一つも残っていなかった。

 ただ、その陣地の中央に、まるで、返還するかのようにアーレスのライトブリンガーが誇らしげに突き立てられていた。


 この日、フラジャイル旅団は、総構成員の3分の1以上と貴重な物資のほとんどを失う大打撃を受けた。その犠牲者には、団長であるフェリガンと、アタックパーティ全員が含まれていたことは、瞬く間にサラディスに残っていたフラジャイル旅団の残存構成員に伝わることになる。


 今回のことで、メルダは、一時的に本部へと引きこもり、かつては、王女派についていた下位貴族は、スペーサー旅団元副団長である、マリーティオに付き従い、新生フラジャイル旅団を作り、王女派と袂を別つた。


 

 二派は、忌みあうように、激しく争い、それは、残りの旅団をも巻き込んでいった。戦闘が禁じられているサラディスに無用の混乱を巻き起こし、それは、後にサラディス騒乱事件と呼ばれるものを巻き起こすことになる。



 くしくも、そのきっかけとなった日に、ノルディック侯国より、バンディーラたちが帰還することになる。

次の話で間章は完結となります。

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