第二話 メルダ 1
みんな、私が全てを持っていると思っている。確かに、私はたくさんのものに囲まれて暮らしている。
でも、そのどれも私のものじゃない。誰かが私に与えたものだ。
綺麗なドレスも、身を飾ってくれる装飾品も、香り高いお茶もそれを受け入れる茶器も、そして、この第三王女としての地位も。
すべて、自分のものじゃない。父や母、そして、兄、姉、妹たちによって与えられた。
欲しい、欲しい、欲しい心が疼いた。このままでは私は満たされない。このままでは、私は生きて行くこともできない。
抑圧され、閉塞したこの私の心を癒してくれるものは、物だけだった。
誰のものでもそれはどうでもいい。物に形もいらない。
欲しいものが欲しいと願って何が悪いのだろうか?
「これが、フェリガンの切り札ということかしら?」
「ああ、そうだ」
私は、アーレスに提供された資料に目を通した。そこには醜悪な外見のモンスターが描かれていた。『スクリームデーモン』とだけ、書かれた資料で、本来ならば中層深部以深以外に存在しない種らしいが、今回の『黄金の巡礼路』では、比較的表層近くに群れが存在すると書かれていた。
「デーモン種…」
私は、その特徴を、自らの知識から導いていく、王宮図書館の記述によれば、特異な魔法形態を持ち、また、強力な何らかのスキルを持つ。また、殺すことは不可能で、倒したと思っても、それは、異界へ帰還するだけという非常に凶暴な種。
それを、おいしいと思う、フェリガンはおかしいと思い、やはり、教養のない駄犬かと思うが、目の前の人物にそれが気が付かれることがないように語り掛けた。
「ありがとう。あなたのもたらした情報は非常に有用性の高い物です」
その言葉に。目の前の男は苦笑いを浮かべた。
「ありがとう……ね。称賛は素直に受け取っておく。」
含みのある言い方に、一瞬不安を憶える。この男は決して、どちらにもなびかない。どちらにも膝を折らない。自らの生きざまにそって生きているそう思えた。
「うらやましいですわ。あなたは自分のものを持っているのですね」
それは、つい口について出てしまった言葉だった。それに対して、アーレスが浮かべたのは明らかな嘲りの表情だった。
「ああ、俺のものか……。そんなのは、あんたにわかるのか?王女さんよ」
そこまで言って、アーレスは、ふと、黙りこくり、その後、再び私を見つめた。その瞳には私の濁った輝きと同じような、満たされない輝きが見えた。
「不敬です」
「巡礼に出た以上は、身分の差も何もかも関係はねえさ。
俺とあんた。同じものを求めているのは認める。けどな、俺は、あんた以上に求めている。あんたにはわからないだろう。でも、俺とあんたは違う。」
はっきりと言葉が紡がれると、アーレスは、肩の力を抜いて、両手の平を天井に向け、ほんのわずかに、私を侮るように、肩をすくめて見せた。
「後悔しますわよ」
「後悔なら、現在進行形でしている。巡礼に魅せられて、順調にサラディス(ここ)についた時点で。俺は教養がない馬鹿だからよ。そんな馬鹿でもそう思うんだ」
アーレスは、それだけを言うと、立ち上がり、部屋から出て行こうとする。思わず問いかけた。
「で、あなたは明日どちらに味方するの?」
「野暮なことを聞くなよ。フラジャイル旅団の特級パーティとして、参加する。それに決まっている」
何の答えも得られないまま、そのままに、味方を取り逃した。私には、それがとても手痛く感じた。




