第二話 フェリガン 1
出陣式の夜、パーティを早めに切り上げて、フェリガンは、机の上の資料を見ながら、思索に浸っていた。
「表層については、我々のパーティ構成が役に立ちそうか……」
その資料には、この一週間の間行ってきた、斥候とモンスターの情報が記されれていた。斥候隊がまさに命がけで持ち帰った情報だった。
「ふん……癪だが、中層に到達以降は、奴らの手を借りざる負えないか」
その情報を元に、ダンジョンの攻略に対して、戦術を組み立てていく。聖域ダンジョンは、特殊な構造を持っていて、単純に、歩けば先に進めるというわけではなく、先に進むためにはある一定の討伐が必要になる。
そのため、斥候隊に対しては、表層の弱いモンスターは、できる限り積極的に狩っておくように、命令をしていた。ほんの一週間前、あの偽聖女のいたときには、そのやり方で、一時は、中層の中盤まで踏み込めたものだったが、メルダ王女に聖女が移ってからは、その非協力的な姿勢もあり、大きく攻略が遅れていた。
フェリガンの思考は、先へ進んでいき、中層の序盤へ入り込む。そこには、弱いくせに討伐状況を勧めるのにはおいしい、モンスターが存在してた。
フェリガンは、そのモンスターの報告書を手元に引き出す。
『スクリームデーモン』
遭遇回数は2回と少ないが、その時の戦闘記録を見ても、腕力も強くなく、魔法攻撃についても、さしたる脅威とは言えないモンスターだった。それでいながら、そのモンスターは、ダンジョンにおける強敵とみなされているのか、中層以降にしか出現しないとされている。
モンスターの情報というのは、旅団にとって宝のような物だった。どのモンスターをどれくらい狩れば、ダンジョンを先に進めるのか、どのモンスターがどんな能力を持っているのか、それは、聖都への巡礼から帰還したものが少ないため、なかなか手に入る情報ではなかった。フェリガンも、巡礼前に、モンスター情報については詐欺にあい、大きな勉強料を支払ったものだった。
ましてや、『名称付』のモンスター情報は非常に少なく、旅団内でも取引材料になるほどだった。
「ふん、我々は運がいいということか」
幸運にも、能力も対処方法も丸裸なモンスターは、討伐を稼ぐうえで重要な指標になるものだった。そして、この『スクリームデーモン』の討伐は非常に大きな効力を発揮するものだった。
「山岳でも、大河でもこいつには、世話になったからな」
山岳では、ロンディスとオリビアが、モンスターの集団を引き付けている間に、『スクリームデーモン』の一団と遭遇戦闘になった。この時は、何の情報もなく、その異様な姿に、驚きこそしたものの、アーレスたちの素早い働きでたやすく退けることができた。
大河では、表層終盤で、遭遇戦闘に陥った。
「『スクリームデーモン』こんな表層に?」
偽聖女が、そう叫んだの見て、そのモンスターの名前を知った。その時わかったのは、そのモンスターは、気持ちの悪い見てくれが全てで、有体に言えば、ただの雑魚ということだった。奴らは、ただ叫んで、わずかに爪を使い抵抗をするだけで、簡単に切り伏せることができ、あっという間に大河から橋をわたって、サラディス至ることができた。
「ふふ、幸運だ……」
ふと、フェリガンは、手を顎に当てて考え込んだ。
「はて、偽聖女の名は何だっただろうか?」
偽聖女は、道中、全く役に立たなかった。本人もそれを理解していたようで、何か役に立ったかと聞くと、旗を振って応援していましたとの大真面目に答えた。
山岳や大河でも目立った活躍はせず、追放の前などは、1週間近く行方をくらましていた。
最初から聖杯の聖女として、名乗りをあげていたメルダにフラジャイル旅団の真なる聖女としての地位を与えた。
そして、あれは偽聖女として追放し、フラジャイル旅団の新たな導として、聖女メルダを立てた。
当然それには、取引もあり、聖域の突破に旅団の兵力を提供する代わりに、聖王として凱旋後に、メルダは、王室との交渉のパイプになるという約束があった。
メルダは、その最大の賞賛と栄誉に、裏切をもって応えた。
元からあった貴族を中心とした派閥は、王女派を名乗り、フラジャイル旅団は二つに割れた。スペーサー旅団の構成員のうち上級物資を持ったパーティを徴収した。当てにしていた上級物資を持っていかれたことに、気が付いたが、それは後の祭りだった。
その後も、人材と物資の奪い合いが続き、フラジャイル旅団の秩序が大きく揺らいでいたが、それでも、今回の攻略を決行したのには、フェリガンの勝算もあったからだ。
「だが、それも、これで終わりだ」
『黄金の巡礼路』を一気に攻略し『落ちた大聖堂』で、本物の聖遺物を手に入れて、アリシアを聖女認定する。、聖杯の聖女などという量産品の聖女は、意味を失う。それは、メルダの横暴に、手を焼く日が終わるのだ。アーレスが蝙蝠をしていることはよくわかっている。しかし、アリシアは、フェリガンになびいているのだ。
「1週間だ、1週間後に全てが変わる」
そう、強い口調で呟き、フェリガンは、グラスに注いだ琥珀色の液体を、胃に落とし込むのだった。




