第三話 アーレス
「……はは、当然だ、無害な敵なんかいるわけがないじゃないか」
アーレスの周りには血の海ができていた。そこには、モンスターの死体と、人間の死体が入れ混じっている。アーレスは、その中でライトブリンガーを脇に置き、座り込んできた。
その死体の中には、特に念入りにつぶしたガラードの物もあった。両手を切り落とし、顎を砕き、首を切り落とした。魔法の行使を止めるためにはそれしか方法がなかった。当然だ。当然のことだと、アーレスは、呟き、聖域の天井を見上げていた。
「当然だ。戦場ならば当然だ」
アーレスはそう呟いた時だった。獣の遠吠えのような声が、一帯に響いた。
「血の匂いに引き寄せられたか」
アーレスは、そう言うと、素早く立ち上がり、手元のポーチから、ポーションを取り出す。『消臭』のポーションを、頭から振りかけると、足早にその場を去った。
大量の討伐を行ったが、一向に深層への扉が開く気配はなかった。だが、アーレスは、気にもせず、向かってくるモンスターを切り伏せて行く。
「いいじゃないか……こういうのが欲しかったんだよ!こういうのが!!」
鎧を着こんだゴブリン、名も知らない巨人、昆虫、そして、羽の生えた見たことのない生物。
相手に気付かれる前に踏み込み、切り抜ける。一太刀で仕留められない奴は、特徴的な器官を攻撃し、その後切り刻む。群れは、大きな個体を狙い、壊滅させる。
アーレスはもし、他の者が見ていたら無謀と言える戦闘スタイルで、聖域の奥へ奥へと進んでいった。
「この先にいるのはわかっているんだ。俺の生きがい……、そして俺がここに来た意味が」
今の死臭は、あの戦場を思い出す。
少年のころから戦場で暮らしてきた。フェリガンの部隊に編入させられて、その初陣、ノルディック侯国との戦闘で、繰り広げられたのは、魔法と銃器の奏でる荘厳な演奏だった。そこに、剣の入る場所はなかった。フェリガンは、武功を立てられずにイラついていたようだが、アーレスは、自分の闘い方は、時代遅れなのかと思い詰めていた。しかし、あれは、そんな悩めるアーレスの肩をそっと叩いた。
「そんなことないっすよ。アーレスが危険に飛び込んでくれるからこそ、安心して大魔法を放てるっす」
あれは、嬉しそうに、笑っていた。戦争の華。いつしかそれに、魅せられていた。戦場でフェリガンの指揮を受けながらそいつから、魔法に対する手引きを受けた。そんな中、アーレスは、その隣にいることがとても心地よく感じていた。
不意に、戦争が終わり、戦後処理を終えたアーレスが、王都に戻ると、告げられたのは、あれが、巡礼に出て名誉を得たということだった。
「そんな馬鹿な……」
アーレスは、その言葉を信用することはできなかった。すぐに荷物をまとめると、ウォーリッシュの村へと急いだ。だが、そこで告げられたのは、もう、聖都の門は閉ざされたという言葉だった。
信じられずに、3か月ほど西へ西へと、古代の王を倣うように進んだ。だが、行けども行けどもただ無限の荒野が広がっているだけで、巡礼者の痕跡を見つけることはできなかった。アーレスは、諦めて、ウォーリッシュの村に戻った。行きに3か月かかった行程はわずか、3日で、村に戻ることができた。
アーレスは、そこで会いたくもなかった人物と再会することになった。
「……ベルグランデ・フィリア・フォーディン」
「あら、知り合いだったかしら?」
敵の部隊の一人で、先の戦争で、散々に辛酸を舐めさせられた一人だった。
「お前は……まさか、戻ったのか?巡礼から?」
「ええ、そうね。」
アーレスは驚くと同時に訝しんだ。巡礼に出たものは帰ることはできないのは鉄則ではなかったのか、巡礼に出ても帰ってくることができるのなら……はっと、そこで気が付いた。
「お前、あいつを知らないか?王都の宮廷魔術師だ。巡礼に出たって聞いてるが、名誉を得たっていうことしか聞いていない」
しばし、ベルグランデは考える様な仕草をした。それは、それを知らないというわけではなく、知っていて、何を伝るべきか悩んでいるように見えた。
「教えてくれ、些末なことでもいい」
ベルグランデは、アーレスを一瞥し、ふぅっと深く息を吐きだした。
「名誉…名誉は得たわ。でも、それに抗ってる。私から言えるのはそれだけ」
「死んでいない……そうか、そうなんだな」
「じゃあ、私は帰るわね」
そう呟いている、アーレスの横をベルグランデは、去っていく。急いで引き留めようとしたアーレスだったが、その目がベルグランデの姿を再び見ることはなかった。
「馬鹿な俺……」
アーレスが、ライトブリンガーを鞘に納める。アーレスの歩いてきた場所は、血だまりが方々にあり、アーレスの行いのすべてがそこにあった。
アーレスはポーチから最後のポーションを飲み干した。見る見るうちに疲労が回復していくのを感じる。
きっとフェリガンにバレたら、笑われるだろう。あいつにただまた会って話がしたくて巡礼に出たなどと言ったら。
でも、サラディスで何度かあいつの姿を遠目に見ていた。
結局、アーレスは、ただ、あいつに認めてほしかったがために、これだけの労力を叩いて、わざわざここに死にに来たということだ。そのためならば、教会の狗のアメリアも元上司のフェリガンもそして、あの偽聖女メルダも全て利用した。
「でも、わるくねえ」
目の前には、アーレスの行いに怒り心頭なのだろうか、腕組みして睨みつけている大男と、その横で、アーレスに視線を送ってくる目標の人がいた。
「行くぜ。もし、お前に勝てたのならば!あの時の約束を果たしてもらうぞ!!」
アーレスは、抜剣し、鞘を投げ捨てる。大男が、腕組みを解き、一瞬、隣の女性と視線を交わした。




