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第一話 宴の後 夜は更けて 4

 時間はほんのわずかにさかのぼる。ミッシェルたちが、ファラと話をしているころだった。



「なんで、物資が足りないって言ったら、殴られないといけねえんだ、納得できねえよ」


「おまえ、殴りで済んだのか?俺なんか、目の前で剣抜かれて、上に報告を上げるなって脅されたよ」


「そうよ。他の旅団との交流禁止って言われても、私の友人が、フォビア旅団にいるのに、なんであったりしたらいけないのよ?」


「友人って、あの人のこと?本当にただの友人だったかしら?」


「友人って言ったら、友人よ!」


 方々から聞こえてくる、声が、場を支配していた。ブラントンと、モニカは、その様子を見ながら、杯を傾けていた。平民の口に入るのは、いつもならば、安いワインをさらに水で薄めた代物だったが、今日は、上等な酒が口に入ってくる。


「ブラントンは、愚痴とかないの?」


「あるにはあるが、今日は言う気にならないな。あいつは、小狡いやつだったけど、憎めない奴だったんだがな」


「そうね」


 ブラントンがそいつを最期に見たのは、物資棚を整理している時だった。有用性は低いが、重要な物資である、宝石をもって、そいつが逃げていくのをただ見ただけだった。おそらく、王女派に取り入るつもりだったのだろう。


「一体、この旅団はどうなっているんだ?サラディス(ここ)につくまでは、こんなことはなかったぞ」


 山岳と大河という大きなダンジョンを超えるときには、パーティとサポーターそして、上層部は、ここまでひびが入った状況ではなかった。皆が協力していた。貴族たちの高圧的な言動にも、平然と反論ができていた。思えばおかしくなったのは、あの偽聖女の追放が起きてからだった。偽聖女の名前は覚えていないし、姿かたちすらも定かではない。

 追放の翌日位から、貴族からの声に異を唱えることが不思議とできなくなっていた。


「大体、なんで、反論したくても声が出ないんだよ!ミッシェルがいるときには、声が出せるのに!」


「実はね、フォビア旅団のその人から、こっちに来ないかって誘われていてね…私どうしようかって悩んでるの」


「あるある!貴族様は、いたいけな俺たちいじめて楽しいのかよ!上は何を考えているんだ?!」


「ほんとに、あなたの言う、その人ってただの友人なの?狙っていったら?」


 その場の声が大きくなってきた……その時だった。


 ドンッ、ドンッ、ドンッ!


 ドアを乱暴にノックする音が、大広間に響いた。

 そこにいた全員が、話を打ち切り、顔を見合わせた。うるさいって苦情か?それとも、聞こえているぞっていうことか?何人かが視線を交わしあっていたが、ブラントンとモニカが、ふぅっとため息をつき、ドアに近づいていくと、皆は、申し合わせたように椅子に座った。ドアの近くについたモニカが振り返り、頷いた。その意味に気が付いた何人かが、武器になりそうなものを用意する。その様子を確認し、モニカは、ドアに近づき、ノックの相手に声をかけた。ブラントンは、こん棒をもって、相手の死角に入るようにかがみ込んだ。


「何か用?ここは、フラジャイル旅団サポーターの施設よ」


 ノックの音が止み、外の人間は、迷っているようだったが、意を決したように、大きな声が聞こえた。


「ここに、ミッシェル様がいると聞いています」


 モニカは、特に驚いたような様子もなく、ドアの外に注意を払った。


「ミッシェル様の治癒魔法を見込んで、お願いがあります。ドアを開けていただけませんでしょうか?」


「開けろと言われて、開けるやつはいないわ。所属を名乗って!」


「そ……」


 その声に、ドアの外の相手は、一瞬ためらうような声を上げたが、他の人がいたのだろう。


「私は、フラジャイル旅団、王女派のサポーターのエリクトンと言います。この場所には、私たち3人しかおりません、追われています、開けてください」


 モニカは、頷くと、ブラントンは、ドアをそっと開けた。その開くのを待っていたように、人影が2つ滑り込んだ。即座にドアを閉める。


 飛び込んだ人影は2つだったが、もう一人は、その背に背負われていた。


「で、王女派がこっちに何の用?」


 背負われている、深くフードを被った人物に注意を向けながら、モニカは注意深くエリクトンを観察した。確かに、白の飾り気のない巡礼服に、フラジャイル旅団の証である、蒼のタイ、そして、王女派の証である赤いベルトを着けている。エリクトンは、もともとは、サポーターのリーダーとしてフェリガン団長に仕えていたが、王女派がたもとを別った時に、一緒についていったはずだ。


「宴を中断させてしまい申し訳ないですが、ポールが背負ってきた、このけが人を降ろしていいですか?」


「けが人は?男性?女性?」


「女性です」


「効いた通りだブラントン、部屋を一つ準備しろ。男衆は、ブラントンの手伝い、あと、毛布とお湯沸かせ。女性陣で治療術を納めているやつは?」


 いつものおっとりとした話し方からは、想像もつかないモニカの声に、気圧されたのか、まばらに手が上がる。


 治療魔法と治癒魔術では雲泥の差がある。しかし、平民で、治療魔術を収めている人間がこれだけいるのは、僥倖だった。

 集められた毛布が、敷き終わると、けが人がそっとその上に降ろされた。その怪我の状況を見たモニカは苦い表情を浮かべる。服の下こそ分からないが、顔に、大きな切り傷、こめかみ周辺に、殴打を受けたような形跡があった。また、首には縄で絞められたような痛々しい跡がくっきりと残っていた。

 まだ、呼吸は続いているものの、時折漏れるか細い苦し気な吐息がそれが長くないと、教えてくれていた。


 モニカは意を決して、服を剥ぐことにした。はさみを用意してもらい、服を切っていく。その全身には殴打痕が残り、ところどころに焼かれたような形跡もあった。


「この有様、一体何が起きたんだい?」


 モニカは、手元をじっと見ている、男に問いかけた。ポールと呼ばれた男は、首を振りかぶり、苦し気に話し始めた。


「3日前、いきなり、前の団長に呼び出されて、スパイ容疑を掛けられたんです。明らかに情報が洩れているって。サポーターの責任を問うものでした。全員を拘束すると言われました。でも、そんな時、それを止めて逃がしてくれたのが、この人だったんですが……」


 そこから後は聞くに堪えない話だった。待機を命じられたサポーターたちが、部屋にいると、乱暴にドアが開けられ、この状態になった恩人が、投げ込まれたのだという。


「『こうなりたくなければ、きちんと働くことだ。平民ども!』と言っていました。すでに息も絶え絶えで、私たちでは、手の施しようがなかったのです。しかし、治癒魔法を納めているミッシェル様ならばと思い、何とか監視をかいくぐって、さらに、エリクトン様が協力してくれて、何とか、この人を連れ出して逃げました」


 モニカは、手際よく応急処置をしていく。応急処置が終わった箇所は治療術をかけて、徐々に回復を行っているが、なかなか目に見えるこうかが出ないのが、この治療法の弱点だった。


「……うちの旅団は、一体どうなっているんだよ。」


 モニカがそう悪態をついた時だった。再度ドアが乱暴にノックされる。



「ここにいるのはわかっているんだ!さっさと開けろ!!ドアをたたっ壊すぞ!」


 壊れる様な勢いで叩かれるドアをブラントンたちは、急ごしらえの武器を持って、壁のように、立ちふさがることにした。まだ部屋の準備が終わったと連絡は来ていないし、今動かすのは、危険な状態だった。


 ふとノックが止む。いよいよドアを蹴破ろうとしているのかと、全員が身構えた時だった。


 時間(とき)が流れた。長く緊張に満ちた時間。だが、本当はわずかにしか流れていなかったのだろう。そんな全員の気持ちが、張り詰めた時だった。



 穏やかなノックが、その場に響いた。



「ミッシェルです。危険は取り除かれましたので、開けてください」

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