第二話 フェリガン 2
フェリガンは、伯爵家の六人目の子供、末っ子として生れた。貴族の生まれと言えば聞こえはいいが、貴族としての地位、家族の愛情。その全てが、兄や姉のために準備されていたようなもので、フェリガンに残っていたのは、残りかすのような、かすかに、貴族として生れたという、矜持を持つことしか許されず、その矜持を捨てて、平民として生きることも、フェリガンにはできなかった。
貴族の学院で学ぶことを許されず、平民たちの学び舎で、何とか教育を終えた。
その後、齢13にして、王宮勤めの騎士見習いとして、騎士たちの従者としてしか、貴族の子として、生きる道はなかった。
不幸中の幸いだったのか、フェリガンが入隊したころは、諸国の秩序が乱れていた時で、経験の浅いフェリガンも、騎士たちに連れられて、戦場から戦場へと渡り歩き、一兵士として武功を立てていった。
そんな折、知り合ったのが、アーレスだった。
年下のアーレスの面倒を見ながら、フェリガンは、戦場での生活に順応していった。やがて、フェリガンにも転機が訪れる。
戦場指揮官として、前線を任されたのである。初戦は、ノルディック侯国との局地戦で、フェリガンは、同行した王国の盾とともに、その戦闘に参加し、前線でそれなりの戦果を収めた。
その後もフェリガンは、転戦しながら、戦果を上げていった。
だが、混乱にもいつしか終わりが来ることを、フェリガンはわかっていなかった。
その戦闘からわずか半年後、国家間の講和条約が発動し、不意に戦争の時代が終わりを告げた。それは、生きる民たちにとっては、福音だっただろうが、フェリガンにとっては、成り上がるための手段が断たれてしまったに等しかった。
あの日、謁見の間にて、戦争で大きな功績をあげた戦士たちに、国王より、英雄勲章の授与が行われた。
ノルディック英雄勲章を得たのは、家柄以外何のとりえもない、前線に出たこともない、後方から的外れな指示を飛ばしていただけの司令官だった。
『ふざけるな!あの地獄を駆け抜けてきたのは、俺たちだ。俺たちは、あの地獄を生き抜いてきた……貴様ごときが、その勲章を誇ることなど許さん!』
フェリガンが、いかに憎悪に満ちた視線を向けても、そいつは、ただ、受け流すだけだった。
それから、5年の間、あの戦争が嘘だったように、平穏で秩序に満ちた生活が帰ってきた。フェリガンにとっては、望んでもいなかった生活が、帰ってきた。
アーレスは、まるで腑抜けてしまったかのように、自堕落な生活をして、フェリガンも、つまらない書類仕事と、くだらない人間関係に振り回され、死ぬまでこんなことが続くのかと、うんざりする日が続いた。
そんな折だった。実に10年ぶりとなる巡礼の神託が齎されたのは。
最初のうちこそ、巡礼への参加を躊躇していたフェリガンだったが、伯爵家の指示もあり、渋々参加をすることにした。第三王女のメルダが、聖女を名乗り出て、王国の盾から、ロンディス、宮廷魔導士より、オリビアが、名を連ねた。
そして、アーレスも、その戦列に加わった。5年間で変わってしまったアーレスを見て、フェリガンは失望もしたものだったが、その感情を飲み干して、参加を認めた。
多くの荒くれモノや軍人崩れが、旅団に加わった。
旅団の人数が、150を超え、王都での出立の準備が終わった。
王命を受けて、旅団は出立した。最初の目的地は、ウォーリッシュの村。そこには、ほんの1か月ほどで、全員が到着した。
なぜ、フェリガンがそこに向かったのか。それには、理由があった。ウォーリッシュの村で、旅団を待っている人物がいた。
「旗を振ってあげるよ。この御旗の下にいれば、一人も欠けずに、聖都に行ける。絶対にたどり着けるよ。だって、私は、皆を聖都へたどり着くためにの導なのだから」
フェリガンたちの前に立ち、正々堂々と、あの偽聖女は、聖女として巡礼に加わった。
そう、フェリガンは、ウォーリッシュの村で、聖女を迎えることになっていた。
「……しかし、あんな不良品を押し付けられるとは思わなかったが……」
細く入ってきた陽の光に、フェリガンは目を覚ました。昨日は、あのまま、ソファーで寝てしまったらしい。
名前も顔ももうすでに思い出せない聖女のことを、こう思い出し、過去の苦い思い出を噛みしめた。
苦く、渋い味が、喉の奥を焼き脳をチリチリと焦がした。しかし、それでも、止まるわけにはいかなかった。
フェリガンは、苦々強い表情を浮かべて、舌打ちをすると、身支度をするために、机にあったベルを鳴らした。
「……そう言えば、ウォーリッシュの村でなぜ、あれを旅団に入れることにしたのだ?……偽聖女の名は、なんと言ったか……」」
フェリガンの脳裏に疑問が浮かんだが、使用人がドアをノックする音に返事をする間に、その疑問は消えていった。




