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第一話 宴の後 夜は更けて 6

 ミッシェルたちが出ていった時と違い中は異様な光景だった。料理はほとんど手つかずのまま、テーブルの上の置かれ、その大半は熱を失っていた。そして、香辛料の匂いを差し引いても隠すことのできない、人血の匂いが、あたりに漂っていた。その源は、奥の方に設けられた目隠しししたスペースだとミッシェルは感じた。


 場には、ミッシェルとジェロが、帰ってきて、一瞬安どの息が漏れたが、それは、すぐに緊張の声に変わる。


「あんたたち、いつ入ったんだ?この二人しか入るのを見てはいなかったぞ」


 ぎょっとして、ミッシェルは、後ろを振り返った。そこには、涼しい顔をしたファラと、それを護るように並んでいる、その取り巻きたちがいた。


「血の匂いと、命が消える音がしますわね。……」


 特にサポーターの声を気にしたようなそぶりも見せずに、ファラは、ただ呟くように口を動かした。


 不意にそのスペースに動きがあり、奥の方を開けて、血だらけの女性が顔を出した。モニカだ。

「ミッシェル、戻ったの?こっちに来て、早く」


「モニカ、何かあったの?」


 ミッシェルの問いかけに、モニカの顔がゆがんだ。ミッシェルは嫌な予感を感じ、いわれた通りに、その場所に向かう。


「大体、あんたは、何者だ?」


「何者だとは失礼ですね」


「そのタイとベルトから、フラジャイル旅団じゃないのはわかる。これ以上進むのは遠慮してくれ」


 後ろから、エリクトンとブラントンがファラを制止している声が聞こえたが、それを止めることもできず、そのまま、モニカの元にたどり着く。


 そこにいたのは見知った顔だった。


「ポール……どうしたの?」


「ああ、ミッシェル。」


 ポールが視線を落とす、それに、合わせて、ミッシェルも視線を落とした。そこにいた人物に、ミッシェルは驚きを隠すことができなかった。


「マリア!なんであなたが?」


 その顔を見た瞬間に、ミッシェルは、全てを悟ったようだった。マリアの前に、かがみ込み必死になって、治癒魔法をかけていくが、その効果は薄く、思ったように傷がふさがっていかない。


「手を尽くしたんだけど……力足りなかったみたい」


 すでに、呼吸が浅くなってきていて、このままでは、聖女 メルダの力でも借りなければ、マリアは危ない状態になっていることは明らかだった。


「くっ、『回復』、『大回復』、治ってよ、神様、お願いだから!!」


 ミッシェルの祈りは届かず、マリアが、意識を取り戻す感触はいまだになかった。その時だった。


「私にも、手伝わせてもらえないかしら?」


 そこに、現れたのはファラだった。気が付くと、お伴の中に、ロイエス旅団の団員が入って人数が増えている。


「……無駄だと思います。でも、」


「あら、無駄かどうかは私が決めるわ。ちょっと状況を診させてもらうわね」


 ミッシェルは、頷くと、ファラの様子をうかがうことにした。まず、ファラが行ったのは、意外な治療だった。


「これで良しっと。」


 ファラの手には、一本のカギのような物が握られていた。それを、躊躇なく、マリアの心臓のある個所に差し込む。それは、まるで鍵穴に差し込まれるように、抵抗もなく吸い込まれていき、そのままくるっと回った。。


「フレ、ちょっと手伝ってほしいの。あと、フラは邪魔だから、ここから出て行って、パンと一緒に、大広間の方を回ってもらえないかしら?」


 フラと呼ばれたフードを深く被った人物は、その声に、不満そうな様子を一瞬みせたが、そのまま、その場所を出ていく。フレと呼ばれた、フードを被った人物が、ファラの隣に座り、手の中に小さな灯をともす。その灯がカギに触れると、びくっとマリアの体が反応した。あれだけ治癒魔法をかけても、反応のなかったマリアが反応したことに、ミッシェルは、驚きを隠せなかった。


「う~ん、反応が薄いな…ここにバンディーラがいれば楽なんだけどそうはいっていられないか」


 ファラが、小さく口に出した言葉が聞こえたのは、ミッシェルとモニカだけだった。


「仕方ない」


 ファラは、手元から、大き目な一本の針を取り出すと、それを、マリアの体目掛けて突き刺した。一瞬、声なき悲鳴がミッシェルとモニカから上がる。しかし、最初に差し込んだカギと同じように、その針は、何事もなかったかのように体の中に入っていく。


 ファラは、それを確認して、マリアの体から手を離した。そして、隣に控えていたフレに何かを伝える。フレは、頷くと、その場から立ち去った。


「これで緊急の処置はおしまい。あとは、表面の怪我と…血管の損傷ね」


 ミッシェルには、その処置の内容が、理解できなかった。モニカにしてもそうだろう。


「あの、何をしたんですか?さっきから、体に何かを突き刺したり、ふれたりしているようにしか見えませんでしたが」


「ああ、これね、まず、体を安静な状態にするために、心臓にちょっと干渉したの。その上で、脳に刺激を送ってみたら反応があったから、脳を一時的に眠らせて、先に、体の深部で、命に係わる損傷を、治癒したわけ」


 ミッシェルと、モニカに、ファラの言葉は理解ができるわけもなかったが、それでも、ファラが、最善と言える治療を行ってくれたことは確かだった。


 ミッシェルたちが、よくわからない説明を受けていると、さっき出ていったフードの人物が、別のフードを被った人物を連れてきた。その二人は、お互いに頷きあうと、新しく入ってきた人物が、どこからともなく水のような物が張り詰められた、大きな深皿を取り出す。そして、最初に出ていった人物が、空中に手から炎を出すと、その灯は、水に落ち、しばらく表面で燃え続けた後、水の中に溶け込んでいった。


「ありがとう、フレとディシ。さてと、ミッシェルとモニカは残って、そこのポールさんは、一旦出てくれないかしら?」


 ファラの声が、凛と響いた。入り口付近にいた、ポールはマリアの顔を心配そうに見つめていたが、やがて意を決したように、立ち上がり、その場から去っていく。ファラは、組まれた水を手に取り、そっと、マリアの体に優しく刷り込んでいく。


「あの、これは?」


「表層から、治療する場所の特定をしているの。うん、このくらいの損傷具合なら問題ないわね」


 全身に、水を塗ったファラが、何か納得したように、頷いた。


「ごめんだけど、マリアを起こしてくれない?」


 モニカとミッシェルは顔を見合わせたが、ここで反論する根拠があるわけではなかった。肩から手を入れて、マリアを引き起こそうとする。


「えっ?」


 思わず、ミッシェルは声を上げてしまったが、それは、モニカも同じだった。

 マリアのあれだけ浅かった呼吸に、しっかりとした波長が生れていた。いつ消えてもおかしくないほど弱弱しかった呼吸の音が、しっかりと耳朶に響いてくる。


「さて、これで」


 マリアの力なく開いた口に、細く大皿から水が注がれた。それをもしよく観察できたのなら、水にしては粘り気のような物を帯びていたことがわかっただろうが、マリアのことに気が取られていた、ミッシェルとモニカは、そのことに、この時は気が付くことはなかった。


 その時間は長く続いたような気がしたが、その水が、水滴になり、やがて、大皿の水は尽きたようで、ファラは、その大皿を、水平に戻し、近くにいたディシというフードの人物に渡した。


 変化はすぐに訪れた。呼吸がさらにはっきりとし、落ち着き始めた。ファラは、マリアを再びあお向けに寝かせつけると、マリアのおなかをとんとんと、2回軽くたたいた。すると、そう時間を掛けずに、おなかの上に針が頭を出した。その抜き出てきた針を掴み、最後に、心臓に刺さっていた鍵を抜き取った。


 一瞬、マリアの表情が強張ったのがミッシェルにはわかったが、痛みや苦痛の表情を浮かべることなく、やがて、すぅすぅっと規則正しく寝息をたて始めた。


「命にかかわるところと軽い傷は、治しておいたわ。でも、それ以上のことは、何もできていないから、ここしばらくは、体を動かす事は、止めておいた方がいいわ。あと、今日は、隣にいてあげなさい。もしここに、あれがいたら、マリアの苦痛を肩代わりできたかもしれない。私には何もできないけど、せめて、あなたたちが、サラディス(ここ)で平穏に過ごせることを願っているわ」


 ファラは、そう言うと、鍵と針を大事そうに、道具箱にしまい込むと、立ち上がり、その場所から出て行こうとする。それを、モニカが引き留めた。


「本当なら、仲間を助けてくれた礼をしたいんだけど、……失礼を承知で聞かせて。あんたはいったい何なの?」


 その問いかけに答えなければ帰さないという強い言葉にも、ファラは、わずかに振り返っただけだった。


「ファラ、ファラ・ウォーリッシュ。私は、私よ……()()()の責務を果たしただけ」


 その声を最期に、ファラは、仕切りにしている布をめくり、立ち去っていく。


「部屋の準備ができました」


 ミッシェルは、もう遅いと思いながらも、マリアの安らかな寝顔を見ていた。もしマリアが起きたときに、苦痛に喘ぐようならば、その時は隣にいてあげよう。ミッシェルは決意すると、マリアを運ぶ手伝いを買って出るのだった。

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