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第三話 黄金の血塗られた巡礼路 8

「……。行かないのか?」


 残っているアメリアに、ルーカスは、驚いたような表情を浮かべて問うた。


「あまり、馬鹿にしないで……。ちょっと驚いただけよ。『鎮静化』」


 アメリアは、回復魔法を使い、沸き起こってきた説明のつかない欲望を抑え込む。


「『増幅する欲望』でしょその魔法は。『悪意』の子供たちと言われる魔法よね。残念だけど私には耐性があるわ」


「そ……。『増幅する欲望』」


「『鎮静化』。ルーカス。あなた、何かに憑りかれているわね。少し大変そうだけど、引き剥がしてみる。『曝かれる……』」



「そんな必要はないわよ」


 場違いな、女性の声が、ルーカスの中から聞こえた。


「あ、あ……」


「今から出ていくからね。少し待ってて」


「あ、逃げろ、逃げろ!!ここは違う!!アメリア!!!」


ぺきっ、ぱきっ、ばりっ、ぺきっ、じじっ、じじじじっ、じじじじじじじじっ


 ルーカスの額に女の指が現れ、その指が下に降りていくとともに、ルーカスの体が割れていく。それはすさまじい苦痛なのだろうか?ルーカスは、目を見開き、声にならない悲鳴にも似た叫びを上げている。それを無視するように、やがて、赤い光が溢れ、コミュニティの女性が姿を現した。アメリアは、その女性に視線が釘付けだった。


「あら、お久しぶり。お元気そうで何よりよ。」


「死んだって聞きました。巡礼で、名誉の死をとげたと……」


 女性は、ルーカスの足から、自分の足を引き抜くと、靴を整えるように、とんとんと地面をつま先でつついた。その後ろでは、元の姿に戻ったルーカスが、膝をついて大きく肩で息をしていた。


「名誉。名誉ね。そうね。あなたたちはそう言うのかしら?聖王教会の狗。アメリア司教?」


「ソルテェーラ騎士団長。ロンディスが敬意を表する唯一の人間」


 ソルテェーラは、その声に対してわずかに微笑むと、顔を隠していた帽子を取り、髪を整えるように手を入れた。ただ、それは、穏やかなものではなく、まるで、敵意をを受けたかのように、アメリアのほほに冷たい水滴が一筋走っただけだった。


「で、何をしに来たのですか?」


 アメリアは、そっとルーカスに視線を送った。ルーカスは、未だに地に膝をついたまま、立ち上がることもできないようだ。


「そうね、死んだ人間が何を求めているかなんて、教会の人間の方がよくわかっているのじゃない?」


 その一言とともに、ソルテェーラの体に赤い光が集まり、白銀の鎧と、大楯、そして、ハルバードがまるで最初から装備されていたかのように、表れる。


「そちら側に、引き込むためですか?」


 その声を聞き、ソルテェーラは、かすかに頷き、アメリアに背を向け、ルーカスの下に向かっていく。やがて、ソルテェーラがルーカスの前に立つ。しかし、ルーカスは、それを呆然と見上げているだけだった。


「苦しめてすまなかった。お前の役目を果たさせてやろう」


 何の感情も込められていない声が、ルーカスに届いたのか?ルーカスは、自ら、首を差し出すように、うなだれ目を閉じた。


 アメリアは、すぐに反撃しようと、印を結ぶ。簡単な攻撃魔法ならば、詠唱はいらないほどには、アメリアは、習熟していた。


「あら、駄目よ」


 そのアメリアの手を、細い女の指が絡めとった。驚き振り向いた、アメリアに、美しい女性の顔があった。旗目に見ても美しいと思えるだろうが、その目に、アメリアは、憎悪の視線を向けた。赤い瞳孔の中に、無数の光がまるで渦を巻くように、蠢いている。


「あら、いいをするわね。ほれぼれするわ」


「ふざけるな!魔族が!聖王と聖女によって、人の世界から追われた存在。人の大敵が!!」


「あら、いいわね。私たちは人の大敵です!うん、いいわね、次の巡礼の時には、バンディーラに、そう言うことにしようかしら?」


「ふざけるな、聖王様(わたしたち)の不倶戴天の敵!」


 アメリアのその言葉を聞いた女性は、アメリアの顔を、無理やりにルーカスたちの方へを向けた。さっきの光景から何も変わらずに、ソルテェーラは、ルーカスの前にたたずみ、ルーカスはソルテェーラに首を差し出していた。


 ソルテェーラは、視線が戻ったことを察したのか、自らの手の平で槍を掴んだ。赤い血が、槍から斧へと一筋線を作った。それを確認したソルテェーラは、ハルバードを、振りかぶる。


「止めて、ソルテェーラ!!」


 アメリアの声も虚しく、ソルテェーラのハルバードが振り下ろされた。

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