第二話 メルダ 2
ふと夜半に目が覚めたのは、緊張だったからか、それとも不安だったからな。メルダは、そっと窓の外を見て、ため息をついた。
青い満月が、中空に綺麗に浮かんでいる。
雲一つない空に、明日も晴、もしくは、雨が振ることはないだろうと思う。
ここにきて、1か月、雨が降った記憶がない。そして、雨の気配すら感じた記憶がない。
常に、空は晴わたり、お茶会を開くのに困ったこともなかった。
明日も、サラディスは晴だろう。きっと、素晴らしい出陣式になる。
そう思い、無意識に、手が、ベッドテーブルに伸びる。そこには、聖遺物『聖杯』が置かれていた。名匠の杯に、宝石を散りばめ、金で加工し、教会で最大限の祝福した。決して偽物ではない、教会の聖遺物の『聖杯』がそこにあった。
確かに素晴らしい出来ではあるが、残念なことに伝承に伝えられるように、杯に汲まれた水を飲んだもの、その水を浴びたものに不老不死を約束する力はなく、せいぜい、教会の癒しの祈りの魔法が増幅される力しかない。
これは、メルダが欲しいものではなかった。メルダが欲しかったのは、王家の保有する本物の聖遺物である『聖玉』や『聖杖』が欲しかった。
しかし、それには触れる許可すら下りず、メルダは、何もかも中途半端な聖遺物を手に、巡礼の旅に出ることを強いられたのだった。
「まあ、駄犬たちのおかげで苦労なく、ここまで来れたことですし、良かったと思うべきなのでしょう」
メルダはそう言うと、じっとその聖遺物『聖杯』を見た。教会で洗礼を受け、聖女として認定され、野蛮で無教養な駄犬に頭を下げ、聖女としてではなくサポーターとして、このサラディスにまでたどり着いた。これも、メルダが導だったからなのだろう。
「思い出すわね、あの日のことを」
王命を受け、自分の意志に関係なく、無理やり聖女となり、そして、巡礼の旅に出ることになった。
貴族崩れ、傭兵崩れ、不要となった子供たち、もはや婚姻の見込みすらない未婚の男女。それをすべて集めて、旅に出た。戦力として期待できそうなのは、アーレス、ロンディス、オリビアと言った上位陣のみ。後は口だけ達者な成り上がりを希望する者たちの寄せ集めだった。
メルダの目から見て、旅団としての統制などとれるわけもなく、ただただ、目的が同じ物が寄り集まっただけ、言わば、烏合の衆だった。
最初の目的地『ウォーリッシュの村』にたどり着いたときには、旅団というよりも、野盗の群れと言った方が良い、その程度の集団に落ちぶれていた。
ただ、私には、周りを護ってくれる守護者たちがいた。教会の戒術師、王国の近衛兵長に加え、貴族出身者の多くは私の味方にはなってくれた。その者たちに守られて、私は、安堵の中にあった。
「この旅団の聖女を、バンディーラ・ウォーリッシュに改める。サラディスにたどり着くまでは、この者を聖女とする」
だから、私が以外のものが、聖女と認定され、旅中の導となった時も容易に受け入れられた。
受け入れられた?
記憶をたどる私の脳に、星を纏った旗が煌めいた。顔もなく、姿も定かではない、あの偽聖女が、振っている旗だけが、私の知る偽聖女の全てだった。
「……熱くなりすぎよ。メルダ」
思わず、口に出し、ぬるくなった水をそっと飲み干した。
「過去や過程なんてどうでもいいわ。今度こそ手に入れるのよメルダ。あなただけのものを、あなたの手で」
誰にも聞こえないように決意を新たにすると、メルダは、再び、明日に備えるのだった。




