第三話 黄金の血塗られた巡礼路 2
見る見るうちに、青ざめていくミッシェルの顔を見て、ジェロは、何事が起こったのかと、その指の先に視線を移した。
「あれ……は」
昨日まで、白一色だった、聖壁に巨大な紋様が描かれていた。真っ赤な真っ赤なインクを使い、細部の細部まで……
どこかで見たようなと、ジェロは思い、すぐにその紋様の正体に気が付く。フラジャイル旅団の旗印とその周りに、たくさんの円が書かれていた。
一体だれが、こんなことをと頭に血が上ったが、よくよく考えると、書いてある場所は、本部の建物より高い場所にあり、そこには、誰もたどり着けないと、最初の1週間で、調査した知った場所だ。でも、誰かが、それを書いた。
「……なんだ?ありゃ?」
聖壁の上、首が痛くなるほど、見上げた上に、それはあった。星の煌めきを封じたように大きな旗がたなびいていた。その麓に何かがいる。豆粒にしか見えないはずの何かがこちらに視線を送っているのがわかる。
その異常事態に、ミッシェルとジェロが固まっていた時だった。
「あれ、どうかしたっすか?」
「人、大丈夫ですか?」
不意に、後方から、気の抜けた声と、人を模倣しているような声が聞こえた。ミッシェルが驚き、そこを見ると、コミュニティの制服に身を包んだ女性と、巡礼服に身を包んだ小柄な、女性かもしれない物が立っていた。
「え、あの?」
「どうかしたっすか?顔色悪いっすけど?」
「え?ええ、何でもないの。少し冷えたのかも」
ミッシェルは、手の震えを、ハンカチの下に隠したつもりだったが、そんな些末な行動は、相手にとって、お見通しだったみたいだった。
「いいハンケチもってるっすね。でも、震えていたら、その価値はゲキゲンっす」
不意にその言葉を掛けられて、ミッシェルは、震えるように、身をすくませた。昨日の酷使で、すでに魔力体力ともに限界を超え、きょうは着いて行くのもやっとだったが、さらにこの異常事態。体の震えを押えることができなかった。それを察したのか、ジェロが、相手に察せられないように、小盾を、左手に持っていた。
その巡礼服の小柄な女性は、まじまじとミッシェルを見て、へぇっと驚いた。
「昨日のファラのにおいが、あなたから、する」
一瞬訝し気な表情を浮かべたミッシェルだたが、その女性の首元に、ロイエス旅団の飾布があることに気が付いた。
「あなたは、ロイエス旅団の人なの?」
「アンは、副団長です。ロイエス旅団の」
なんとなく文法がおかしいような気もしたが、ジェロは聞き返したいと行く気持ちを止めた。
変わった名前だと思ったが、話すとそうでもなかった。
「ファラったら、あなたをラーング旅団から追放するって、酷いんですよ冗談でも」
気が付くと、壁に描かれていた絵などさっぱりと忘れて、ミッシェルとジェロは食事を終えて、コミュニティの取り出したお茶を飲みながら、私たちは、ありふれた話に華を咲かせていた。
やがて、お茶の時間は終わり、コミュニティは肩をすくめた。
「終わったっすね。楽しかったっす」
「私も、……なんだか元気をもらって」
「あなたが、それなら、いい」
「たまにこういう場所で呑むのもいいものだな」
ジェロだけは、昨日のお酒を小さなスキットルにいれて持ってきていた。それを見て、私たちは苦笑を浮かべた。
ピィー!ピー!」
不意に、その和やかな空気を引き裂いて、ミッシェルの耳に、無粋な笛の音が届いた。集合命令だ。休息の時間は終わり、今から、攻略の時間が始まる。
「そう言えば、私、コミュニティの人と話したの初めてでした。」
「そっすか?昨日話した気もするっすけど?」
「まともに、世間話できたのも久しぶりっていうことですね。できれば……名前を」
ピィィィーー!!
「そろそろ行こうか、ミッシェル」
「うん…」
「シュガーナ」
「えっ?」
「私の名前は、シュガーナ・「アンです。私」」
「シュガーナ、あと、アン。ありがとう。」
「さて行こうか?」
すっかり元気を取り戻したミッシェルと、ジェロが、走っていく。その後ろ姿にシュガーナとアンは手を振っていた。
藪を超えて、丘の道を全力で走り、二人は、休憩所へたどり着いた。
「よう、遅かったな」
ブラントンが、待っていた。ジェロとミッシェルに荷物を渡す。
「ミッシェル嬢、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。」
ミッシェルが、荷物を軽々と担いだのを見て、ジェロとブラントンは、顔を見合わせて、どちらからともなくホッと、胸を撫でおろすような、表情を浮かべた。




