黄金の血塗られた巡礼路 9
メルダは、パーティに檄を飛ばしながら、進んでいた。フェリガンたちのパーティとの機動力の差は圧倒的で、何とか着いて行くのがやっとという状況だった。幸いにして、戦闘自体は、少なくて済んでいたが、それが、メルダを苛立たせる結果になっていた。メルダ旗下のパーティの構成は支援特化と言えるパーティ構成になっていた。そのため、小型モンスターに対しては、決して優位と言えず、少数で遊撃してくるゴブリンに苦戦することも多かった。
そんな中だった。後方から聞こえてきた声が、メルダの耳朶を打った。一時待機を、パーティに命じ、しばし待っていると、2つの人影が、メルダ旗下のパーティに追いついてきた。
「アメリアじゃない。追いついたの?」
メルダは、後方より追いついてきたアメリアと、ルーカスに驚いていた。いつの間に、前線に復帰したのか……そう訝しんでいた。
「ええ、少し大変でしたが、見つけて、追いつくことができて良かったです。ルーカスさんがいてくれたおかげです」
「ああ、遅れてすまなかった」
ルーカスとアメリアが、戻ってきたことで、メルダ旗下のパーティは一気に攻略の難度が下がったと、一時その足を止めて、後塵の到達を待つことにした。
「ところで、よくここがわかったわね。」
「ええ、よくわかりましたわ……」
「ああ、よくわかったな……」
アメリアとルーカスは、そう言うと、お互いに視線を交わした。その言葉と態度に、メルダは訝し気に眉をひそめた。その時だった。
「うおお!行け行け!」
後詰のパーティが、その場に姿を現した。合流できたのかと、ほっとしたメルダであったが、その異様なパーティの光景にメルダは、驚き、呆然と立ち尽くすしかなかった。
その誰もが、目を血走らせて、口からよだれを垂れ流しながら、ただ、前に前にと進んでいく。その眼中には、聖女もメルダの姿もないようだった。
メルダは、あっけにとられたように、へなへなと、力なくその場に座り込んだまま動けなかった。その一団は、ただ、先に先にと、突き進んでいき、やがて、視界から消えた。
ぼうっと呆けたようにそれを見ていたメルダだったが、はっと気が付き、ルーカスとアメリアを見る。
二人も、ぼうっと焦点の合わない双眸で、ただ、その去っていく人々をじっと見ていた。その作り物じみた表情に、脳が危険を告げていた。
全員が固まっていて、誰も口を開かないそういう時だった。
「ああ、そうだ『……』、メルダ様、聖王遺物って知っていますか?」
不意に、アメリアの口から、作り物のような声が流れ出る。明らかに返答を待っているようだった。質問の意味がわからないという表情をメルダは浮かべた。
「聖域深部に行きたいのですよね?『落ちた大聖堂』でしたか?聖王遺物が欲しいのですよね?名誉が欲しいのですよね?」
「皆さんも、欲しいものがあれば言ってください」
普段なら、何を言っていると一笑に伏すような出来事。しかし、メルダ以下、パーティ全員が頷いた。
「俺は、名誉が欲しい」
「私は、大金が欲しい」
私は、俺は、あたしは、皆の声が、大きくなっていく。メルダも、焦点の合わない虚ろな目で、口を開いた。
「私は、……誰にも馬鹿にされなくて、誰もが見てくれる……」
その瞬間だった。
「『魔の誘惑よ去れ、叶える願望は天にあり』」
戒術師が組んだ、魔法が発現し、メルダの周辺に、光の防御膜が生れる。戒術士は、その防御膜の外にいた。メルダとその周囲のパーティメンバーは正気を取り戻せたようだったが、魔法を施した戒術師は、防御膜の外にいた。おそらく、自分を対象とすることができない魔法なのだろう。
メルダの観ている前で、何かに抵抗を続けていた、戒術師だったが、最期の魔法を使い果たしたせいか、ほんのかすかな抵抗の後に、ぼうっと天井を見上げた。その瞳には、先程まであったような意志の強さは認められず、ただ、呆然と口を開いた。
「私の願望は、天より落ちたこの地上にある、唯一の聖遺物を教会のものとする。それだけです」
「言っていることがわかっているのかしら?」
アメリアの口がわずかに開き、ぞっとするような冷たく蔑んだような声色で、声が出た。
「アメリア司教?」
メルダは、結界の中で、アメリアを驚いたように見つめた。その視線に気が付いたのか、まるで作り物のように、アメリアは、微笑んだ。アメリアの中から、赤い光が零れ落ちていた。
「せめて、幸福の中に眠るといい。私たちが失ってしまったその欲深さ、欲する心が、今の私たちには必要のなのだから」
ルーカスのものとではない、聞いたことのない女性の声が、ルーカスの口から漏れ出た。
メルダはその時点で限界だったのかもしれない。
「た、退却するわ!!退却よ!!」
メルダの周囲にわずかに残っていた正気を保っていたパーティメンバーは、我先にと逃げ始めた。後ろから、羽ばたく音と奇怪な叫びが木霊し、人間の断末魔お声が、がまるで追いかけるように、響き始めたが、メルダ一行は、振り返ることなく、その場を去っていった。




