第三話 黄金の血塗られた巡礼路 4
「シュガーナ、注意が足りていない」
「もう、注意はよくわかったっす。本当に悪かったって思っているっすから」
「『聖傘』は、許しません。シュガーナは、今回のことを、軽く見すぎです」
シュガーナは、『聖傘』に正座させられて、怒られて少し小さく見えていた。
「『聖花』が、シュガーナの今の行動をしたら、悲しみます。」
「悲しんでくれるかな?」
「シュガーナの、駄目さかげんに、悲しむのです。『聖花』が、シュガーナの全てを捧げられて造られたなんてとへこむ、でも、それには私は興味があります」
欲望に忠実っすねと、呆れたようなシュガーナの声に、『聖花』が、最近私に対して、生意気なのよと、『聖傘』は口をすぼめた。
「シュガーナの気持ちもわかる。でも、シュガーナのは、まず変化を受入……」
「そうだぞ。細君」
いつの間にか、ベンチに大男が座っていた。もし、そこに人間がいたら、悲鳴を上げたかもしれない。男の皮膚はところどころが切れて、そこから、水晶のような塊が出ていた。ねじれた角が側頭部より生えているが、それは、よく見ると鉄のように見えた。金属と人間の合いの子のような存在がそこにあった。
「あ、」
「あ、ではない。ここは、『聖傘』の言うことが正しいぞ。」
「なんで、なんで来たの?」
シュガーナの言葉に、ふんっと笑みを浮かべ、聖壁を顎で指す。
「見たか、さっそく2人我らの仲間入りだ」
シュガーナは慌てて、指先を追う。その先には、赤く染まった2つの○印があった。その意味に気が付いたらしく、シュガーナは、悲し気に顔を歪める。
「二人とも……」
「ええ、そうだ。フラジャイルの連中だ。どうやらあの大穴に気が付いたらしいな。ふん。見所だけはあるな」
「見所だけじゃ、駄目なんっすけどね……」
シュガーナが伸ばした手は、細い手に絡めとられた。それには、大男も我関せずと、肩をすくめた。
「ソルテェーラ・リリーム参りました」
「やっっほ、リリーム・ソルテェーラ、来たよ」
リリームの左手が伸びるシュガーナの左手を絡めとる。それに、嫌悪感すら憶えながらもシュガーナはリリームに向かい合う。その横には、幸福感に身を委ねているようなかつての同胞の姿があった。
「やっぱ、使い物にならなかったすね」
辛辣な言葉が届けばとシュガーナは思った。返ってきたのは、幸せいっぱいの言葉。そして、シュガーナの予想通りの言葉だった。
「シュガーナ、私、今度2人目を産むの。この巡礼が終わったら、バンディーラに挑むのは……止めることにしたわ。」
「ソルテェーラ。いいわね。終わったら、一緒に暮らしましょう。その時は、私も3人目を産もうかしら?」
「リリーム」
「ソルテェーラ」
すこし、寂しそうな光が一瞬だけ、シュガーナの瞳に宿ったが、後は、はいはい、ごちそうさまという気分で、シュガーナはその光景を、見ていた。
ふと、自分の夫君に目を向けると、気が知れないと、肩をすくめた。
「お前がどうしたいのかだ。これで、ファラの処遇が決まる」
「フェラが……」
シュガーナは、そっと目を閉じた。流石にさっきのやりとりから心配になったのか『聖傘』が、シュガーナを見た。シュガーナは、しばしの逡巡の後、ふっとわかるように息を吐いた。
「もし、ここで私が折れたら、それこそ、現聖王は、ひとりっす。現聖王のやってきたことが、実を結んで、歴代の聖王と、バンディーラが解放されるのならば、きっと、それはいいことだと思います。それまで……それまで、私はわたしの……を、捨てる……捨てるっす」
「よく言ったな、細君。おれも、お前と現聖王その時を迎えられることを信じているぞ。だが、苦しいときには頼ってくれてもいいのだぞ。」
シュガーナは、大男に抱きかかえられる。しわくちゃにされる、シュガーナを『聖傘』は、その様子にホッとし表情を浮かべていた。
「痛い、痛いよ。ピルティ。もう、もう少し優しくしてほしいっす」
大男は、豪快に笑った。その顔を見てシュガーナも、笑顔を取り戻したように見えた。
「ところで、ここで、こんなことしていていいの?」
「そうだ!」
ソルテェーラの声にシュガーナは、頷き、ビルティを見る。シュガーナの声に、ビルティは、わかったと視線を送った。
「二人を、迎えに行こう。……迎えに行くっす」
「無理はしなくていいぞ」
「そうよ。シュガーナ、ごめんね。でも、最期まで私も私の役目をはたすわ」
「ソルテェーラ……ありがとう。こっちこそ、付き合わせてごめんっす」
シュガーナの声に、ソルテェーラは、微笑んだ。
「シュガーナ、あなたの未来が、人の御旗の下にあります様に」
「それ、皮肉っすか?」
「そうじゃないけどね。私たちは、もう、人であることができないけど、足掻いている、現聖王と、シュガーナにこそ、バンディーラの加護があればって思うのよね」
「気持ちだけ受けておくっす。さて、急ぐっすよ」
シュガーナと、ビルティはお互いに頷き、黄金の巡礼路へと向かう。それに呆れたような表情を浮かべていたリリームだったが、腕に抱かれているソルテェーラを見て、少しだけホッとした表情を浮かべた。
「私はもう、候補者でもないし、逃げ出した存在だけど……」
「おかえり、ソルテェーラ。でも、仕事は大事よ。巡礼終わったら、この5年間できなかったことをしましょう」
そう言うと、リリームはソルテェーラを抱えて、シュガーナたちの後を追った。それを、『聖傘』は、見ていた。ただ微笑みながら、見ていただけだった。
しばし、『聖傘』は、ベンチに腰掛けて、聖壁に落ちつつある陽を見ていた。
「シュガーナ、ありがとう。孤独な聖王を支えてくれて。私たちは、バンディーラの前に、ただ無力感に打ちひしがれていた。でも、あなたと現聖王の存在に、希望が見えたよ。だから、『聖傘』も、あきらめないでって、みんなに伝えておくよ」
『聖傘』は、そう呟くと、ベンチから立ち上がると、、地面を強く踏みしめ、高く飛び上がった。その姿がサラディスに飛んでいき、やがて、見えなくなる。
そして、そこには、誰もいなくなった。




