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第三話 黄金の血塗られた巡礼路 6

「偉い人は、長い演説が好きだね……ほんと」


 ミッシェルは、欠伸を噛み殺しながら、フェリガン団長と聖女メルダの言葉を聞いていた。昨日の寝不足とパーティへの回復魔法で疲弊した体は、さっきの鐘の音で、少しは回復をしたものの、決して、万全とは言い難い状況だった。

 仕方なく、気付け用の酒の入った樽に背中を預けて、地面に座り込んでいた。これ以上何もなければ、次の鐘の音で回復できると、ミッシェルは確信していた。そんな時だった。


「ミッシェルっていうのはあんたか?」


「そうだけど?何か用?」


 不意に顔に影が差し、ミッシェルは気だるそうに顔を上げた。逆光で見えにくかったが、その声から、男性だということはわかった。まだ若い声だ。


特級アタックパーティのアーレスだ。これから、中層の討伐に出発する」


「まだ、フェリガン団長の話続いていますけど」


「聞いている暇がないな。」


 ミッシェルは立ち上がろうとしたが、それをアーレスは止めた。


「ミッシェル・オーリニスだったか?そのままでいい。盾の魔法を所望する」


「盾の魔法を?」


 不思議に思い、ミッシェルは、アーレスを見上げた。だが、その表情を伺うことはできない。盾の魔法と言われても、どれを使えばいいのかと、ミッシェルが、不思議に思った。その事は、アーレスにも伝わったらしく、はっとしたのがわかった。


「一番強力な盾の魔法は、何が使える?」


「最大の魔法……。『忌むべき悪意に対する盾』が私が使える中では最大かな」


 盾の魔法を習得するうえで最も対抗すべき、強力な魔法の一つに『悪意』という魔法がある。精神に悪意を植え付け、それを増幅させ、形と意味を与える禁忌中の禁忌の魔法であり、同時に全ての精神操作の基礎中の基礎とされる魔法である。

 そのため、盾の魔法を使うものは、この『忌むべき悪意に対する盾』の魔法を最初に習得することになっていた。ただ、悪意に果てはないことから、ありとあらえる悪意を防ぐ万能の盾にはなりえないのが、この魔法の限界でもある。


「そうか。では、頼んでいいか?」


 冗談!と、ミッシェルは思ったが、特級アタックパーティの頼みを断ることなどできるはずもなかった。旅団における特級アタックパーティは、文字通り困難に挑むために存在することが定められ、その代わりに栄光を得ることができるごく一部の者たちに与えられる称号だ。

 困難を攻略アタックするもの。それが、いつしか、トップパーティの称号になった。


「少し待って」


 ミッシェルは、だらしなくもたれ掛かっていた樽よりわずかに離れ、背筋を伸ばし、膝立ちになる。呼吸を整える。深く、規則正しく。


 アーレスは、その様子を見て、ミッシェルに洗礼を乞うように、頭を垂れた。


 ミッシェルの口から、詠唱が零れ落ちる。低位の魔法なら必要もない詠唱だが、この魔法には、どうしても詠唱が必要になる。しかし、それは疲弊したミッシェルに集中する力を与えていった。


「吾身の名は、御使いなる、原初の人形。吾身は、立ち上がる人の旗。吾身の名は、超えるべき困難に挑む者に、それを超える祝福を与えるるものなり」


 自分ではない声を、響かせ、ミッシェルは、右手をすっとアーレスにかざす。


「困難に挑む者よ。汝は向けられる悪意に、吾身を盾として使うが良い」


 すぅっと息を吸い、最後の一句にミッシェルは、精神を集中させる。


「アーレスに原初の人形の加護を!『忌むべき悪意に対する盾』よ、この者に困難を超える力を与えよ」


 その声が、声帯を介さずに響くと同時に、右手から、光が溢れ、一瞬だけ旗のような紋様を取り、光が、アーレスに降り注いだ。それを見て、ミッシェルは、ほっと息を吐いた。気力体力の限界を感じていた以上、成功するかどうかは、賭けに近いものがあったが、今回はうまくいったらしい。


「感謝する。回復剤だ。落ち着いたら使っておけ」


 樽に崩れ落ちるミッシェルの手に、アーレスは、希少な回復の錠剤を握らせた。それを驚いた眼で見たミッシェルだったが、もはや、目を開けていることも叶わず、樽に体を預けたまま、穏やかな寝息をたて始めた。


 それを見届けたアーレスは、立ち上がると、踵を返し陣地の先へと向かっていく。その先では、他のパーティが、準備を終えていた。


「お、アーレス」


「待たせたな」


 ルーカスの声に、アーレスは、右手を挙げて応えた。


「遅かったじゃないか。何をしていた?」


「準備だよ。」


「準備?無害なモンスターを狩るだけじゃないか?」


「無害……無害ね……」


 ガラードとルーカスの声を聞き、アーレスは、少し考える様な仕草を見せた。


「どうかしたのか?」


「いや、何でもない。ところでアメリアは?」


 今現在、パーティメンバーは、3人しか集まっていない。その事に疑問を感じたアーレスが問いかけると、ガラードとルーカスは、視線を逸らした。その逸らされた視線の先に、アメリアがいた。フェリガンやメルダと親し気に話をしている。


「後詰の団長と聖女の指揮する大パーティと一緒に行動するらしい。俺たちとはこないんだとよ」


「他のパーティと連携して行くしかないな……まあ、正直気は進まないが」


 周りは、見るまでもなく、アーレスにも、その空気の悪さはよくわかっていた。明らかに団長派と王女派に別れて組まれたパーティは、歪な構成をしていた。王女派と見える、補助魔術師だけで組まれたパーティ。団長派で組んだ、騎士と貴族と見える魔術師のみで組まれたパーティ……上げだすときりがない。


「戦闘経験があるのかも不安なものです」


 ガラードの言葉にアーレスは静かに頷いた。明らかに、技量に合わない獲物を持っているもの、防具がちぐはぐな者、無駄に重鎧を着こんだ魔術師のようなもの。残念なパーティの見本市がそこにあった。


 そんな中でも、アーレスは、自分に視線が突き刺さるのを感じていた。特級アタックパーティの座を狙っているのだろう。もし、アーレスがいなければ、自分たちが特級アタックパーティの座にあるはずと思うもの、今の疲弊した特級アタックパーティなら、出し抜けると、ギラギラとした瞳を見せるもの。不快であり、また、楽しくもある視線にアーレスは、人知れず、笑みを浮かべていた。


 それこそが、アーレスが望んだこと。この巡礼に出た目的でもあった。

 

 現状を、十分に認識したアーレスは、視線を、『黄金の巡礼路』へと向けた。


「さて、行くか。まずは、露払いだ。」


 アーレスの声に、8つのパーティが、獲物を構えた。この先は、きっと見たこともない強敵と目的を叶えてくれるだけのものがそこにあるのだろう。アーレスは、そう感じ、地を蹴った。

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